第42話 龍!
龍が現れても、前衛にそれを見ている暇はない。
杏次を始めとした指導班の面々は、空を漂う白い龍を一目見やって顔を引きつらせたけど、それでもすぐさま戦いへと戻っていった。
我が物顔で空をゆく白龍をつぶさに見つめることができたのは、この場で私たち三人くらいのものだった。
「おい、あんなのが来たらヤバいだろ。試験の時の比じゃねえぞ」
凛之助が声を震わせながら、空を仰ぎ見る。
凛之助の言うとおりだ。
あんなのはまともに相手をするべきじゃない。
でも、目の前の光景は、それでも立ち向かうのが妖祓師だと叫んでいるかのようだった。
大地から龍に目がけて、いくつもの妖術が放たれた。
討伐隊は、隊列を崩されたかもしれないけど、決して倒されたわけではない。今だって、各々の場所で戦っている。
そして、白龍の近くにいた者たちがその身を賭して龍に攻撃を仕掛けた結果が、龍に向けられた無数の妖術だった。
炎の球が天を焦がし、風の刃が雲を切り裂き、雷の槍が空を穿つ。
そのどれもが、ただ一匹の龍に向かっていく。
だけど、その決死の一撃たちが白龍を傷つけることはなかった。
妖術が当たる直前、白龍は黒い影に姿を変えた。
龍の形をした黒い影は、妖術に貫かれ四散したかに見えたけど、よく見るとそもそもそれは影ではなかった。
無数の蝙蝠の集合体。それが黒い影に見えていただけだった。
蝙蝠は散り散りになって妖術をやりすごしていく。そして、再び龍の形に集まると、淡い白光を放ち、そこには無傷の白龍の姿があった。
「コウモリになって、術を避けたってのか!?」
「そんなの聞いたことないですよ!」
凛之助と希里華から動揺の声が上がる。
だけど、この場で最も動揺していたのは、たぶん私だ。
「……そんな、なんで。その技は」
その技には、見覚えがある。
凛之助ルートでのラスボス戦で黒雷が使っていた回避技だ。
同じ技を龍が使えるなんてこと、ゲームではなかった。
いったい、あの白龍はなんなんだ。
「心葉さん! あなた達、三人とも、今は目の前の敵に集中してください!」
杏次の叱責で我に返った。
そうだ。今はそれどころじゃない。
白龍とは距離があるし、他の隊員たちが戦ってくれている。
まずはここを生き延びることだけを考えないと。
私はようやく龍から視線を外し、レンズ越しの杏次の瞳と目が合った。
息を吸い、気持ちを入れ替える。
「……荒銀さん、どうしますか」
「このままだと埒があきません。とにかく退路を確保しましょう。まずは――」
「ルリさま! 龍が、こっちに来てます!」
私と杏次の会話を遮るように、希里華が叫んだ。
今度は目の前の妖怪たちから意識を逸らさずに、チラッと一瞬だけ空を見やる。
そこには希里華の言葉どおり、こちらに向かってくる白龍の姿があった。
攻撃を仕掛けたはずの他の隊員たちには見向きもせずに、なぜか一直線に私たちのいる方向に目がけて進んでいる。
どうする。
あの速度で向かってくる竜から逃げられるのか?
妖怪たちに囲まれ身動きのとれない状況で、白龍が迫る。
杏次が叫んだ。
「くっ、私が殿を務めます! 皆さんは全力であちらへ逃げてください!」
「でも、あっちには川が」
「龍が迫る中、この量の妖怪の中を突破するよりは川を泳いで越えた方がマシです! 龍の進路が変わらなければ、逃げ切れます!」
「……わかりました」
うなずいた私が駆け出し、希里華と凛之助もそれに続いたけど、紫乃と弥仁の足はすぐには動かなかった。
「班長、アタシもここに残る!」
「おれも」
紫乃と弥仁がつぶやいた。
「いえ、あなた達も逃げてください」
「でも!」
「あの三人だけじゃ、逃げきれないでしょう。あなた達の手助けが必要です」
「…………班長もすぐにきてよ」
背後でそんなやり取りが交わされ、やがて二つの足音が聞こえてきた。
「キリカと凛之助はさあ、ちゃんと泳げる?」
「お前、今そんなこと言ってる場合かよ!」
いや、大事でしょうに。
「……あの、申し訳ございません。わたくし泳いだことがありません」
ほらね。見たことか。
しかし、希里華が泳げないとなると困った。さすがに私も同じ年頃の女子を一人抱えて川を泳ぎきる自信はない。
凛之助か、紫乃か、弥仁か、誰かに運んでもらわないと。
「あの、お二人は――」
振り向いた私は、言葉を失った。
視線の先には、こちらに走ってくる紫乃と弥仁の姿が、その後方には妖怪と戦いながら後退する杏次の姿が、そして更にその後方の空では白龍がこちらを見据え、その大振りな口を開こうとしていた。
その動作はゲームで見たことがある。
無対策で挑めば全滅必至の凶悪な攻撃。
龍の吐息。
「危な――」
警鐘を鳴らすよりも早く、白龍の口から白い吐息が放たれた。




