第30話 嘘つき!
妖狐の行方を母に偽り、私は百と二人、町を駆けていた。
はじめは、妖狐を倒すと息巻く凛之助を、どう諦めさせたものか悩んだけど、屋根から転がり落ちた彼を周りの大人たちが心配していたので、幸い何もせずに凛之助は私たちについて来られなくなった。
「心葉さん、お母さんに嘘ついてよかったの?」
百が言っているのは、母に嘘をついたことだろう。
「いいわけないでしょ。バレたらどれだけ叱られるかわかったもんじゃないし」
私が心葉流の跡継ぎにふさわしくない行動をとるたびに、瑠璃の母、桔梗はあの手この手で圧をかけてくる。
普通に叱ったり、あえて悲しんでみせたり、おやつを制限したり、手を替え品を替え私を諫めてくる。
それはなんだか、私がゲームで敵の弱点を知るために効きそうな技を片っ端から使う時とよく似ていた。
「叱られるって、じゃあ、どうして」
「……乗りかかった船ってやつ?」
ここまで関わっておきながら、見て見ぬふりをするのもね。
百は私を見据えると、意を決したように口を開いた。
「心葉さん……この前はごめんなさい」
「なによ、そんな急に」
「急じゃないわ。心葉さんが凛之助を泣かせたって勘違いしたこと謝らなくちゃって、この前からずっと思ってたの」
「あー、それか」
何ともいいようのない気まずさに襲われた私は、百の言葉をさえぎるように口を開いた。
「べつに勘違いじゃないし、謝らなくていいわよ。……私、嘘ついてたから」
どうして、百が急に私の言い分を信じる気になったのかは知らないが、生憎と私は嘘をつくのにそこまでエネルギーを使わない人間だ。
「嘘って」
「凛之助はホントに泣いてた。ていうか、泣かせた。山桜さんのは見間違えじゃなかったってこと」
「どうして、そんな嘘を?」
「…………あんなに大勢の前で晒しあげられたら、一つや二つ噛みつきもしたくなるでしょ」
私と百の目があう。
先に視線を逸らしたのは私だった。
◆
妖狐は思った以上にあっさりと見つかった。あまりにもあっさりしすぎていて、困惑を覚えるほどに。
「こいつであってるのよね?」
「うん。間違いなくコンちゃん」
私と百は、樹の根本の近くにしゃがみ込んでいた。
どちらの視線も同じ場所にそそがれている。そこには小さな結界陣が描かれた板があり、その上には白い狐が縫いつけられたように倒れ伏していた。
罠にかかり捕まっているようにしか見えない。
「君たち、僕の発明品が気になるのかい」
声に振り向くと、私たちと同じくらいの年頃に見える少年が見下ろしていた。
黒の甚平に身を包み、右眼には黒い眼帯をつけている。
私が転生してから会った人たちの中に、彼の姿はない。
「って、誰かと思えば瑠璃さんでしたか」
「心葉さん、この人知り合いなの?」
ってことは、知り合いなんだろうな。
うーん、でも『くくり姫』に眼帯つけたキャラなんていたっけ。
……いや、眼帯はいなかったけど、義眼のキャラはいたか。
「どうも、こんにちは。瀬戸将大です」
眼帯の少年はそういってうやうやしくお辞儀をした。
私の隣でしゃがんでいた百は、慌てて立ち上がり、ぎこちないながらもお辞儀と自己紹介を返した。
そのやり取りを横目に、私は内心で納得していた。
心葉瑠璃の許婚、瀬戸将大。
彼もまた『くくり姫』の攻略対象の一人。つまり、許婚といってもいずれその婚約は破棄されることが決まっている。
しかも、将大ルートに進んでいなくても破棄されるのだから、これはもう根本的にどうにもならない気がする。
また、将大は発明大好きな、まさに発明オタクといってもいい人物だ。
瀬戸家は霊力を用いた便利な日用品などを発明、販売している現代でいう大企業のようなものなので、その跡取り息子である彼が発明大好きというのは、いかにもな設定といえる。
ちなみに、彼のルートを進めていくと、実は彼の右眼は、彼自身が開発した特殊な義眼であることがわかる。
「あの、お二人はどういう関係なんですか?」
「一応、瑠璃さんの許婚ということになっていますね」
「…………まあね」
どうせ破棄されるんですけどね。
それがわかっている以上、あまり言いふらして欲しくはないんだけど、まあ、ムリだろうな。
私だってこの年頃なら、だれとだれが許婚だなんて面白い話を聞いて黙っていられないし。
そんな物憂げな態度が露骨にでていたのだろう。
将大は小さく目をみはった。
「瑠璃さん、いつもなら自分から嬉々として言い出すくらいですのに、珍しいですね」
「そ、そう?」
言いかたー!
もっと、歯に衣着せて!
オブラートでぐるんぐるんに包んで!
っていうか、そもそも、そういうことは思ってても言わんでよろしい!
私は顔を引きつらせながら愛想笑いを浮かべた。
ああ、そうだ。将大はこういうキャラだった。
天才発明キャラのご多分にもれず、将大も空気を読まないというか、人目を気にしないところがある。
空気を読めないキャラ、空気を読んだ上であえて破るキャラ、色々種類はあるけど、将大の場合は前者だ。
どうせ、発明に脳を使いすぎて、会話には脊髄しか使っていないのだろう。
こういう相手には下手に遠回しに伝えるんじゃなくて、ど直球に言うのが吉。
『くくり姫』ではそうだった。
「将大、あまりそういうことは人前で言わないでね」
「……君、本当に瑠璃さんですか?」
「というと」
私は背筋に冷たいものを感じながらつぶやいた。
「いえ、いつもは口調が丁寧でしたので」
「たしかにそうですわね、将大さま。今日は私的な用事でここに来ましたので、ついついうっかりやらかしてしまいましたわ」
「やらかしてしまいましたわ?」
「……気がゆるんでしまいましたわ」
百から怪訝な視線を受けながらも、私はつとめてお嬢さまらしく「おほほ」と笑ったのだった。




