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第60話 どうかご無事で!

 黒雷との会話の中、私は龍に襲われた時のことを思い出していた。


 あの日、私は何もできなかった。

 ――いや、しなかった。


 将大からもらった地図を見た私は、討伐隊の行く先に龍がいる可能性には思い当たっていた。

 でも、確信がなかったから、誰にも伝えなかった。


 今回の件もそれによく似ている。


 真祖が意図的に隊を動かしているという推測。

 ……そう、結局は推測なのだ。

 ゲーム知識からくる確定した未来でも何でもなく、状況からのただの推測に過ぎない。


 当然、確信はない。

 誰かを説得できるだけの根拠もない。


 それでも、何か行動に移るか、目を伏せて見て見ぬフリをするか。


「ホント、こんなのばっかりね」


 私は自嘲を浮かべた。


「貴様の母にでも相談するか」

「それはムリね」

「確かに信じて貰えるかは怪しいかもしれぬが――」

「ちがうちがう、逆よ。こっちがお母さまを信じれないの」

「なんだと?」


 あの隊に編成されている一等級妖祓師は桔梗と蕪の二人。

 もし、私が蕪と同じ立場なら、眷属化の対象は真っ先に桔梗を選ぶ。

 それさえ成功すれば、隊の動向は完全に手中に収めたと言えるからだ。


「真祖がお母さまをすでに眷属化している可能性は低くないと思う」


 私の推測に黒雷は首を横に振った。


「いや、それは無いだろう。眷属は日の光に弱くなるはずだが、貴様の母は太陽の下でも平然としていたでは無いか」

「でも、白い龍も昼間に襲ってきたわよ」


 もちろん、あの龍が特別で例外なのかもしれない。けど、たしかに存在する以上、それが他の眷属にも起きないと決めつけるわけにはいかない。


「……だが、あれほどまでに貴様の体を気遣っていたのだ。わざわざ隊を離れて貴様を街に送り届けるまでした。もう少し信用しても良くはないか?」

「……それはそうかもしんないけど」

「それに、あれほど強い女だ。そう簡単に操られる器とは思えぬ」

「……あんた、お母さまをずいぶん高く見積もってるのね」


 相手は龍ですら従える妖怪だ。いくら桔梗でも相手にならないと思ったけど、口にはしなかった。


 どちらかというと、黒雷がそこまで言うとは思わず驚いたと言った方がいいけど。


「……うーん」


 別に桔梗の行動を怪しいと思ったわけじゃない。ただ、単に状況的に狙われやすそうな気がするというそれだけの話だ。


「まあ、あんたがそこまで言うなら」


 真祖が人間に紛れこんで暮らしている以上、どうせ、絶対に安心できる人なんていないのだ。

 それなら、まだ話を聞いてくれそうな人に話すのが賢い選択というものかもしれない。





 思い立ったが吉日とはいえ、その日はすでに夜中だったので、翌日の朝、私は桔梗へと連絡を入れた。


 仕組みはさっぱりだけど、この世界にも電話の代わりになる技術はある。

 女中のお貴に見守られながら、受話器っぽい機械を握りしめた私は、伝えるべき事柄を脳内で反芻していた。


 まず、村祭りに行くことの許可。

 そして、真祖についての忠告。


 村祭りの件は、いざとなったら無許可でも向かうつもりだけど、できればお墨付きが欲しい。帰って怒られたりとか嫌だしね。


 真祖の件は、そのまま話しても十中八九信じてもらえる気がしない。

 ただ、大切なのは警戒心を持ってもらうことで、私を信じてもらうことではない。ひたすら気をつけるよう訴えれば、警戒くらいしてくれると思いたい。


 などと考えているうちに、桔梗の声が聞こえてきた。


「……瑠璃、どうしたのかしら?」

「お母さま、忙しいところごめんなさい。でも、どうしても話しておきたいことがあって」

「まだ時間はあるから、大丈夫ですよ」


 まず、凛之助の村で開かれる祭りに行きたいということを、最大限良く聞こえるように話した。

 具体的には、祭りのワードを徹底的に伏せ、妖怪退治の手伝いという部分を大々的にピックアップした。

 これなら、妖術の訓練に意欲的だと思ってもらえる……かもしれない。


「なるほど……良いと思いますよ」

「ほ、ほんとうですか!?」


 てっきり交渉に苦戦すると思っていたので、あまりにもあっさり許可が下りて逆に驚いてしまった。


「瑠璃には最近、辛い目にばかり合わせてしまってますからね。たまには思いきり遊んで、息抜きするのもいいと思いますよ」

「や、別に遊びに行くわけでは」

「あら、そうなの? でしたら、あの村はもうすぐお祭りが開催される時期ですからね。楽しんでくるといいですよ」

「それは楽しみだなあ」


 ……ば、バレてらぁ。


「話はこれでおしまいかしら?」

「あ、まってまって! まだあるから――」


 通話を切られないように、私は慌てて声を上げた。


「龍を討伐するためにけっこうな妖祓師たちが街から出てるみたいですけど……もしも今、街を襲われたら大丈夫なのかなって」

「大丈夫ですよ」


 桔梗の返事には迷いがなかった。


「これで、もし街が落とされることがあるなら、私たちが街にいたとしても結果は変わらない。それくらい街の守りは堅牢です」

「え、そんなに?」

「はい、そんなに」


 桔梗が迷わず言い切るくらいなのだから、本当にそうなのだろう。


「……だからこそ、瑠璃には屋敷にいて欲しいのですけどね」

「…………」

「いえ、ごめんなさい。少し大人げなかったですね」


 このちょくちょく罪悪感を煽る戦法、ズルいからやめてほしい。

 なんか申し訳ない気持ちになるじゃん。


「……お母さまも気をつけてくださいね」

「ええ、もちろん」

「あの白い龍、動きが不自然で……まるで誰かに操られているみたいでしたから」


 どれだけ真剣に聞いてくれるかはわからないけど、伝えてみる。


「行動が変則的だとは聞いていましたが……操られている、ですか」


 聞く耳持たずという様子ではなくて、とりあえず少し安心した。


「しかも、操られているみたいな不自然な妖怪は龍だけじゃないんです。外で出会った他の妖怪にも不自然なのがいました」


 まあ、黒雷だけで他には会ってないんだけど、何か起きてるかもしれないと思わせたいので、少しばかり大袈裟に話す。


「だから、とにかく気をつけてください! もしかしたら、妖怪だけでなく人間まで操れるようなそんな存在が、龍の裏に隠れているかもしれません」

「……そんな存在がいたら、たしかに恐ろしいですね」

「本当に、ほんっとうに気をつけてくださいね!」

「……ええ、瑠璃がそこまで言うくらいですから『何か』があるのでしょう。心に留めておきます」


 我ながらしつこく繰り返しすぎた気もしなくもないけど、これで警戒心を持ってくれたはずだ。

 もうちょっと上手く伝えられなかったのかとは思わなくもないけど。


 まあ、やれるだけのことはやったはず。


「では、そろそろ切りますよ」

「はい……あの、お母さま」

「どうしました?」

「…………無事に帰ってきてね」


 受話器の向こうで一瞬間があった気がした。


「ええ、任せなさい」


 そして、通話は終わった。

 ……どうか無事でいますように。

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