第28話 食い物の恨み!
追霊盤に導かれ、私と百は走る。
大騒動になった呉服屋を尻目にひたすら走る。
次に私たちがたどり着いたのは、茶屋だった。
ここのお団子やお餅はとても美味しく、私もよく来るお店だ。妖狐に荒らされるのをみすみす見過ごすわけにはいかないと、私は決意を新たにした。
「あれ、瑠璃と百じゃん」
「凛之助?」
茶屋の前には赤い布のかけられた長椅子があり、そこに凛之助が座っていた。
「二人がいっしょなんて珍しいな。お前らそんなに仲良かったっけ」
返答に困った私は、思わず百と顔を見合わせた。
百が匿っていた妖狐が逃げ出したこと。
凛之助が休んでいた日に、凛之助の「泣いた!」「泣いてない!」で言い争ったこと。
ダメだ、凛之助に話せるエピソードが全くない。
「……まあ、山桜さんとは、その、いろいろあって」
「ふーん、そっか」
興味があったというよりは、ふと思ったから聞いてみただけの様子にみえる。
凛之助は横のお盆からお菓子らしきものをつかむと、生返事をしながら口元へと運んだ。手で隠れているせいで、どんなお菓子かはあまり見えない。
なんだろう、看板メニューの苺大福かな。それとも、普通の饅頭とか。季節的に桜餅もあるかも。
「あがっ!」
凛之助が思わずこぼした声は、美味しいお菓子への嘆声とはほど遠いものだった。
お菓子を口から取り出し、信じられないものでも見たかのように、茫然と見つめる。
「なんで、俺の苺大福が、石になってるんだ」
凛之助が手にしたものは、苺要素も大福要素も皆無な、だれがどう見てもただの石だった。
凛之助の他にも同じような目に遭った人がいるようで、周囲から口々に悲鳴があがっていく。
呉服屋の大騒動の再来かと思われたその時、百が声をあげた。
「コンちゃん!」
百は追霊盤を持った手を目線より少し高くかかげ、茶屋の屋根を見つめていた。
つられて私も同じ方向に視線を向けた。
白い体、三角の耳、ふさふさの尻尾。
妖狐であることは隠す知恵はあるのか、尻尾の数は前見たときと違って、今は一つだ。
でも、それくらいでは、さんざん探し回った私と百の目はごまかせない。
妖狐が屋根の上で、私たちを見下ろしていた。
「なっ! それは、俺の苺大福!」
口には白くて丸いお菓子をくわえている。
「返せ!」
返せと言いたくなる気持ちはわからなくもないけど、狐がくわえた苺大福だぞ。
取り返したとして、それを食べるつもり?
「コンこんコーンッ!」
凛之助の抗議虚しく、苺大福は妖狐の口へと消えていった。
妖狐が嘲笑うような鳴き声をあげる。
「てめえ! ふざけんじゃねえぞ!」
「ちょ、凛之助!?」
凛之助は長椅子の上に立つと、勢いよく跳び上がった。そのまま、なんとか屋根にしがみつき、よじ登っていく。
凛之助のあと先の考えなさには、ある意味感心する。
私にはあんな危なっかしいこと、絶対できない。
「こーん」
迫りくる凛之助などまるで気にした様子もなく、妖狐は食事にいそしんでいる。
凛之助からくすねた苺大福は食べ終わったらしく、今食べようとしているのは、葉っぱで包んだ桃色の……ん?
「ちょっと! それ、桜餅じゃない!」
まさか、私の桜餅と石ころを入れ替えた犯人はホントにこいつなのか?
いや、でも、そんなことが。
「こーん? ……コンこーん!」
妖狐は桜餅を一口かじると、お気に召さなかったのか、ぽいと放り投げた。
「あ!」
食べかけの桜餅は、桜の花弁のように宙を舞うこともなく、地面の上にべちゃりと無惨な姿を晒した。
人から桜餅を奪っておきながら、あろうことか、食べずに捨てるだと?
「なにしてんのよ!」
絶対に許さない!
私は長椅子に敷かれた赤い布をダンと踏み締めると、茶屋の屋根に向かって跳躍した。
「心葉さん!?」
後ろから百の驚く声が聞こえてくるけど、今はそれどころじゃない。
あの狐をとっちめてやらねば!
でも、どうにも凛之助のように上手くはいかない。
屋根にギリギリしがみつき、なんとかよじ登ろうとじたばた足掻くも、体が持ち上がらない。
「瑠璃、つかまれ!」
屋根の上から差し伸べられた手を無我夢中でつかみ、なんとか登りきった。
「あ、ありがとう、凛之助」
「気にすんな。それより、さっさとあの妖狐をぶっ飛ばすぞ!」
「妖狐って」
「感覚を研ぎ澄ませれば、あいつから霊力が出てるのはわかるだろ。あれは妖怪だ。気を抜くなよ」
気づいていたのか。
「術式逆雷! 【痺々之手】!」
凛之助は妖術を唱えると、左手を屋根瓦に叩きつけた。
手の形をした雷が屋根の上を走り、妖狐を掴もうと迫る。
ゲームの【痺々之手】は威力はないけど、当たれば相手に麻痺を与える便利な状態異常付与だった。
その性質は転生した今も変わっていないらしく、雷の手に鷲掴みにされた妖狐は身動きを取れなくなっていた。
「よし!」
凛之助は小さくガッツポーズをし、私をちらりと見た。
「どうだ! 妖怪退治をしてきただけあって、だいぶ上手くなっただろ!」
「そうね。なかなか、なんじゃない?」
正直、妖術を一つ使ったところを見せられただけで実力の変化がわかるほどの観察眼を、私は持っていない。
適当に答えていると、下から百の声が聞こえてきた。
「二人とも、危ない! 後ろ!」
「うしろ?」
後ろを振り向いた凛之助の顔に、妖狐の飛び蹴りが深々と突き刺さった。




