第55話 みんなが優しい!
私と姫子それから黒雷は街へと送り届けられることになった。
色々理由はあるのだろうけど、一番の理由は首藤蕪が私を襲ったと思われていることだ。
それ自体は冤罪なんだけど、説明するにしても状況が状況だ。
ああでも言わなければ、私はあのまま血を吸われ、吸血鬼の仲間入りをしていた。
一瞬、乙女ゲームのイベントスチルみたいな光景に流されかけたけど、冷静になってみれば眷属には絶対なりたくないし、真祖の「元に戻す」発言だってどこまで信用できたもんだかわからない。
つまり、私のあの行動は必然。あれは正当防衛だったのだ。
できれば、真祖には私ではなく自分のうかつさを呪って欲しいものだ。
「瑠璃ちゃん、大丈夫か? いったん休む?」
「ううん、平気」
隣を歩く姫子の気づかいに私は首を振った。
私たちを街へと護送するにあたってつけられた人員は、心葉桔梗と歌方弥仁の二人だ。
先頭に桔梗、最後尾に弥仁、その間に私と姫子が横並びで歩いている。
ちなみに黒雷はリードをつけられて桔梗の前にいる。楽しいお散歩かな?
真祖こと首藤蕪の件があってからというもの、会う人みんなが妙に優しい。
お腹が鳴れば乾燥菓子をくれるし、ため息をつけば乾燥菓子をくれるし、特に何もなくともやっぱり乾燥菓子をくれる。お供物かってぐらいにくれる。
おそらく、ここにいる人たちは、子どもの機嫌の取り方はお菓子をあげることくらいしか知らないのと、設営拠点では気軽に渡せる食糧が限られていることが合わさった結果なんだろう。
別に乾燥菓子は嫌いじゃないので、いやはや、ありがたや、ありがたや。
そんな風にみんなが優しく接してくれる中、特に変化があったのが母の桔梗だった。
霊力を高める訓練だとか、妖術の勉強だとか、実戦の経験を積めだとか、いつも桔梗がする話は一度もなく、それどころか、体調を気にしたり、どこに隠し持っていたのか高級和菓子をくれたり、とにかく優しい。
桔梗の隊服にあしらわれた紐は紫。蕪と並ぶ一等級の妖祓師だ。
本来であれば生存者の護送任務なんてすることはありえないだろう。
それでもこうして一緒にいるってことは、やっぱりそれなりに無理をしたんじゃないかな。
一方、歌方弥仁は、三等級を表す赤い紐だ。実力的にも、私と面識がある意味でも、妥当な人選といえる。
そんなことを考え歩いていると、ふと桔梗が振り向いた。
「そろそろ野営の準備にしましょうか」
「えっと、早くないですか?」
私と姫子の二人の時でも、もう少し長く歩いていた。
まだ歩けるという意図をこめた私の声に、桔梗は静かに首を振った。
「いえ、無理は禁物です」
◆
姫子と黒雷の時は、妖怪姿の黒雷がザコ妖怪除けになっていたけど、その役目を桔梗の持つ『威妖の香炉』というアイテム(これも例によって瀬戸印)が担っているので、妖怪と遭遇することもほとんどない。
私たちは干し肉と野草のスープを手に食事をしていた。
「菊桐さんは、本当に私たちと一緒でいいのね?」
スープを一口すすり、桔梗がつぶやいた。食卓に話題を提供したというよりも、姫子の意志をもう一度確認するような、どこか真剣さを帯びた声だった。
「ああ、桔梗や瑠璃ちゃんがいいって言うなら。……その、瑠璃ちゃんはほっとけないからさ」
「姫子、敬称敬称! 『さん』つけないと」
「ふふっ、そういうことは、これから覚えていけばいいですよ」
実は私が蕪に襲われたことで態度が優しくなったのは、連盟の人に限った話ではない。
姫子もまた、その一人だ。
元から優しいといえばそうなのだけど、今ではそこに輪をかけて親切だ。私と男性の距離が近づくと、それとなく間に立って壁になったり、とにかく気配りが光る。
小学生でこんな気配りできる子が何人いるっていうんだ……社会性の鬼か?
「妖祓連盟の人たちと合流できたし、ここでお別れだね」と私が言った時には「約束だから街に着くまでは一緒にいるよ」とノータイムで返してくるし、ここまでくると乙女ゲームの主人公という肩書きにも納得してしまう。
そんな私たちの様子を見た桔梗は、姫子が一人暮らしだと知るや否や「もし良ければ心葉家で過ごさないか」と提案して、姫子も二つ返事で了承。
かくして姫子は街へ同行するどころか、私の屋敷に転がり込むことまで決定してしまった。
このとんとん拍子で成り上がっていく感じ、いかにも主人公だな。
ちなみに『くくり姫』だと、瑠璃の許婚の瀬戸将大の攻略ルートで、展開次第では瑠璃が心葉家に勘当され、主人公の姫子が将大と結婚することになる。
……なんだかRTAばりの速度でその未来が近づいている気もする。現実ではお母さまに縁を切られないことを祈ろう。
桔梗と姫子のやりとりを見ていた弥仁が驚きをにじませながらつぶやいた。
「へぇ、姫子ちゃん、心葉家でお世話になるのか。ってことは、姫子ちゃんも妖祓師を目指したいのかな?」
その問いに先に反応したのは姫子ではなく桔梗だった。
「……そうですね、それもいいかもしれません。見たところ霊力の量は相当なので、場合によっては私以上ということも」
「い、一等級の妖祓師にそこまで言わせるほどですか。漠然と霊力は感じてたけど……そこまでとは」
眷属化していた黒雷も姫子の霊力に惹かれて寄ってきたみたいだし、やっぱり分かる人には分かるのだろう。
私も弥仁と同じで多いことだけはわかるけど、具体的には感じとれない。
30キロが上限の秤に100キロをのせても、1トンをのせても、針は振り切れてしまうようなものだ。
「……ようふつし。妖術で妖怪を倒す人だっけ」
「うん、もしなりたいなら、稽古場に通って妖術を学ぶことになるかな」
「瑠璃ちゃんもそこに通ってるのか?」
「そうね」
それを聞いた姫子は「……そっか」と小さくつぶやくと、スープをゆっくりとすすったのだった。




