第53話 真祖!
長身痩躯の男にまず声をかけたのは杏次だった。
「首藤さん、待ってください。彼女らは拠点にたどり着いたばかりで疲労しています。話でしたら、また後日――」
「大丈夫、長話するつもりはないよ」
銀髪に紅い瞳という真祖の特徴にそっくりな男は、右手をひらひらと振った。
杏次は小さく息を吐くと、私たちに向き直った。
「彼は首藤蕪、一等級の妖祓師です」
「……いっとうきゅう? ようふつし?」
疑問符を浮かべる姫子に、私はざっくりと説明した。
「妖祓師っていうのは妖術を行使して妖怪を祓う人たちのことで、一等級っていうのは……その中でもすごく強くて珍しいってことよ」
蕪の隊服には腰のあたりに紫色の紐があしらわれている。これが一等級の証だ。
二等級は青、三等級は赤、四等級は黄、そしてそれ以下の中級や初級の試験を合格しただけの者は白。
ちなみに私は初級の試験すらパスしてないけど、行軍中に隊服を着ていた時は一応、白の紐をつけていた。
中級以下は大差ないってことなのだろう。
「というわけでご紹介にあずかった首藤蕪だ。ああ、名乗らなくていいよ、キミたちのことは話に聞いてるからね」
蕪はそう言ってしゃがみ込むと、のぞき込むように私たちの目を交互に見つめた。
「……キミが心葉瑠璃ちゃんだったかな」
「なんですか」
「生きていてくれてよかった」
いったい何を言ってくるのかと身構えていた私は、労いの言葉に上手く反応できなかった。
というか、なんだ。
黒雷に聞いていたのとだいぶイメージが違う。
あいつの話だと、なんかもっとぶっきらぼうな喋り方だったと思うんだけど。
「えっと、その、ありがとうございます」
「実はキミたち三人を討伐隊に参加させるように掛け合ったのは俺だったからね。気が気じゃなかったんだよ。いやあ、ホントに無事生きていてくれてよかった」
「んなっ!」
気が緩んだ瞬間に鳩尾にジャブをくらったような、そんな衝撃だった。
彼が真祖だとするなら、あの白龍を操っていたのも彼だ。
つまり、私たちはこの男に街の外へと引きずり出され、この男に殺されかけたことになる。
「こうして運良く命があったとはいえ、キミはまだ子供だ。討伐隊に参加などさせるべきことではなかったと、今は強く反省している。本当にすまなかった」
蕪はこうべを垂れた。
その様子は側から見れば、過去を悔いているように映るかもしれない。
「あ、いえ」
「今日はそれだけでも伝えておきたかった」
「……そうですか」
「それじゃあ、キミたちも疲れているだろうし、俺はここらへんで」
銀髪の男は立ち上がると、私たちの前から颯爽と去っていった。
◆
その日の夜、私は毛布に包まりながら、考えごとに耽っていた。
真祖そっくりな男、首藤蕪。
姫子もいろいろ思うところはあるようだったけど、ここでは誰が何を聞いているかわからないので、お互いこのことについては話せ
ずにいた。
さて、首藤蕪と真祖は同一人物と見てもいいのだろうか。
あれだけ人間離れした外見なのだから、同じに決まっていると思う一方。黒雷の話とは口調が違いすぎるとも思う。
でも、口調なんて演技でなんとかなる話だ。それに、状況だけを見れば真祖が人間のフリをして連盟に潜り込んでいるというのは、とても納得できる。
それなら、黒雷と接触したのが私と希里華と凛之助の三人だと知ることができるだろうし、私たちを討伐隊に参加させることで街の外へ誘き出し、白龍に襲わせることもできる。
しかし、これが本当だとすると、妖祓連盟って大丈夫なのか?
考えれば考えるほど不安要素しか出てこない。
「ダメだ、ぜんぜん眠れない」
毛布から出て、陣幕の外へと向かうと、そこには岩にもたれかかるようにして先客がいた。
長い銀髪が月明かりに照らされていた。
「……首藤さん?」
「ん? ああ――キミか。こんな夜更けにどうしたんだい」
振り向いた表情はずいぶんと青白かった。
「考えごとをしてたら、眠れなくて」
「考えごとか。よかったら、相談に乗るよ」
「……いえ」
私は首を横に振った。
まさか、あなたが実は妖怪なんじゃないかと悩んでますなんて言えるわけもない。
ここはさっさと戻ろう。
「その考えごとっていうのは、俺についてかな」
「…………」
足がびくりと止まった。
「――なんてな。あのワンコから聞いたんだろ? 隠さなくてもいいぜ。……正直、あの口調はめんどくさくて嫌いなんだ」
「……なんのことかわかりませんね」
「おいおい、ウソが下手だな」
踵を返そうとする私の左手を蕪がつかんだ。
手首から伝わる温度は冷たかった。
「別にとって食おうってわけじゃねえんだ。少しくらい話に付き合ってくれよ」
「……他の人に聞かれたら不味くないですか?」
「平気だろ。見張り番はもっと遠くにいる。それに偶然の産物ってのは大事にするもんだ」
「……私が叫んだら」
「試すか? たぶん、叫ぶ前にお前の首が飛ぶぜ」
なんの気負いもなく宣言された行動を想像して、心臓の鼓動が早くなる。
私は観念して真祖の隣に腰を下ろした。
「いやあ、どうやって一対一で話すか月を見ながら考えていたんだがな。お前の方から来てくれるとはツイてるぜ」
「その口調が素なんだ」
「まあな」
こうなってしまった以上、割り切るしかない。
「じゃあ、相談に乗ってもらいたいんだけど――どうして、私たちを殺そうとしたの?」
「いや、してないぜ」
「……でも、私、龍に襲われたんだけど」
「襲わせはしたな。だが、別に殺せとは命じてない」
それは……どういうことなんだ?
「試験会場で黒雷を退かせた原因が何か知りたかったからな。もっかいデカい妖怪に襲わせれば、なんかわかるだろって……まあ、それだけの話だ」
「え、雑」
「芯を捉えてるって言ってくれ。大事なのはお前らに大妖怪にも対抗できる力があるのかないのか、それを見極めることだ。それさえわかれば生死なんざ二の次だ」
いや、でも、雑なのには変わりなくないか?
「……じゃあ、私たちの命は見逃されたと思ってもいいの?」
「そりゃ、成り行き次第だな」
捉えようによっては不穏な台詞が飛び出した。
「というと」
続きを促す私に向けられた言葉は、実に厄介なものだった。
「お前の情報源はどこだ?」
私はなんと答えれば、この場を生きて切り抜けられるのだろうか。
私たちの会話を月だけが見つめていた。




