第70話 夜更けに!
こんな夜更けに蓮太郎はどうして外へ?
妖怪と戦う術を持たない一般人が夜に外出するなんて、あまりにも怪しすぎる。
よほと止むに止まれぬ事情があるのか……単に子どもらしく夜の恐ろしさをわかっていないのか。
私は玄関に置いてある提灯を一つつかんで家を出た。
バレないように明かりはつけず、蓮太郎の光を頼りに追いかける。
手にした提灯は、蓮太郎を見失った時の保険だ。
周りからはゲコゲコとカエルの鳴き声がきこえる。普段はうるさいとしか思えないけど、今だけは足音や夜の不気味さをかき消してくれるのがありがたかった。
蓮太郎は迷わず村外れの森へと向かっていった。
足を止めたのは、この前、私と蓮太郎があった場所だった。
蓮太郎はその時と全く同じ木にもたれかかり、歌を口ずさみ始めた。
旋律か、歌い方か、それとも夜中という環境のせいか、響く歌にはどこか寂しげな気配を感じた。
私は近くの木に姿を隠したまま、耳を澄ませていた。
少年はただ歌う。
一つ曲が終われば他の曲を。それも終われば次の曲を。
……もしかして、ここには歌の練習にでも来たのだろうか。
だとしても、わざわざこんな時間に来ることもないだろうに。妖怪に遭ったらどうするんだり
突然、歌が途切れた。
見ると、泥人形のような姿の妖怪【泥田坊】が蓮太郎の前にいた。
「くそっ、お前は呼んでねえんだよ!」
蓮太郎は悪態をつきながらすでに逃げ始めていた。
泥田坊は足が遅い妖怪だ。この調子なら難なく逃げられるだろう。
問題は、思いっきり私がいる方向へと走ってきていることだ。
「うわっ!」
全力で駆け出した蓮太郎は、私の姿を見て悲鳴をあげるかのように驚いた。
こんな夜中に村外れで自分以外の人間と出会うとは思ってもいないのだろう。
蓮太郎は思わず足を止めてしまった。
……ったく、仕方ないな。
「術式復水【瀑布】」
蓮太郎と泥田坊の間に水の壁を張った。
「お、お前は昼間に会ったあの……どうしてこんな夜中に」
「そんなことより、妖怪に殺されたくなかったら今はさっさと逃げるわよ」
私は蓮太郎の手をつかむと強引に引っ張るようにして駆け出したのだった。
◆
「はぁはぁ、どうしてまたお前がいるんだよ」
家の近くまで一息に走り切った私と蓮太郎は息も絶え絶えになっていた。
「はぁはぁ、あんたが家を出てくのを見たからつけてたのよ。はぁはぁ、夜中に一人で外に行くなんて危ないでしょ」
「つ、つけてたって、じゃ、じゃあずっと見てたのかっ!」
「まあね」
「オレが、その……歌ってるのも」
蓮太郎は顔を俯かせながら、か細い声でつぶやいた。
「そうだけど。……なに、そんなに聞かれたくないものだったわけ?」
どうせ、昼間にも聞いたんだし、別に気にしなくていいと思うけどな。
たしかに昼よりもずいぶん良い歌いっぷりではあったけど。
「…………」
「歌の練習するために、わざわざこんな夜中に出歩いたの?」
「……だったら、悪いかよ」
「良いか悪いかで言ったら、そりゃ悪いでしょ」
この世界の夜中の外出なんて、立入禁止区域に侵入するようなものだ。
両親や大人が知ったらお説教間違いなし。
ただ、別に私は蓮太郎の両親でも、大人でも無いしな。
「これに懲りたら、こんな危ない真似は止めることね。……ま、告げ口とかはしないから、安心しなさい」
芋づる式に私も説教なんてことになったら嫌だしね。
「……」
「今までも、同じようなことしてたの?」
「…………」
沈黙を貫く蓮太郎。
これは、してたな。
しかも、これ以上つついてもうんともすんとも言ってくれなさそうだ。
……仕方ない、少し話題を変えようか。
「歌の練習といえば、もしかして、あんたも歌唱大会に出るつもり?」
「……いや、出ない」
「え、出ないの」
てっきりそのための練習だと思ったのに。
驚いている私を見て、蓮太郎はポツポツと語り始めた。
「こんな田舎のお祭りの大会なんて、どうせ人気投票だし。出ても意味ないから」
スレてるなあ。
いくら人気が大事といっても多少の歌唱力はいるだろうし、百のような村の外の人間の飛び入り参加だって許されるのだから、単なる人気投票とはならないだろうに。
「そういうものなの? あんたくらい上手ければ、優勝してもおかしくないと思うけど」
「……本気で言ってる?」
「いや、他の人がどんなもんか知らないから、そこは適当よ。でも、あんたが上手いと思ったのは事実だから」
「…………」
蓮太郎は無言で俯くと、しばらくしてぼそりとつぶやいた。
「……みんなそう思うとは……限らないし」
うーん、なんか煮え切らないなあ。
「じゃあ、出てみれば? どうせ田舎のお祭りの大会なんでしょ。ダメだったとして、失うものもないでしょ。それで結果が出なかったなら、あんたの言う通り人気投票だったってことにすればいいし」
「……それは」
なんて勢いで言ってはみたものの、結局のところは出たければ出ればいいし、そうでないならやめておけばいい、それだけの話だ。
「まあ、好きにすればいいんじゃない?」




