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第54話 正当防衛!

「試験会場で黒雷と取引をしたんだって? あいつは必死で空に帰りたがっているからな。それなら確かに見逃してもらえる可能性がある」

「……」

「だが、お前はそれをどこで知った? どう考えても、子供が知っているような情報じゃねえ」


 さて、どう切り抜けたものか。

 本当のことを言うか?

 私は前世でこの世界にそっくりなゲームをプレイしていましたって。

 この世界にはそもそもゲームというものすらないのに無理でしょ。


「話すのは別にいいけど、たぶん信じられないような内容よ」

「へぇ、期待させるじゃねえか」


「……私には未来が見えるの」

「ほう」


「いえ、正確には未来を知っている、ね。この先、起こりうる可能性を私はこの目で見てきた」

「なかなか壮大な語り口だな」


「その未来は一つじゃない。涙を飲むような悲しい結末もあれば、笑顔に包まれた幸せな結末もあった」

「ふむ、見える未来は確定されてはいないと」


「その未来図の中で、黒雷は天霆(てんてい)に会うため、必死で空へ行く手段を探していたの」

「健気なことだ」


「……だから、私がどこでそれを知ったのかと聞かれたら、未来を見たと答えるしかないわ」

「なるほど」


 私の話を聞いた首藤(すどう)(かぶら)はうなずくと、


「ま、作家の才能はあるかもしれねえな」

「……やっぱ、信じてくれない?」

「信じて欲しいなら、証拠を見せてみろ。未来が見えるんだろ」


 そんなこと言われてもなあ。

 結局、ゲームのシナリオ知ってるってだけの話だから、宝くじ当てるみたいなことはできないしなあ。

 そもそも、ゲームが始まるのも五年後だから、何を予言しても五年待ってもらわなきゃならんという。


「はぁ、それもできんと言うなら仕方ないな」


 蕪はため息をつくと、岩にもたれかかっていた体を起こした。


 そして、私は瞬く間に組み伏せられていた。


「え? は?」


 私の幼い体を月から隠すように、男が上から覆いかぶさっていた。

 白銀の長髪がカーテンのように垂れ下がり、私たちを外界から切り離す。その隙間からわずかに覗く月が、男の精緻な顔を妖しく照らしていた。


 地べたに組み伏せられた背中から、夜の温度が全身に伝わっていく。

 それでも、自分が組み伏せられている状況を理解するにつれて、頬と心臓は冷めるどころか、その熱を増していった。


 反射的にもがいたけれど、手足は自由にならなかった。

 ただ、服が地面に擦れる音と、荒い息だけが夜に響く。


 この世界で私は十歳だった。


「少し首筋がチクッとするが、それくらいは我慢しろ」


 さっきまで隣から聞こえていたはずの声は、いつの間にか真正面にあった。

 そして、その位置は次第に耳元へとゆっくり近づいていく。


「ま、まままままてまてままてまって!」


 男の囁きよりも、脈打つ心臓よりも、大きなわめき声をあげた。

 自分に自分で発破をかける。


 相手は龍に人を襲わせるような妖怪だぞ!

 なに、顔を近づけられて動揺してるんだ!

 こんなシーンの一つや二つ、ゲームで散々見てきただろうが!


「……あまり声を出すな」

「顔がっ、ちか、近いって!」

「当たり前だろ。でなきゃ血を吸えねえ」

「血を、吸う」


 その言葉で少しだけ冷静を取り戻した。


 そうだ、動揺している場合じゃない。

 目の前の男は真祖。狙った相手を眷属化してしまう妖怪。おそらく、私たちで言うところの吸血鬼だ。


 血を吸われることは――終わりのない隷属を意味する。


「ッ! おらァァあ!」

「ぐはっ!」


 私は蕪に勢いよく頭をぶつけた。

 持ちうる全ての力を額のただ一点に集中させた、紛れもない全身全霊の一撃。

 前世も合わせた人生最大最高威力の頭突きが、吸血鬼の脳天に突き刺さった。


 そして、念には念を入れてもう一度、頭を打ちつける。


「ごぶぁっ!」


 手応えのある音というか、勢いよく舌を噛んだような音が聞こえた。


「や、やった?」


 私は期待を胸に逃げ出そうともがいたが、拘束は多少緩みはしたものの逃亡できるほどに解けてはいなかった。


「……こっの、クソガキがぁ!」


 あぁ、終わった。

 逃げ出せなかったうえに、完全に怒らせてしまった。

 これはもうダメだ。

 こうなったら、


「死なばもろとも!」

「くそっ! やめろ! 落ち着け! たとえ眷属化しても、完全になりきる前なら戻れるってお前も知ってるだろ! それとも、なんだ。やっぱ、死んでも守りたい秘密でもあるのかよ!」

「……え、戻してくれるの」

「俺は使えない眷属をやたらめったら増やすつもりはねえよ」


 なんかバカにされている気はするけど、元に戻れるのなら、まあ……いい、のか?

 いや、ホントに戻してもらえるかはわかんないけど、このまま無謀な抵抗を続けるよりはまだマシというか、望みがありそうというか。

 別に、血を……首筋から血を吸わせるくらいなら、まあ、ね?

 ほら、私、献血とかしたことないし、この機会に血を吸われる感覚を味わっておくというのも、人生経験を豊かにするって意味では――


「あああああーっ!」


 突如、私の思考をかき乱すような声が響き渡った。

 顔を向けると、見張りらしき男性が提灯を手にしてこちらを見ていた。


 そして、その姿を目にした私は考えるよりも先に叫んでいた。


「た、たすけて!」

「なっ、このバカッ!」


 蕪は軽く罵倒すると慌てて男のいた方に視線を戻したが、男はすでに駆け出していた。

 すぐさま、陣幕越しに騒がしい音が広がっていくのが聞こえ始めた。


「……チッ、くそが」


 真祖は忌々しげに舌打ちしながら立ち上がった。


 強引に血を吸われるか、殺されるかと思って気が気じゃなかった私は、叫んだことを後悔しそうになっていたけれど、予想とは裏腹に拘束を解かれ、驚きとともに起き上がった。


「意外、何もしないんだ」

「当たり前だろ、下手に何かしたら俺の立場が終わる。正直、もう取り返しつかない感あるけどよ」

「でも……妖怪じゃん」

「……チッ」


 今日、聞いた中で一番大きな舌打ちだった。


「これでも、今の暮らしは気に入ってんだよ。人間のお前にはわからねえだろうがな」


 そう言ったきり、蕪は顔を背けた。


 そして、その日から連盟では『一等級妖祓師の首藤(すどう)(かぶら)は幼女趣味』という噂がまことしやかに囁かれるようになったのだった。

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