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第34話 マ?

 一匹の妖狐が死んだくらいで劇的な変化が起きるはずもなく、今日もいつもと変わらない一日が過ぎていく。

 気づけば、試験結果発表の日まで、残り三日を切ろうとしていた。


 転生してから早くも四週間が経とうとしている。

 この小さな体や、長い髪にも慣れてきている自分がいた。

 今はまだ、家族や友達の顔も思い出せるけど、いつかはそれすらあやふやになってしまうのだろうか。


 屋敷の中でもひときわ美しく整えられた応接間の窓から、春風に揺れる庭の木々をぼんやりと眺めていた。


「瑠璃さん、こんにちは」

「ええ、こんにちは」


 部屋に入ってきたのは眼帯をつけた少年、瀬戸将大だった。

 彼と会うのは、あの妖狐の件を含めて三度目だ。


 瀬戸家は街でかなりの規模を誇る商家だ。霊力を用いた道具を多く取り扱っていて、当然、追霊盤の逸品も有している。

 瑠璃の母、桔梗が壊した追霊盤の代わりを、私が将大から受け取る手はずになっていた。


「この追霊盤は、うちの商品でも飛び切りの性能です」

「そうなの」


 持たせる相手もいないのに、追霊盤だけ豪華になって返ってくるというのは、なんともバカにした話だ。

 母としては、壊した以上、弁償しないわけにもいかないのだろうけど、百の心境を思うと複雑な気持ちになる。


 とはいえ、これを用意してくれた瀬戸家には感謝しないとね。


「えーっと、その、ありがとうね」

「いえ、お気に召したのであれば、こちらも用意した甲斐があります」


 将大は眉一つ動かさずに淀みなく言い切ると、すぐさま「ところで、話は変わりますが」と続けた。


「竜の居場所を特定する方法、いろいろ考えてきたんですよ」


 さっきまでと比べて、明らかに声のトーンと、話すテンポが上がっている。


 竜の居場所を特定する方法というのは、以前、将大が心葉邸を訪れた時に、私が訊いたことだ。

 黒雷との約束で、私は竜を見つけなくちゃいけないけど、とくに当てがあるわけでもないので、とりあえず知り合いに訊きまくっていた。


「竜のもつ霊力は絶大です。現れるだけで、周囲の妖怪が活性化するほどには」


 将大はそう言いながら、懐から巻物を取り出した。

 そして、私には見向きもせず、畳の上にバサリと広げた。


「これは今までに竜が現れた場所を僕が調べてまとめたものです」

「……マ?」


 巻物には日本にそっくりな地形が描かれ、各地に赤いバツ印が刻まれている。


 どうやら、私よりもよほど熱心に調べものをしてくれたようで、頭がさがる思いだ。


「お願いした私が言うのもなんだけど、その熱量というかやる気は、いったいどこからくるのよ」

「竜は、現れるだけで天変地異を引き起こすとすらいわれる生きた災害です。まあ、調べたところ、さすがにそれは噂に尾ひれがついた大袈裟なものでしたが。それでも、その能力や生態、出現過程など、竜における謎は尽きません。そんな竜の出現を事前に予測できたら、すごく面白いと思いませんか?」

「……まあ、たしかに」

「そもそも、なぜ竜にはここまで謎が多いのかというと、これはあくまで僕個人の意見ですが、その接触の困難さがほとんどの理由を占めているのではないかと思うんです。まず、この地図を見ればわかるように、基本的に竜は人里付近には現れません。それだけでなく、近隣を積極的に荒し回るといった行為も、調べた限りではあまり見受けられませんでした。それでもこうして多くの竜が確認されている背景としては、やはり膨大な霊力による周辺妖怪の活性化が大きいですね。これによって村落に被害が発生し、その原因を究明する過程で竜の存在が示唆され、発見に至る。つまり、竜との接触は――」

「わかった、わかった! わかりましたから! ちょっと落ち着いて」


 そんなにいっぺんにまくし立てられても、ぜんぜん頭に入ってこない。

 こういう時にかけるべき言葉は決まっている。


「とりあえず、まずは結論だけ、簡潔に教えてくれない?」

「……ふむ」


 台詞をさえぎられた将大は、頭を掻きながら思案すると、やがて口を開いた。


「いくつか調べてほしい場所に検討をつけました。もしかしたら、そのいずれかに竜がいるかもしれないですし、いないかもしれません」

「……マ?」


 瀬戸将大少年が天才発明家なのは『くくり姫』で知っていたけど、それにしても有能すぎやしませんか。


「先ほどから、その『ま?』とはいったいなんです」

「『本当に?』という意味の……圧縮言語よ」


 ジャーゴンというか、ネットのスラングというか、若者言葉というか。

 あまりにも将大との対話がオタクのそれに似ていたから、ついつい出てしまった。

 ……気をつけないと。


「ところで、このいくつか選んだ調査推奨地点なんですが――」


 私が気を引き締める一方、将大の興味はすでに竜の話へと移っていたのだった。

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