第31話 妖狐捕獲!
「実は山桜さんの飼っている動物が逃げ出しちゃったので、二人で探していたんです。そしたら、この罠にかかった狐がよく似ていたので、こうして確認しようとしていました。ね、山桜さん!」
「そうです、そうです!」
なぜここにいるのか説明する私と、それを激しく首肯する山桜百。
瀬戸将大は関心の薄そうな顔でうなずくと、スタスタ罠へと近づいていった。
「そうですか。でもこれは間違いなく妖狐なので、君たちの飼っている狐にはよく似ていただけだと思いますよ」
「でも一応確認してみないと、わからないですし」
「わかりますよ。これは僕の開発した妖怪用の罠ですから」
将大は言い切った。
「この罠は霊力に反応して動作します。そうなるように僕が作りました。ですので、正常に作動しているなら、普通の動物が罠にかかるなんてことは――」
言葉が途切れた。
「どうしたの? ……ですか」
将大の視線は妖狐の首元に注がれていた。
妖狐には首輪がつけられていて、そこには宝石と呼ぶには華やかさに欠けるが、ただの石と呼ぶには丁寧に加工された灰色の石がついていた。
「これは、追霊盤用の霊石?」
将大は誰にともなくつぶやくと、後ろを振り向いた。
「君たちのどちらか追霊盤を持っていたりはしませんか」
「それなら私が」
百がおずおずと追霊盤を見せた。
当然その針は罠にかかった狐を指している。
「……どうやら、僕が間違っていたみたいですね。この狐は妖怪ではないかもしれません」
「どういう風の吹き回し?」
あれほど自信ありげに言い切っていたのに、霊石を見つけただけで意見を変えるとは将大らしくない。
私たちが妖怪を飼っているはずがないという思い込んでくれたのならありがたいけど、『くくり姫』で将大ルートをプレイしたことがある私に言わせれば、この男はそういう先入観からはかなり遠い人だ。
「どういうも何も、瑠璃さんならこの霊石の放つ霊力を感じているでしょう?」
「それは、まあ、そうだけど」
たしかに霊力は感じる。
でも、それが妖狐自身が放つものなのか、霊石の放つものなのかはよくわからない。
私は余計なことは語らず、軽くうなずいただけで口を閉じた。
「この罠は霊力を感知して作動します。それによって、妖怪にのみ作用する罠を開発できたと思っていました。ですが……どうも今回は追霊盤の霊石に反応してしまったみたいだということです」
「なるほど、そういうことね……ですか」
思わぬ形で妖怪疑惑が晴れた。
私と百が安堵のため息をつく一方、将大は落胆のため息をついた。
「……これは改良がいるな。今回は狐だったから良かったけど、もし霊石を持たされた子どもだったらまずかった。夜になる前にいったん見にきたのは、正解だったか。しかし、霊力感知以外の方法での妖怪識別を組み込むとなると」
右手を顎に当て、片足でタンタンと地面を叩く姿は、さながら考える人の像が立って歩き出したみたいだ。
「あの、将大……さま。とりあえず、この狐を解放してもらっても大丈夫ですか?」
「ん、ああ、そうでしたね」
しゃがみこもうとする将大を見て、百は慌てて「ちょっと待ってください!」と言いながら妖狐の元に駆け寄った。
そして、これ以上、妖狐に逃げられないよう、罠のすぐそばでスタンバイした。
「じゃあ、罠を外しますよ」
結界陣の描かれた板に、将大が鍵のような何かを突き立てる。すると、結界陣はみるみる光を失っていった。
やがて自由になった妖狐だが、百は逃げる隙を与えず、抱きしめるように捕まえた。
「痛っ!」
小さな悲鳴があがった。
妖狐は百の腕から逃げ出そうと必死にもがいていた。
百の左腕にはまだ新しい包帯が巻かれている。その包帯の上から妖狐が噛みついた。
「こ、コンちゃん、お願いだからおとなしくして」
包帯の色が赤く染まり、妖狐は身をよじる。
それでも、百は妖狐を決して離そうとはしなかった。
「……あまり懐かれてはいないみたいですね」
「う、うん。まだ、飼い始めたばかりなので」
顔をしかめる将大に、百は笑顔と脂汗を浮かべながら答えた。
「……じゃあ、僕はこのあたりで」
「将大、さま。ありがとうございました」
板をつかんでその場を去ろうとする将大に、私が感謝を述べると、彼は足を止めた。
「あの、瑠璃さん。これまでの口調と、今日の口調、どちらが君の素の姿なんですか?」
「それは――」
これは、なんて答えるのが正解だ?
「――今の口調、ですね。普段は、その方がいいかなって思って、頑張っているだけです」
「じゃあ、今の口調でいいですよ。無理した話し方を聞かされるのは、君が思っている以上に疲れますから」
だから、言いかたー!
「じゃあ、瑠璃さん。いずれまた」
将大はそう言い残すと、今度こそ足を止めずに去っていったのだった。
いったいどうなることかと思われた妖狐の大追跡は、こうして無事に終わった。
……少なくとも、その時の私は、たしかにそう思っていた。




