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第46話 兎鍋!

 私と姫子が出会ってから、早くも一週間が経とうとしていた。

 あれから、数日して体調も良くなった私は、助けてもらった恩を返すために、何か手伝えないかと姫子のあとをついて回っていた。

 それでわかったのは、異様なまでの彼女の自活スキルの高さだった。


 親もいない状態で一人生きてこれたということは、それだけの能力があって当然なのだけど、罠を使って手際良く猟をこなし、瞬く間に獲物を捕まえる姿を実際に目の当たりにすると、どうしても驚きが先に立ってしまう。


「あーあ、せっかく大きな兎だと思ったのに、これは外れだ」


 私たちと同じくらいのサイズの巨大兎を仕留めた姫子は、息絶えた兎が消滅していくのを見て残念そうにつぶやいた。

 妖怪は普通の生き物と違って、死んだら何も残さず消えてしまう。

 当然、食糧にはならない。


 それにしても、


「姫子、めちゃくちゃ強くない?」

「え、それはまあ、慣れじゃない。この山は私にとっては庭みたいなものだから」


 姫子はさらりと流したけど、動物と妖怪ではその凶暴さは比較にならない。

 それでも、弓と小刀であっさりと狩ってしまう姿は、そういう訓練を受けた暗殺者といわれてもしっくりくるくらいだ。

 これで、まだ妖術の才能も眠っているというのだから、いやはやさすが主人公はすごい。


「でも、ここまで早く対処できるのは、妖怪が近づいてきたら、瑠璃ちゃんが教えてくれるからだ。助かるよ」

「これくらいは姫子ならすぐに自分でできるようになると思うけど」

「ないない、私、妖術とかさっぱりわかんないから」


 いやいや、ところがどっこい、あなたには才能があるんですよ。千人に一人の割合でしか適合者がいない術式の型を完璧に使いこなすという才能がね。


 なんて言ったところで、私がその術式を教えられるわけでもない。

 兎の妖怪が消滅するのを無言で見送ると、姫子が「さて」と口を開いた。


「今日の狩りはこんなところかな。普通の兎が一羽。まあ、昨日採った山菜も合わせて鍋にでもしようか」

「兎鍋ってこと?」

「そうだけど……もしかして、食べたことない?」

「うん」


 私がうなずくと、赤紫色の髪をした少女はニカっと笑った。


「じゃあ期待してなよ。すっごく、おいしいから」





 料理の手伝いといっても、私にできることはほぼなく、いつも食器を用意するだけしてあとは待つことになる。

 今日もそれは変わらない。

 食器を運んできた私は、姫子の姿を横目に本を開いた。


 討伐隊に参加するとわかって、暇つぶしがてらに持ってきた本。

 隊にいるときは読む余裕なんて全くなかったけど、今はこうして役に立っている。

 本を川の水から護ってくれた瀬戸印の信玄袋には感謝してもしきれない。


「瑠璃ちゃん、料理できたよ」


 香ばしい味噌の香りの先には、湯気を放つ兎鍋があった。

 それにしても、兎か。食べたことないけど、

どんな味なんだろう。


 私は本を閉じると、姫子の隣に腰を下ろした。二人そろって、手のひらを合わせ「いただきます」とつぶやく。


 お椀を口元に運び、ずずっと汁を一口すする。


「うまっ!」


 予想以上の味に思わず声が溢れた。

 隣では姫子が「だろ?」と言わんばかりにニヤニヤとこちらを見つめている。


「なんだろう、すごく出汁がきいてるって感じで、味噌と合わさって、その……めちゃくちゃうまい」

「骨の部分から、すごくおいしい出汁がとれるからね」


 どおりで、肉をさばいたあとに金槌でゴンゴン骨を砕いていたわけだ。

 絵面が物騒としか思えなかったけど、こんなに美味しい汁を飲めるのなら仕方ない。


 汁の熱を冷ますように、ときおり息を吹きかけながら、何度も何度もちびちびとすする。

 姫子の血抜きが上手かったのか、兎がもともとそうなのかはわからないけど、豚骨などにありがちな臭みが全然ない。

 油分も比較的少なく、味噌と相まってあっさりとした口当たりのスープになっていた。

 かといって味が物足りないなんてこともなく、汁だけでも何杯でも飲めそうだ。


 ついだばかりのお椀を半分近く空にした私は、ようやく本命のお肉へと箸を伸ばした。

 肉に絡まった骨を外すのに少し手こずりながらも、なんとかほぐした肉を口元へと運ぶ。


「んー! 最高!」


 凝縮された旨みが口一杯に広がった。

 豚や牛よりも、鶏肉に近い味わいで、なるほどこれは兎が「匹」じゃなくて「羽」で数えられるのにも納得がいく。


「でしょ、私も兎鍋が大好きなんだ」

「これ、無限に食べられるかも」


 骨を取るのが面倒だけど、それを除けば文句なしの百点満点だ。

 帰ったら料理番のお月にも、ぜひこの感動を伝えたい。


 それにしても、箸が進む進む。

 兎鍋を黙々と食べていると、姫子がつぶやいた。


「ねえ、瑠璃ちゃん」

「ふぁい?」

「前から気になってたんだけど、さっきも持ってたそれって何?」


 兎肉を頬張ったまま、姫子の視線を追うと、そこには私の読みかけの本があった。

 口の中のものを飲み込んだ。


「それは『右目に咲くスミレ』っていう本ね。気になるなら、私が片付けしておくから、好きに読んでていいよ」


 ここを追い出されたら、今の私には行き場などないし、野垂れ死ぬだけ。

 せめて後片付けだけは頑張って、少しでも役に立つところを見せておかないと。

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