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第66話 弟!

 凛之助の弟は木の幹にもたれかかって、歌を口ずさんでいた。


 思わぬ場所に思わぬ人物。

 声はあげなかったものの、草木に体がこすれてガサリと音が響いてしまい、凛之助の弟が弾かれたように振り向いた。


 目が合う。

 その表情は驚いているというよりも、落胆しているように見えた。


「……誰?」

「一応、昨日、会ってるんだけど、覚えてない?」


 少年はけげんな顔をしたけど、すぐに思い出してくれたようだった。


「ああ、リン兄が連れてきた人たちの中でも一番ちっこかった人か」

「ちっこいいうな」


 おいおい、こちとら歳上ぞ。

 あまり、なめた口きいてもらっちゃ困る。


 ……しかし、まあ?

 私の見た目は子供だけど、中身は女子高生。

 ここは大人らしくいこうではないか。


 旅人のコートを脱がせるのは北風ではなく、太陽だということを見せてしんぜよう。


「ねえ、何か歌ってみたいだけど、ずいぶん上手いのね」

「……聞いてたのかよ」


 そりゃあね。

 この距離で聞こえてないって言う方がムリがあるでしょ。


「むしろ、歌が聞こえてきたから、ついつい覗きに来ちゃったというか」

「…………」


 見事なまでの沈黙。

 太陽さん見事撃沈。


 綺麗な歌だったから褒めたけど、そもそも歌に言及したのが間違いだったらしい。

 よくよく考えてみれば、通りすがりの人に鼻歌を聞かれるって結構恥ずかしいもんな……。


 もういいや、これ以上、印象を悪くしないうちにさっさとこの場を離れよう。


 そう思って、護衛の男に目配せしようとしたけど、男の姿はどこにも見えない。

 どうやら、少年が振り向く直前にどこかに隠れたみたいだ。

 ……あいつ、ホントに隠れるの上手いな。


「オレの歌……変じゃなかった?」


 少年がさぐりさぐりつぶやいた。


「え、うん。全然、変じゃない……んじゃない? 私、歌とか音楽とかあんましわかんないけど、聴いてるぶんには心地よかったわよ」

「……ふーん」


 少年は私から軽く顔をそらした。


 これは、好印象と思っていい……よね?

 少なくとも悪印象ではないでしょ。

 この世界はもともと和風乙女ゲームなんだし、間違いないはずだ。


 私はそう判断して、話を進めた。


「あの、どうしてここに一人でいたのか、きいてもいい?」

「……別に、なんだっていいだろ」

「いや、けっこう村外れだし、妖怪とか出たら一人じゃ危ないでしょ」

「それ言ったらお前だって一人じゃんか」

「そこは、私、妖祓師見習いなので。多少の妖怪くらいなら余裕で逃げれるから」


 本当はそもそも一人ですらないんだけどね。


「……逃げるんだ」

「もちろん、倒せるなら倒すわよ? ただ、私は回復役だからね。あんたのお兄ちゃんみたいにがっついた戦い方はしないってこと」


 自分の兄が話題にのぼり、少年は何か気づいたように小さくうなずいた。


「あぁ、リン兄の友達だもんな。そりゃ、リン兄の戦い方とかよく見て知ってるのか」

「よく見てるってほどではないけどね」

「……リン兄さ。帰ってくるたびに自分の妖術がどうだとか、どんな妖怪と戦ったとか、偉そうに自慢してくるんだけど。実際のところ、どうなの?」


 実際のところ、ね。

 昨日、連携について怒涛のダメ出しをしたことは、黙っておいてやるか。

 あいつにも兄の名誉はあるだろうし。


「……そうね。他の同年代と比べたら優秀だと思うわよ。まず、妖祓師ってのはね、極論すれば『強い』術を『たくさん』撃てればそれだけで有能なの」


 立ち回りの大切さとかはもちろんあるけど、妖祓師においてそれは二の次だ。

 いかに洗練された動きができるとしても、強い術を唱えることができなければ妖祓師としては二流。そういう人は、他の仕事を探した方がいい。

 あくまで戦うことにこだわるなら、せめて武器を手にして妖術以外でも戦えるようにするべきだ。


「その点、あんたのお兄ちゃんは霊力がかなりあるから、このまま順調にいけば、かなりいいとこまで行くんじゃない?」


 そのくくりでいうなら、希里華や姫子もそうだ。

 逆に六郎はどこかで頭打ちになるだろう。


 ちなみに、百はそれ以前の話で「妖怪をためらいなく殺す」という壁を越えられるかどうかだ。


「……ふーん、結局、才能ってこと?」

「まあ、だいたいはね。例外もあるけど」

「どんなの」

「飲むと強くなる薬を買う金の力」


 霊薬のドーピングを重ねて強引に霊力を増やすという手段も世の中にはあるのだよ。

 まあ、私がやってることなんだけどね。


「ズルじゃん」

「ズルではありません」

「じゃあ、才能もお金もないヤツどうすんだよ」

「どうもできない」

「不公平じゃん」

「まあ、それはそうね」


 そもそも、公平な物事が世の中にどれくらいあるんだって気はするけど。


「……もしかして、あんたも妖祓師になりたいの?」

「いや、全然。オレ戦いとか興味ないし、そんなことするより――」


 少年はそこで口を閉じた。

 私がその続きを待っていると、突然、少年はもたれかかっていた木から背中を離して声を上げた。


「あー、そろそろ帰ろっかな。雨上がりだとジメジメして鬱陶しいし」

「……あんまり、子供が一人でこない方が良さそうな場所だしね」

「子供が一人でって、じゃあ、お前こそどうしてここに来たんだよ」

「妖怪がいないかの見廻り。ほら、私、これでも妖祓師見習いだから」

「なら、村の自警団と一緒に行けよ。今ごろ妖怪退治してるだろうし。そもそも、リン兄たちってそのために帰ってきたんだろ」


 うーん、実にごもっともな指摘だ。

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