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第39話 行きたくない!

「瑠璃さま、どうしましょう」


 屋敷に帰った私を待っていたのは、ひどく落ち込んだお月だった。


「犬吉がどこかにいなくなって、帰ってこないんです」

「まあ、結局は犬だし、戻ってくるのを待つしかないんじゃない?」

「……そんな」


 黒雷は竜探しに出て行ったことを知っている私としては、できることなら戻ってきて欲しくないんだけどね。


「それじゃあ、私はこれで」

「あ、瑠璃さま。それとですが、奥方さまが呼んでらっしゃいましたよ。色々とお話があるとか」


 ……嫌な予感しかしない。





「お母さま、ただいま帰りました」

「おかえりなさい、瑠璃」


 桔梗は自室でスイーツか何か食べながら待っていたようで、ちょうど空になった器をそっと机の端に置き、私に向き直った。


「妖祓連盟から聞きましたよ。試験に不合格だったことも、討伐数がゼロ匹のことも、魚住さんの手助けばかりしていたことも、討伐隊参加の提案がきたことも。あまりにも予想外のことばかりで、さすがに私も驚きました」


 桔梗は小さくため息をついた。


「……試験数日前から体調が良くないことはわかっていました。そんな状態では上手くいかないこともあるでしょう」


 お、これは怒られないパターンか?


「ですが、討伐数がゼロ匹となると話は別です。……瑠璃、いったいどういうつもりなのかしら?」

「いや、それは」

「何か不満があるのなら、そうと言ってくれてもいいのよ」


 不満があるわけじゃない。

 ただ単にあの日は妖術を使えなかっただけた。


「……まあ、いいわ」


 私が言葉に迷っていると、桔梗は再びため息をついた。


「瑠璃、あなたは試験の間ずっと魚住さんと一緒にいたんですってね。指示を出して手助けしていたとか」

「……はい」

「妖祓連盟の方はそれを見て、非常に褒めてらっしゃいました。あなたをぜひ討伐隊に加え、実戦経験をつませたいと」

「一応、話は聞いてます」

「そうですか、では話が早いですね。瑠璃、あなたは参加です」


 母は断言した。


「でも、連盟が私に見込んだ素質は、妖祓師としてではなく指揮官としてなんですよね。……いいんでしょうか」

「たしかに妖祓師の技術は学べないかもしれませんが、それでも戦場の空気を味わうことは得難い経験となるはずです」


 心葉流の跡継ぎである以上、余計なことをしている暇はない、とかなれば良かったけど、残念ながら母は「直接的には関係ない経験でも糧になる」と考えるタイプらしい。


「わかりましたね? 瑠璃」

「……はい」





「そんな感じでさ。しばらくの間、会えないかも」


 私と六郎は茶屋で一緒にお団子をかじりながら駄弁っていた。

 この茶屋はこの前、妖狐の騒動で訪れたお店だ。外にも中にも食べる場所があって、今日の私たちは屋内で食べている。


「……心葉さんはなんていうか、本当に規格外だよね」

「別に指揮官になりたいなんて思ってないんだけどね」


 それどころか妖祓師になりたいとも思っていない。


「……はぁ、余計なことしないで、試験中は大人しくしてればよかったかもな」

「でも、指揮の腕を評価されたおかげでお母さんにあまり怒られずにすんだんじゃないの」

「それはそうだけど。それ以上に面倒なことになってきたから、素直に喜べないよ」


 私は机の上にぺたりと額をくっつけた。


「はぁー…………六郎、なぐさめて」

「はいはい、いい子いい子」

「もっと私のがんばりを認めて、かつさりげなーく褒める感じで」

「注文が多い」

「当店は注文の多い料理店ですから」

「えーっと? そうなんだ」


 ああ、そっか。この世界には『注文の多い料理店』という作品がないのか。

 そういえば、この世界での創作物ってどういう扱いなんだろう。私のいた現代とは全く違うのかな。それとも、童話くらい有名なものは同じものが存在してるとか。


「ねえねえ、六郎って小説とか好き?」

「嫌いじゃないけど、そんなに触れてはいないかな。どっちかっていうと、料理の方が趣味って感じだから」

「あー、そういえばお家ではお料理番長なんだっけ」

「番長ってなんだよ。まあ、いつも料理を担当してるって意味では間違ってないけどさ」

「六郎はえらいなぁ」


 私なんか髪の手入れや着物の着付けですらまだ一人じゃできないのに。


「心葉さんは、本が好きなの?」

「うーん、好きだけど、最近は読んでないからなあ」


 最近というのは、もちろん『くくり姫』の世界に来てからだ。

 じゃあ、現代にいた時は読んでいたのかと言われると、そっちでも一年に一冊くらいしか読んでなかったけど。


「行軍についてくってなるとやることなくてヒマそうだし、何か本でも持っていこうかな」

「……暇な時間ある?」

「まさか、自由時間すらないってこと? あー、でも、ありえるかも。そう思ったら、ますます行くのが嫌になってきたなあ。六郎、代わって、一生のお願い」


 私は首の角度を動かして、机につっぷしたまま六郎を見上げた。


「できるなら代わってあげたいけど、僕はそこまで優秀な成績じゃないからね」

「でも、合格したんだし、私よりは優秀じゃん」

「うーん、どうだろうね。……それに心葉さんが評価されたのは、指揮の腕でしょ」

「そうだけど、これで案外、六郎に指揮官の才能が眠ってたりとか、あるかもしれないよ」

「あはは……だったらいいけどね」


 六郎はどこか乾いた笑みを隠すように、お茶の入った湯飲みを口元で傾けた。


 こうして、何でもない話を続けているだけでも、私の心は癒される。

 どこからか護衛が見張っていると思うと憂鬱だけど、見えないものはいないと思ってしまえば結構気にならない。


 でも、こんな日常にもしばらくはサヨナラしないといけない。

 私は小さなため息をお茶で流し込んだのだった。

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