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第29話 いたちごっこ!

 もろ顔面に蹴りをくらった凛之助は、悲鳴をあげながら屋根の上から退場していった。

 遅れて響く落下音。


「凛之助!」


 そんな! 妖狐はさっき凛之助が麻痺させたはずなのに、どうして。


 麻痺で動けない妖狐がいるはずの場所を見ると、そこには妖狐はおらず、代わりに茶屋の看板が置いてあった。

 妖狐お得意の入れ替わりに、またしてもやられたらしい。


 そういえば、ゲームでも妖狐は厄介だった。

 遭遇した時はだいたい他の妖怪に変身しているし、体力が減るとすぐに逃げるし、ひたすらこちらをおちょくってくるような攻撃ばかり。


 一人で相手どるのはムリがあると判断した私は、躊躇なく指笛を鳴らした。


「ただいま、参上しやした」


 護衛の男が音もなく現れた。


「凛之助がぶっ飛ばされたとこ見てたでしょ。私だけじゃ捕まえれそうにないから、お願いしてもいい?」

「捕まえる、でいいんですかい?」

「ええ」


 男はうなずくと、次の瞬間には姿を消していた。

 そして、まばたきすると、そこには狐の尻尾をつかんだ男が戻っていた。


「はい、捕まえやしたぜ」


 護衛を任されるくらいなのだから、多少なりとも腕はたつと思っていたけど、予想以上の早業に、私は言葉失ってこくりとうなずいた。


「そんなに驚くことすかね、こいつ抵抗らしい抵抗もありやせんでしたぜ」


 護衛の男はそう言って妖狐を掲げてみせた。

 白い狐は抵抗しないどころか、死んでいるかのように身動きすらしない。


「……ねえ、ほんとに生きてるのよね、それ」

「うーん、あっしは尻尾をつかんだだけでございやすからね。たぶん平気だとは思いやすが」


 護衛の男はそう言いつつも首をひねる。

 屋根から転げ落ちていた凛之助の手当てをしていたらしい百が、手が空いたのか下から声をかけてきた。


「心葉さん! はやく降り来て! 急いでコンちゃんを追いかけないと!」

「コンちゃんなら、もう捕まえたわ。ほら」


 護衛の男のつかんだ白狐を指さす。

 それを見て、百は困惑の表情を浮かべた。


「……捕まえたって、それただの手ぬぐいよ」

「え?」


 目をこする。

 護衛の手には、ほぼボロ雑巾といってもいいくらい汚れた手ぬぐいが握られていた。


「えええ! いやいや、あっしは確かに捕まえやしたぜ!」


 護衛はぶんぶんと手ぬぐいを振り回すが、その主張はむなしく空へと吸い込まれていく。


「また、妖狐に幻覚を見せられていたってことね」


 さっきからずっとこの繰り返し。

 これはさすがに対策を講じないとまずいか?


 手ぬぐいを捨てるよう護衛に言って、屋根から降りると、下には凛之助と百を中心にしてそこそこの人だかりができていた。


 子どもが二人して屋根によじ登って、しかも片方は転がり落ちてきたんだから、そりゃ騒ぎにもなるか。


 幸い打ちどころは悪くなかったようで、凛之助は無事な様子だ。

 むしろ、集まってきた大人たちに気づかわれて居心地が悪そうだ。


「だから、もう平気だって!」

「その時は平気だと思っても、あとになってから体が痛むことだってあるんだ。ちゃんと医者にみてもらわないと――」


 体の無事を主張する凛之助を横目に、こっそりと百へと近づく。


「山桜さん、妖狐はどこに行ったかわかる?」

「こっち」


 百は追霊盤(ついれいばん)を私に見せた。

 妖狐の行方を示す針はたしかにこの茶屋から離れた方向を指している。ゆらゆら激しく揺れているあたり、移動中かつまだそう遠くには行っていないみたいだ。

 一刻も早く追いかけたいところだけど、


「あなたたち、屋根に登ったりなんかして……遊んでいたわけじゃ、ないのよね?」

「えぇ、えっと」


 私に声をかけてきたのは、茶屋のお姉さんだった。

 ちょうどお菓子か何か運んだばかりなのか、お盆を抱えたままだ。よほど表の様子が気になったのだろう。


 しかし、困った。

 妖狐を捕まえようとしたなんて正直に話して妖祓師(ようふつし)を呼ばれたくはないし、かといって他の言い訳も浮かばない。


 私が言い淀んでいると、凛之助が口を挟んできた。


「妖怪、妖狐がでたんだよ! 妖狐が俺の苺大福を奪いやがったから、捕まえようとしたんだ!」

「妖怪って、こんな真っ昼間の街中にかい?」

「俺もそう思うけどさ……でも、ホントにいたんだって!」


 妖狐がいたという凛之助と、それに懐疑の目を向ける大人たち。

 凛之助には悪いけど、この調子なら妖祓師を呼ばれることもなさそうだ。


「妖怪がいた。それは本当なのですね?」


 茶屋の中から出てきたのは見覚えのある女性だった。

 瑠璃とよく似た濡羽色の髪。気の強そうな瞳。上品な着物。


 彼女の発した言葉はたいして大きくなかったにもかかわらず、あたりは水を打ったように静まりかえった。


 追霊盤を何度も見やる百も、絶対に妖狐がいたと声高に主張する凛之助も、周りに集まった人々も、誰もが彼女を見ていた。


 静寂を破ったのは私の声だった。


「お、お母さま!?」

「あら、瑠璃もここに来ていたの。この二人は瑠璃のお友達かしら」

「えっと、そんなところです」


 心葉桔梗。

 心葉家のヒエラルキーの頂点に君臨する女性。どうして、母がここにいるかはわからないけど、こうして大勢の人が集まった場で見ると、母のまとう雰囲気がいかに目立つものかよくわかった。


「ねえ瑠璃、妖怪がいたというのは本当のことですか?」

「……は、はい。でも、もう逃げて行きました」

「そう。逃げたというのは、どちらにかしら」

「……えっと、それは、もしかして追いかけるつもりですか」


 母はきょとんとした顔つきを見せると、


「ええ、もちろん。妖祓師は妖怪を退治するのがお仕事ですからね」


 そういって笑顔を浮かべた。


 ……もし、母が追いついたら、妖狐の命は確実にないだろう。


「逃げたのは、あっちです……たぶん」


 私は追霊盤が示すのと真逆の方向を指差した。

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