第63話 小戸羽村!
「お嬢さまー、つきやしたぜ」
御者席に続く小窓から声がした。
「え、もう?」
楽しい時間は一瞬で過ぎてしまう。
トランプ遊びに夢中になっているうちに、いつの間にやら凛之助の村へ到着したようだった。
思わず近くの窓を開けて顔を出す。
開けた平野にぽつぽつと並ぶ質素な家々。田舎の風景といえば定番ともいえる田んぼ達。
妖怪が容赦なく現れるこの世界では荒らされたりしないのか心配になるけれど、のどかな風景は変わらないらしい。
そんなことを考えていると、隣で姫子がぽつりとつぶやいた。
「雨の匂いがする」
窓越しに見上げた空は、どんよりとした雲に覆われていた。
やがて、姫子の言葉に従うかのようにぽつりぽつりと雨が降り出した。
◆
雨に降られた私たちは、六郎に連れられて急いで彼の実家へと駆け込んだ。
出迎えてくれたのは凛之助の父と母。
すっかり服を着替えてすっきりした私たちは、凛之助の母の「お腹も空いているでしょうし、少し早めの夕飯にしましょうか」という提案に従い食卓を囲んでいた。
子供六人、大人一人を泊められる広い間取りに、全員で囲めるほどの大きな机。
一つ一つの要素を抜き出すと裕福そうに思えるけど、それでも、お金持ちっぽさを感じないのは彼らの服装や、家の内装、出された料理の質素さのせいだろう。
広い家といっても私の屋敷とは違って、田舎のおばあちゃん家に帰った時のような、ゆったりとした空気の漂う広さだ。
「いやぁ、せっかく小戸羽村へ来てくれたってのに、いきなり雨とは災難だったね」
「最近は雨が多い時期だものね」
凛之助の父と母が口々につぶやく。
さすが凛之助のご両親と言うべきか、軽妙な語り口でとっつきにくさは感じない。
外見も凛之助の肉親とわかる程度には似ている。特に藍がかった黒髪なんかは色がそっくりだ。
驚いたことといえば、凛之助の父が筋骨隆々だったことくらいか。
「あーあ、せっかく帰ってきたってのに、雨がどしゃ降りとか最悪だぜ」
口を尖らせる凛之助に、護衛の男が声をかけた。
「いやいや、あっしは雨が降ってきたのが、手綱を握っている最中じゃなくて安心しやしたぜ」
「そりゃそうかもしれないけどさ。せっかくなんだし、村の案内とかしたかったんだよなー」
うきうきしていた凛之助からすれば、文字通り水を差された気分だろう。
ふと、護衛の男が一瞬視線を遠くに向けた……と思いきやすぐに元に戻した。
その直後、私の隣で黙々と食事をしていた姫子が口を開いた。
「……誰かくるね」
え、急になに。
誰かって誰よ。
それから、十秒程度あとだろうか。
襖が開いた。
そこには姫子の言葉どおり、少年が一人立っていた。
同年代の中でも小柄な私より更に低い背丈。どう見積もっても私たちより歳下だろう。
そして、凛之助とそっくりな藍がかった髪と、凛之助とは真逆で不機嫌そうな目つき。本当に機嫌が悪いのか、はたまた眠いだけなのか。いずれにせよ、その目つきは『くくり姫』で凛之助が見せていた無気力な表情によく似ている気がした。
少年を見て、凛之助が真っ先に声を上げた。
「おっ、レ〜ン! 久しぶり! 元気だったか! 兄ちゃん帰ってきたぞ!」
「ふぅん、なんかうるさいと思ったらどおりで」
「レンも一緒に飯食おうぜ」
「……オレはあとでいい」
レンと呼ばれた少年はそう言うと、きびすを返していった。
凛之助の父が小さくため息をついた。
「みなさん、すまねえな。蓮太郎のやつは、ちょっとぶっきらぼうで人見知りなとこがあってな」
まあ、見知らぬ人が大勢いたら気後れするのはわかる。
ただ、それ以前に、凛之助に対してなかなか塩対応じゃなかったか?
気になった私は凛之助に声をかけた。
「ねえ、凛之助、あんた兄弟仲悪いの?」
瞬間、部屋中の視線が私に向けられたような気がした。
「はぁ!? んなわけないだろ、レンはいつもあんなもんだっての。っつか、兄弟ってだいたいこんなもんだろ」
そうなの?
前世も今世も姉妹とかいないからわからないけど、男兄弟ってなんかこう、もう少しフレンドリーなイメージあるんだよな。
「ホントにそういうもんなの、六郎?」
兄弟がいるといえば六郎だ。
「えっ、僕? いや、まあ、うちの弟や妹はけっこうやんちゃだからなあ。少し落ち着いてる性格なら、こんなものなんじゃないかな」
……ふむ、六郎が言うならそうなのか。
私が話を続けようとすると、それよりも先に百が口を開いた。
「そういえば、この料理とてもおいしいですけど、この村ではよく食べられていたりするんですか?」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。これはね――」
凛之助の母がにこやかに答える。
それにつられて、周りも各々、好きな料理を話し始め、話題はどんどん移り変わっていく。
普段の生活のこと、村祭りのこと、妖怪のこと、話題は尽きることがない。
外では相変わらず雨が降っているけど、凛之助の家の中はしばらく賑やかな声であふれていた。




