第38話 素質あり!
「荒銀杏次と申します。本日は妖祓連盟の遣いとして、お話があってきました」
応接室で私たち三人を待っていたのは、銀縁メガネをかけた男性だった。
子ども相手にしては、口調や一つ一つの所作が丁寧だ。
和服に身をまとっているけれど、現代世界だったらスーツを着てどっかの窓口でも担当していそうだ。
「心葉瑠璃です」
「東藤凛之助です!」
「魚住希里華と申します」
つられるように私たちも各々名乗り始め、一通り終わったところで、杏次は軽くうなずいた。
「では、さっそく本題に移りましょうか。まず率直にお伝えしますと、妖祓連盟からあなた達三人にあてて、蜃鳴岬の討伐隊への参加の提案がなされています」
「え、えっと」
討伐隊への参加?
あまりにも予想していなかった単語に、私はどう反応すればいいのかよくわからなかった。
「あなた達が疑問に思うのももっともです。順を追って説明していきましょうか」
杏次はゆっくり口を開いた。
「年々、妖怪たちが力を増していることもあり、妖祓連盟では常に人材を求めている状態にあります。ですが、妖祓師の数だけを増やしても強力な妖怪には対抗できません。そこで連盟としては、素質があると見込んだ新人たちに積極的な支援を行なうことで、より迅速に戦力の充実を図ろうと考えています」
「つまり、討伐隊参加もその一環ということですか?」
「ええ、その認識で間違っていません。あなた達は試験を通して、特に素質ありと判断されました」
杏次の言葉を聞いた凛之助が、肘で私をちょいちょいとつついてきた。
「へへ、特に素質ありだってよ」
「はいはい」
凛之助は褒められて気分が良いみたいだけど、私はそういうわけにもいかない。
「あの、試験を通してというなら、私が入っているのは間違っていませんか? 私は、その……不合格ですよ」
恐る恐る指摘した私に対して、杏次はそんなことは百も承知と言わんばかりにうなずいた。
「そうですね、それも聞いています」
「ギリギリ不合格とかじゃなくて、かすりもしないゼロ匹ですよ」
「そのようですね。今年は前代未聞が多いとも聞いています」
……百のことかな?
あの子も私と同じくゼロ匹らしいし。
「特に魚住さんは歴代最高の記録だと聞きました」
「歴代最高っ!?」
「うっそだろ!?」
私と凛之助は悲鳴に近い声を上げ、希里華を見た。
緑髪の少女は何を言われたのか分からないとでもいうように、口をぽかんと開けていた。
「私も試験官ですので映像を見ましたが、妖術の腕もさることながら、何よりも迅速で無駄も迷いもない動きがすばらしかったです」
「い、いえ、そんなことは。全てルリさまの指示のおかげで」
「謙遜する必要はありませんよ。ですが、そうですね、それこそが不合格にも関わらず心葉さんを素質ありと我々が判断した理由です」
「いや、いやいや、待ってくださいよ! だとしても、不合格ですよ私! それを妖祓師の素質ありってことにするのは、問題なんじゃないですか!」
いや、たしかに好き勝手、希里華に指示してはいたけども!
もし、それだけで認められるなら、試験とはいったいなんだったのか。
「ああ、これは少し言葉が足りませんでしたね。心葉さんは二人と違って、妖祓師ではなく、指揮官としての才能を見込まれた形になります。妖怪の特徴、消耗の度合い、周囲の様子、味方の状況、そういった要因を俯瞰的に見つめ、瞬時に判断をくだす点において、あなたは頭ひとつ飛び抜けていると思いますよ」
そりゃ、ゲームで散々戦っていたからね。
ある程度『くくり姫』をやり込めば、だれだって同じことができそうなものだ。
「なぜ、自分では一匹も倒さなかったのかは謎ですが」
「…………」
銀縁メガネに見つめられた私は、どう言い訳したものか考えたけど、幸いそれ以上は追及されなかった。
「以上が連盟があなた達に討伐隊への参加を提案した理由になります」
杏次が言い終わった瞬間、凛之助が勢いよく手を挙げた。
「はい! 質問です! 討伐隊って何をするんですか!」
「最近、蜃鳴岬の妖怪たちの活動が活発になっているので、その討伐ですね。とはいえ、あなた達の場合は熟練の妖祓師が横について、比較的対処のしやすい妖怪相手に経験を積むという形になるでしょう。具体的にどうなるかまでは、まだわかりませんが」
「実戦なら、俺、自信あります!」
「それは心強いですね。連盟は一刻も早く戦力になる人材を求めているので、東藤くんのように意欲的な人は歓迎されると思いますよ」
凛之助はニコニコと実に幸せそうな笑みを浮かべている。
ここまで能天気だと一周回って羨ましくなってくるな。
「お二人はどうですか? 討伐隊の参加には気が乗りませんか?」
私と希里華に水が向けられ、希里華は慌てて首を横に振った。
「いえ、そのようなことはありません。ただ、わたくしが選ばれるなんてどうしても実感がわかなくて」
「……私も実感があんまり」
嫌だな。行きたくないな。討伐隊とか絶対めんどくさいよ。
何が一番嫌かっていうと、場所だ。蜃鳴岬の名前にはものすごく聞き覚えがある。
将大の竜がいるかもしれないと予測した場所の一つに、まったく同じ名前があった。
最近、妖怪が活発だということも含めて、どう考えても同じ場所だろう。
そんな気持ちを外に出はないよう私がこらえていると、杏次がメガネのブリッジを中指でくいっと押し上げた。
「ここで話したことは全て、あなた達の保護者にもちょうど今日、話がいくことになっています。討伐隊に参加するかどうかは、保護者を通して回答をいただく手筈です」
そして、杏次はいったん息をついたが、そこからの言葉は今までとは少し雰囲気が違っていた。
「さて、ここまでが連盟としての考えです。……そして、ここから話すことは全て私個人の考えです」
レンズ越しの瞳が、心なしか細くなったように見えた。
「あなた達はまだ討伐隊に参加する時期ではないと思います」
「え?」
さっきまでの歓迎ムードから百八十度ずれた内容に、凛之助の困惑する声があがった。
「連盟はとにかく早く多く経験を積ませたいと考えているようですが……さすがに初級試験を受けてすぐというのは前例がない。それが悪いとまでは言いませんが、だとしてもあまりに性急すぎます。討伐はあなた達が思っている以上に過酷です」
杏次の声は今まで以上に真剣な色が込められていた。
「もちろん、討伐隊に参加することで得難い経験を積めるのは確かなので、あなた達が本当に参加を望むのであれば、これ以上、止めはしません。ですが――」
杏次は懐から札のような紙を三枚取り出した。
「もし、参加を望まないのであれば、その意思は尊重されるべきです。……討伐隊参加の件で困ることがあれば、私に連絡してください。なんとかします」
杏次から紙を受け取った。
そこには、彼の名前や所属、そして連絡先が書かれていた。
「それでは、私はこれで失礼します。討伐隊の件については一度、自分自身でよく考えておいてください」




