第43話 出会い!
龍の吐息が放たれ、視界が白く染まった。
「くそっ、なんだこれ、何も見えねぇ!」
「る、ルリさま! どこにっ!」
「みんな、落ち着いて!」
「……あぁ、これは死んだかな」
周囲から口々に叫ぶ声がする。
どういうわけか、直撃は避けられたらしいけど、それでも龍の吐息によって視界が全く見えなくなっていた。
この状態でもう一度、攻撃がきたら今度こそおしまいだ。
「術式復水【方舟】!」
私は白い視界のまま、妖術を唱えた。
体に力がみなぎってくるのを感じる。
ゲームの効果で言うなら、防御力の上昇と、自動回復の付与。
見えないから確認できないけど、範囲術式だから周りのみんなにもかかっているはずだ。
目が使えない代わりに、必死で耳をすませると、みんなの声に混じって、風がうねるような音が聞こえてきた。
「みんな、気をつけて! また攻撃がくる!」
その音はちょうどさっき聞いたばかりの、龍が吐息を放つ前の音によく似ていた。
しかも、それは明らかに前より近い。
「術式復水【瀑布】」
音のする方に向けて水の壁を張った瞬間、全身を強い衝撃が襲った。
爆弾でも破裂したかのような大音量が耳をつんざく。なすすべなく、大地から足が離れる。
何も見えないまま宙に投げ出された体では、前も後ろも、右も左も、上も下もわからない。
そして、私は意識を失った。
◆
目が覚めた私は、見慣れない部屋で横になっていた。
掛け布団から這い出るように起き上がり、辺りを見渡す。
「……ここは」
右手には囲炉裏があって、パチパチと炎が爆ぜている。
その上では、天井から垂れる釣り縄に引っ掛けるようにして、やかんが熱されており、その口から激しく蒸気が出ていた。
「よかった、目を覚ましてくれたか」
後ろから声がして振り向くと、そこにはまだ私と同じくらいの年齢の少女がお盆を片手に立っていた。
その少女は息をのむほどに整った顔立ちをしていた。
乙女ゲームのこの世界においても、明らかに他とは一線を画しているとわかる。
顔つきや体格はまだまだあどけないけれど、くりりとした瞳や赤紫色の髪は、いずれ絶世の美女になると約束しているかのように、存在感を放っていた。
惜しむらくは、服がボロボロで、顔にも容赦なく煤がついていることくらいか。
私が言葉もなく見つめていると、少女はそのまま囲炉裏に近づき、やかんを取り外した。
少女の濃い赤紫色の髪を、囲炉裏の炎が照らす光景は、ゲームの一枚絵にしても見劣りしないほど様になっていた。
「あの、ここはいったい」
「私の家だよ。川辺で倒れているあんたを見かけて、放ってもおけないから連れてきたんだ。はいこれ、お茶。熱いから気をつけて」
少女は手際良く、湯飲みに注いでいくと、その片方を私へと差し出した。
おすおずと受け取ると、たしかに湯飲みは熱かった。
「気分はだいじょうぶ?」
「……うん」
「それならよかった」
飲むには熱そうなので、湯飲みを傾け、ふーふーと息で冷ましていく。
水面に映っていた顔が波立って消える様を見つめていると、これまであったことを少しずつ思い出してきた。
討伐隊に参加したこと。
たくさんの妖怪に襲われたこと。
白龍が現れ、その攻撃で意識を失ったこと。
川辺で倒れていたということは、おそらく私は吹き飛ばされて川に落ちたのだろう。
そんな目に遭っても生きているのは、直前に唱えた妖術のおかげか。
「ねえ、私の他に誰かいなかった? たぶん同じ服を着ていると思うんだけど」
そこまで言ったところで、自分の服が隊服から変わっていることに気づいた。
濡れた隊服をかけた衣紋掛けが、囲炉裏から少し離れたところに置いてある。
どうやら、この少女が着替えさせてくれたみたいだ。
「……ごめん。私があんたを見つけた時は、他には誰もいなかったよ」
「そっか」
みんなは大丈夫だろうか。
川に流された私でも生きているんだから、同じ妖術をかけた他のみんなも無事だと思いたい。
「そういえば、これ、あんたの腕に絡まっていたんだけど。あんたの持ち物であってるかな」
赤紫の少女は、私の前に信玄袋を置いた。
淡い水色の布地に桔梗の模様、紛れもなく私の荷物入れだ。
中身を一通り見たところ、幸運なことにどれも無事のようだ。
さすがは「海に沈めても大丈夫」が謳い文句の瀬戸印の信玄袋。水除けの加護は伊達じゃないらしい。
無事に帰れたら、将大にこの商品をもっと推すよう伝えよう。
「……驚いた。その巾着袋どうなってるんだ」
「仕組みはよくわからないけど、水の侵入を拒む術が組み込まれているとかなんとか」
「へぇ、街にはすごいものがあるんだな」
少女はしばらく驚いた様子で私の手元を覗きこんでいたけど、ひとしきり感心すると、やがて姿勢を元に戻した。
「あ、ごめん。じろじろ見て悪かったね」
「別にいいわよ。見られて困るものがあるわけじゃないし」
「そっか」
「……」
会話が止まってしまった。
もしかして、私を気遣ってくれているのだろうか。
だとしたら、ありがたい反面、苦しくもあった。今は何でもいいから何か喋って気持ちを紛らわせたい。
黙っていると、余計なことを考えてしまいそうだ。
「あの、私は心葉瑠璃。名前でも、苗字でも、好きに呼んでほしいかな」
「じゃあ、瑠璃ちゃんって呼んでもいい?」
「うん」
私は湯飲みを両手で握りしめたまま、こくりとうなずいた。
「あの、それであなたの名前は何ていうの?」
「私? 私は……えーっと、なんだっけ、たしか菊桐姫子だったかな」
「――え」
勢いよく少女の顔を見そうになって、すんでのところで思いとどまった。
不自然に思われないよう、ゆっくりと少女に目を向ける。
「呼び方は……何でもいいよ。人と話すことがあまりないから、実は自分の名前にもあまり実感がないんだ」
どうして気づかなかったんだろう。
この名前に、濃い赤紫色の髪。息をのむほどに整った顔立ち。
そして、私と同じ年頃の少女。
間違いない。
彼女、菊桐姫子は――『くくり姫』の主人公だ。




