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第41話 妖怪襲来!

 ふかふかの布団がなければ、お風呂にも入れず、食事もいつもに比べて物足りないし、髪の手入れも自分で済ませなきゃいけない。

 何もかもがないないづくしの中、あの苦い霊薬だけは母にしっかり持たされているのが……なんだかものすごく納得いかない。


 いつもと違う環境と薬の副作用が相まって、ぜんぜん寝付けなかった私は、筋肉痛で全身をギシギシ言わせながら、霊薬を入れたお椀を前に盛大なため息をついた。

 今のままだと、照りつける朝陽や鳥の鳴き声にさえ、苛立ちを感じてしまいそうだ。


 隣の陣幕から、凛之助が伸びをしながら出てきた。


「おはよう……って、うぉお!? 瑠璃、寝癖すげえな!」

「あ゛?」


 凛之助の動きが止まった。

 一拍置いて口が開かれる。


「な、なんか機嫌悪そうだな」

「……凛之助はいつもどおりムダに元気よね」

「なんか言葉にトゲがないか」

「あるわよ。それが嫌だったら、寝起きの女の子に寝癖ひどいとか言わないように」

「いや、直してから出てこいよ」

「……」


 まあ、それはもっともだ。


 私は霊薬をぐいっと呷り、陣幕へときびすを返した。


「あっ、ルリさま、おはようございます」

「心葉さんか、おはよう」


 希里華が紫乃に髪の手入れをしてもらっている最中だった。


「……白小町さんとずいぶん仲良くなったんだね」

「えへへ、そうですかね?」


 面倒見の良さそうなお姉さんが指導員で実に羨ましい。

 私なんか銀縁メガネのスパルタおじさんだから話題らしい話題もない。仮にあったとしても、真面目そうだから、そもそも行軍中の雑談に乗ってきてくれるかどうか。


「心葉さんはずいぶん髪が長いんだな。魚住さんのが終わったら、手入れしてあげようか?」

「いいんですか!」


 なんて親切で心づかいのできる人なんだ。

 私が感激していると、遠くから螺貝の鳴る音が聞こえた。


「……ありゃ、どうやら妖怪の襲撃みたいだ。弥仁のヤツ、どうせまだ寝てるだろうから起こしてくる。二人とも、悪いけど戦いの準備をお願い」

「あ、はい」


 颯爽と席を立つ紫乃を、ぼんやりと眺めていた私はこくりと首を縦に振った。

 振り向いた希里華と目があった。


「ルリさま、街の外に出ると妖怪だらけっていうのは本当なんですね」

「そうみたいね」


 もうゲームじゃないんだから、エンカウント率くらい少し下げてもらいたいものだ。


 どうやら、遠征中はたとえ朝であっても落ち着いてはいられないらしい。





 指導員たちと合流し、杏次の指示に従い戦場へと向かっていく。

 私たちの陣幕は隊の中でもかなり中心に近い位置にあるため、なんだかんだ余裕がある。

 まだ戦力になるかもわからない研修生の子どもを重要な位置に配置するはずないといえばそうなのだけど。


 でも、ここは街の外。人間ではなく、妖怪たちのテリトリー。

 街中ですら夜中は危険だというのに、絶対安全な場所が外にあるなんてことはありえない。


「荒銀班長! 妖怪の数が多すぎる!」


 我らが荒銀班は、付近の他班と連携をとりながら、迫りくる妖怪たちを文字通りばったばったとなぎ払っていた。

 だけど、紫乃の叫びは、それでも処理が追いつかないことを訴えていた。


「……この数の妖怪が、こんな中まで入り込むって、隊列完全に崩れてますよ。外側の人たち無事なんですかね」


 相変わらず眠そうな顔で弥仁がボヤく。

 彼の発言はもっともだ。不安しかない。


「今は目の前の敵から生き残ることに集中してください。あと、あなた達三人は決して前に出過ぎないように」


 昨日と違って、研修生の私たち三人は、後方支援に徹している。

 前線に出られてヘマをしてもカバーできないということなのだろう。


「……はぁ、最悪。マジで昨日、逃げとけばよかったかな」

「ルリさま!」

「わっ、なに!?」


 誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやいたつもりの私は、希里華の声にひどく驚いた。

 でも、希里華は私の声に反応したわけではないようだ。


「あちらの空を見てください! 何かいます!」


 希里華が指差した空の先、雲の隙間を縫うようにして『それ』はいた。


 白蛇のように長い純白の体躯。

 (ワニ)のように獰猛な頭部と、そこから生える鹿のような雄々しいツノ。

 雲を切り裂くように伸びる脚は、(たか)のように鋭い形をしている。


 されど、その大きさだけは例える生物が何一つ浮かばない無いくらい、あまりにも巨大だった。


 『それ』は太陽に喰らいつくかのように(あぎと)を開き、咆哮を放った。


 空気が震える。

 そうとしか表現できない振動が私たちを襲った。


 霊力も膂力もふるうことなく、ただ叫び声一つ。音の波だけで、樹々を揺らし、雲をかき消した。


「……龍だ」


 そこにはゲームの画面越しに見るのとは比較にならない、あまりにも強大な存在が私たちを見下ろしていた。

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