第45話 二人の食事!
菊桐姫子に拾われた私が、意識を取り戻した次の日の昼。
安静にしているよう言われた私が布団に横たわる側で、姫子は囲炉裏に向き合うようにして料理をしていた。
さりとて話しかける言葉も見つからず、私たちの間にはパチパチ爆ぜる炎と鍋をかき回す音だけが広がっていた。
どうにも居心地の悪い沈黙から顔を背けるように、私が布団に顔をうずめていると、姫子がぽつりと語り出した。
「私以外に誰もいなくて、薄々気づいてるかも知れないけど……私、一人暮らしなんだ」
『くくり姫』の物語は、幼い頃に両親をなくし、一人きりで暮らしていた主人公――菊桐姫子が、廃業寸前のとある妖祓師に拾われることで始まる。
それを知っている私は、どうやら姫子がすでに天涯孤独なことにも察しがついていたけど、それを本人の口か聞くと何と返せばいいのかわからなかった。
「お父さんは顔すら知らないし、お母さんは前に死んじゃったから、それからはこの家にいるのは私だけ」
「……それは、大変ね」
「まあね、特に最初はお母さんがやっていたことを真似してみても、ぜんぜん上手くいかなかったりで、もう散々だったな。それでも、何でも続けていれば慣れるみたいでさ。今はこうして生きていけるくらいには何とかなってる」
姫子は何でもないことのように言い切った。
女子高生の記憶のまま転生したにも関わらず、一人では身の回りのことも何一つできない私とは、あまりにも違いすぎる。
まだ幼い女の子が親の助けもなく生きていくとなると、自分のことだけでも精一杯だろうに、そんな中で私を助けてくれたと思うと申し訳なさと情けなさで消えたくなる。
「ごめんね。一人でも大変なのに、私を拾うことになったりして」
「え、あ、いや、違う違う! 別に、そういうつもりで言ったんじゃないんだ!」
布団から少し顔を出すと、慌てて首を振る姫子が見えた。
「一人暮らしはたしかに大変だけど、森や山に入れば冬でもない限り食べるものには困らないし、親切な行商人も時々寄ってくれるし、今は本当に大丈夫なんだ。瑠璃ちゃんが気にすることはなにもないよ」
「……それならいいけど」
「むしろ、こうやって誰かと一緒にご飯を食べるのとか久しぶりで、その、私はけっこうありがたく思ってるんだ」
話しているうちに料理が出来上がったようで、姫子はお椀を私の枕元に置いた。
私はゆっくりと布団から起き上がり、お椀を手に取った。
中にはお粥がつがれていた。
素朴な味が口に広がる。
「……うん、おいしい」
「それならよかった」
姫子もお粥を口元に運んだ。
「……ねえ、姫子は龍って知ってる?」
「りゅう? いや、聞いたことないよ」
「龍は空に浮かぶ妖怪なんだけどね。蛇みたいな姿をしてて、めちゃくちゃ大きいの」
「へえ、そんな妖怪がいるんだ」
「私は……私たちは、その龍に襲われた」
いつのまにか、姫子はお粥をすくっていた匙を止め、私の言葉に耳を澄ませていた。
「龍はその大きさも、攻撃も、何かもが規格外だった。例えば、葉っぱに止まっている虫に私たちが息を思いっきり吹きかけたら、それだけで虫は吹き飛ばされちゃうでしょ? あの龍が私たちにしたのも、同じようなことだったの。龍の吐息一つで私は吹き飛ばされて、意識を失った」
思い返せば、生きているのが不思議なくらいだ。
直前に身を守ろうと唱えた妖術が功を奏したのだろうか。
「あの時、あの場所には、私以外にいろんな人がいたんだ。だけど、誰も龍に敵わなくって、みんななす術なく吹き飛ばされた。……たぶん、私は川に落ちて流されたんだと思うけど、他のみんなはどうなってるのかな」
こうして口に出してしまうと、考えまいとしていた事実に向き合える気がした。
他のみんなは生き延びているのだろうか。
もしも、あのまま白龍が一方的に攻撃を続けたのなら、望みは薄いだろう。
それでも、あの場所には多くの妖祓師が集まっていたはずだ。
死を決めつけるのには、まだ早すぎる。
そうだ、まずはあの場所に戻って確認しないと。
「……ねえ、姫子、この場所からは――」
「まずは、ご飯を食べて、元気になること」
私の言葉をさえぎるように、姫子は匙を突きつけた。
「でも」
「いいから、まずは座って。食事は立ってするものじゃないよ」
指摘されて、自分が思わず腰を浮かせていたことに気づいた。
私はゆっくりと腰を落ち着かせた。
「本調子じゃないまま動いても、碌なことにならないよ」
「……うん、そうよね」
私は改めて自分が冷静さを失っていることを思い知った。




