第61話 バスの座席決め戦争!
馬という生き物を生まれて初めて間近で見た。
屋敷前に停められた馬車と、そこに繋がれた二匹の馬を、少し離れて見つながらそんなことを思った。
転生する前、生まれながらに病を患っていた私は、小学生までは体調の変化が特に激しく、遠足や修学旅行に行ったことがなかった。
中学生になってからようやく修学旅行に行けるかと思いきや、数日前に持病が悪化して結局、辞退。
ようするに、私は動物園に行ったことがなく、馬を見たのもこれが初めてだ。
そんな私の隣で、同じように物珍しげな顔で馬を見つめているのは六郎だった。
「六郎にも馬は珍しい?」
「まあ、僕の家はそんなにお金持ちじゃないから」
「やっぱり馬車って結構お金かかるのね」
こうして目の当たりにするとそれも納得してしまう。
特に後ろの乗車部分は、私が馬車と聞いて想像するものよりはるかに大きくて豪華だ。
せいぜいファミレスの一座席くらいのサイズだろうと思っていたのに、見るからにマイクロバス並みの大きさがある。
こんな明らかに豪華な乗り物を所有しているあたり、やはり心葉家は裕福なのだろう。
「心葉さんの家は本当にすごいね」
元々、馬車は凛之助の方で手配するつもりだったらしいけど、そこは大人たちの間で色々とやり取りがあったらしく、我が家の豪華絢爛一号くん(名前は今、私がつけた)が駆り出されることとなった。
こうしてみると、実家の太い心葉瑠璃に転生できたのは、ゲームの結末を無視すれば大当たりだ。もし、主人公の姫子に転生していたら、私は妖怪だらけの大自然の中でひとりぼっちサバイバル生活を強要されていたことになる。……想像すらしたくないね。
馬車と六郎から目を外し振り向くと、村祭りへと同行する他の四人がいた。
東藤凛之助、魚住希里華、そして私が誘った山桜百、菊桐姫子の二人。
私と六郎とは違って、四人は馬車にそこまで興味を惹かれてないようだ。
家がお金持ちそうな百や希里華、村との行き来で馬車に乗った経験がすでにある凛之助はともかく、姫子が驚かないのは少し意外だ。
「姫子は馬車が珍しくはないの?」
「行商人はいつも大きい馬車でくるからな」
「そういえばそっか」
商人の荷車を見慣れているなら馬車くらい珍しくもないか。
「馬も毛並みがきれいだとは思うけど、馬型の妖怪の方がおっかないし」
「妖怪と比べるのはフェアじゃないでしょ」
「ふぇあ?」
「……間違えた。公平ね、公平」
あぶないあぶない。今でも時々、うっかり横文字を口にしてしまう。
私が冷や汗をかいている間も、姫子は話を続けた。
「それに、瑠璃ちゃんの家にきてから見るもの触るもの何もかもが、キレイだったり大きかったりで、なんだか感覚が麻痺しててさ」
「あー、それはわかるかも」
私も転生したばかりの頃はそんな感じだった。正直、今でもまだ慣れ切ったとは言えない。
しきりにうなずく私を見て、姫子が目を丸くした。
「え、わかるの?」
「まあ、あくまで想像力でね。たしかにこれは思うよなあって。自分で言うのもなんだけど、私の家ってかなりのお金持ちだから」
などと話していると、いつの間にか護衛の男が私たちの前へと来ていた。
「お嬢さま方、そろそろ出発しやすぜ」
護衛の男の服装はいつもと少し違っており、昔の日本人の旅姿といった風体だ。
昔話のかさじぞうで出てくるような笠まで頭につけている。
「もしかして、この馬車の御者って――」
「そりゃ当然、あっしですぜ」
まじか。
普段の護衛や、試験日の駕籠もちといい、この男なかなかに多芸だ。
「六人全員集まっているみたいですし、お祭りの地を目指していざ出発といきやすか!」
◆
聞くところによれば、修学旅行における部屋割りやバスの座席はかなり重要らしい。緊張感と期待感はさながらクラスの席替えに匹敵するとかなんとか。
見知った六人かつ一つの馬車で座席もへったくれもないと思った人!
甘いわね。実に甘い。そんなガムシロップを六つ入れた紅茶のような考えではやっていけないと断言しよう。
私が狙うのは六郎の隣の席。
私は何としてでもその席を手中に収めてみせよう。
手をこまねいている間にチャンスを逃すような、たらたらしたヒロインと私を一緒にしてもらっちゃあ困る。
私は理想の席を獲るために一切遠慮はしない。
世の中、早い者勝ち! 勝てば官軍なのよ!
「六ろ――」
「ルリさま! こっちに座りましょう!」
六郎に声をかけようとした私は、口を開く間もなくその手を希里華にむんずと掴まれた。
「ちょっ、ちょちょちょ!?」
バランスを崩しかけた私をそのままぐいぐいと引っ張り、希里華は馬車へといの一番に乗り込んだ。
そのまま、希里華の隣に座った私は、すかさず抗議の声を上げた。
「キリカ! いきなり手を引っ張ったら危ないって!」
「も、もうしわけございませんでしたわ。つい、気が高ぶってしまって……」
緑髪の少女がしおらしくなる。反省している気持ちが伝わってくるだけでなく、庇護欲を煽るような表情。
くっ、これだから美少女は。
……まあ、いいでしょう。
人間には二本の腕がある。たとえ右手が空いていなくとも、左手で六郎の手をつかめばいいのだ。
「ろく――」
意気揚々と振り向くと、私の左の席には姫子が座っていた。
「…………」
そして、向かいの座席には凛之助、六郎、百が座っている。
……なるほどね。
「ねえ、姫子」
「なに?」
「向かいには男子が二人、そして、こちらには男子がゼロ人。これではバランスが――つり合いが取れてないとは思わない?」
「いや、思わないかな」
何言ってんだこいつという顔で姫子がこちらを見てくるけど、それでも引き下がるわけにはいけない。
なぜなら、これは座席争奪戦、すなわち戦争だからだ。
たとえ自分で「何言ってんだ」と思っても引くわけにはいかない。
敵前逃亡は、それすなわち死だ。
「単刀直入に言うわ。六郎と席を代わる気はない?」
友人に銃口を向けるのはたいへん心苦しいが、これは戦争。勝つために手段は選んでいられないのだよ。
姫子は『くくり姫』の主人公。その優しさは並大抵のものではないから、私の読みが正しければ、この直球を打ち返すことは彼女にはできまい。
戦場で必要なのは優しさではなく、力と覚悟なんだよ!
さあさあ、どうくる?
主人公定番の鈍感スキルでも発動するか?
「えぇ……それは嫌だな。私は瑠璃ちゃんの隣がいいんだけど」
「がはっ」
『瑠璃ちゃんの隣がいい』
打ち返された。
あまりにも強力なピッチャー返し。
だが、辛うじて直撃を避けた私は、あきらめず立ち上がる
「で、でも」
「もしかして、瑠璃ちゃんは……私の隣は嫌だったかな」
「ぜんっぜん、嫌じゃないです! これっぽちも!」
ムリだ!
こんな美少女を泣かせることは私にはできない!
戦争は私の降参宣言と共に終わりを告げたのだった。




