第26話 入れ替わり!
「えーっと、これはいったい」
私の視線が、石ころと六郎の間を行き来する。
「……たしかに桜餅を入れたはずなんだけど、僕にも何がなんだか」
「一応、確認するけど、そういうドッキリってわけじゃ?」
「まさか!」
六郎は首を横にぶんぶん振った。
まあ、だよね。そうだったら、今にでも本物の桜餅を渡してくるはずだし。
私は右手の指を咥えて、強く息を吹いた。
ピュイーと甲高い音があたりに響き渡る。
「お嬢さま、どうしやしたか」
「うわっ! えっ、だ、だれ!?」
どこからともなく現れた護衛の男に、六郎は心底驚いたのか、背後の木に頭をぶつけて「いてっ!」と顔をしかめた。
「この人は私の護衛の――」
……あれ、こいつの名前なんだ?
自己紹介するように目で合図すると、護衛の男は六郎に向き直った。
「あっしはお嬢さまの護衛でございやす。以後、お見知りおきを」
「は、はい。その、こちらこそ、よろしくお願いします」
あー、名前は、教えてくれないのね?
まあ、今まで知らなかった以上、知らなくても困りはしないか。
「ねえ、私たちがここにいる間に、怪しい人がいたとか、何か変なことはなかった? 人に限らなくてもいいけど」
「うーん、いえ、特にありやせんでしたね」
「じゃあ、怪しくなくてもいいから、近くに動物がいたとか、人が通りかかったとか」
「まったく、誰も来ていやせんね」
つまり、ここに来てから入れ替えられた線は薄いと。
こうなると、ここにいたるまでの経緯を六郎に訊かないことには始まらない。
そう思った私が六郎を見ると、彼は心苦しそうに頭を下げた。
「心葉さん、ごめん。たぶん、うちの弟と妹がやったんだと思う。あいつら、目を離すとイタズラばっかでさ。強く言っておくから、ここは勘弁してくれないかな」
「え、あ、そうなの」
思った以上にあっさりと有力な容疑者が浮かび上がった。どうやら、事件はそうそう迷宮入りしないらしい。
惜しむらくは、せっかくの六郎手作りの桜餅を食べられなかったことか。
六郎の桜餅、どんな味だったんだろうな……本人はお月ちゃんのには及ばないと言っていたけど、お月ちゃんが上手すぎるだけで、私は手作り感のあるお菓子も大好きだ。
手作りゆえの歪さとか、そういう趣きも大事にしたいと私は常々思っている。
コンビニのスパゲッティと、高級料理店のパスタを比較して悦に入るような真似、私はごめんだ。
六郎が真心こめて作ってくれたお菓子を私は最大限味わいたかった。それを、イタズラで石ころと入れ替えるなんて、とんでもない話だ。
……そう思うと、いくら六郎の弟、妹とはいえ、腹が立ってきたな。
よし!
罪には報いを!
私が両の拳を握りしめていると、空き地の外を誰かが走る音が聞こえた。
勢いよく近づいてくる足音に、思わず視線が引き寄せられた。
「山桜さん?」
「はぁ、はぁ、はぁ、心葉さん……と池橋くん」
足音の正体は山桜百だった。
よほど勢いよく走ってきたのか、桃色の髪はべたりと肌にはりつき、荒い呼吸に合わせて肩が上下している。
「そんなに急いで、何かあったの?」
「実は――」
百は何か言おうとしたようだったが、六郎を見てその口を閉じた。
「ううん、なんでもない。わたし、急いでるから、いくね」
そう言うと百は、私が呼び止める間もなく、よたよたとした足どりでその場を去っていった。
どう見てもへとへとな後ろ姿を見送りながら、六郎は不思議そうにつぶやいた。
「……山桜さん、あんなに急いでどうしたんだろうね」
「そうね」
あんなに急いでいるのに、彼女は私たちを見ていったん足を止めた。
しかも、一度は私に何かを言おうとした。
それが何なのか、心当たりは無いけど、彼女が六郎に話せない事情、正確には、私にしか話せない事情を抱えていることだけは知っている。
「六郎、ごめん。今日はここで解散でもいい?」
消えた桜餅も心残りだけど、今はそれ以上に百の方が気がかりだ。
「いいよ。たぶん、僕がいると話しにくいことなんでしょ。そんな感じだったし」
「それは、その……うん、ごめん」
実際、六郎の言う通りなので、私は彼に謝ると、空き地の外へと駆け出した。
百が行った方向へと走っていく。
さっき見た時にへばりかけていたこともあって、リズミカルに跳ねる桃色の髪がほどなくして見えてきた。
「おーい! 山桜さーん!」
「こ、心葉さん? どうして、追いかけて、きたのよ」
「いや、どうしても何も、見るからに大変そうだったし」
「でも、わたしと心葉さんは、その、別に仲がいいわけでもないし」
「それは、そうね」
教室であれほど盛大に言い争ったのだ。仲は良いどころか、悪い方だろう。
それでも、彼女はそんな仲の悪い私にしか話せない秘密がある。
そして、私もそれを知っている。
追いかけた理由なんて、それで充分だ。
「それより、あの狐に何かあったんじゃないの? その……逃げ出したとか」
「…………うん」
百はうつむきがちにうなずいた。
「ケガもだいぶ治ってきてて、そろそろ元気になるかなって思ってたんだけど、今日餌をあげたら――」
百はそう語る間、自らの左腕をなでていた。左腕にはまだ新しい包帯が巻かれている。
私の視線に気づいたのか、百は慌てて包帯から指を離すと、パタパタと手を振った。
「ち、違うの! この包帯はその……今朝、転んで挫いただけで!」
「べつに何も言ってないわよ」
「ぅぐ」
「それより、餌をあげてどうなったのよ」
その包帯の下にあるケガが、本当に彼女のうっかりでできたものか、それとも妖狐によってつけられたのか、聞き出すつもりはなかった。
「えっと、餌をあげたら、いつものように美味しそうに食べてくれたんだけど、その後が問題で――」
百が語るところによると、まず、彼女は妖狐がうっかり逃げ出したりしないよう、檻の中から出さずに世話をしていたらしい。
今日も、いつもと同じように、餌を乗せた皿を檻に入れて、食べ終わった頃に取り出したという。
そして、檻の鍵を閉めて、取り出したはずの皿を見ると、なぜかついさっきそこに置いたはずの皿が無くなっていた。
うっかりどこか別の場所に置いたのかと思って、あたりを探しても、どこにも皿が無い。
いったい、何が起きたのか困惑しながらも、なんとはなしに檻を見ると、なぜか取り出したはずの皿は檻の中にあり、
「逆に、さっきまで中にいたはずの妖狐の姿が消えていたと」
「わけがわかんないけど、とりあえずコンちゃんが逃げたことだけは確かだから、こうやって探してたの」
なるほど、事情はだいたいわかった。
「たぶん、それは妖狐の得意な幻覚による入れ替わりね」
「入れ替わりというと……えーっと、つまり、コンちゃんと餌皿が入れ替わったってこと?」
「そういうこと」
おそらく、妖狐は百に妖術をかけて、餌皿と妖狐を見間違えさせたのだろう。
それに気づかずに百は皿を、つまり皿と入れ替わった妖狐を取り出した。
そして、あとは百が目をはなした隙に逃げ出すだけで、見事、脱出大成功。
幻覚を見せることによる物の入れ替えは、妖狐の十八番だ。
……ん、入れ替え?
「心葉さん、どうかしたの」
「あ、いや、なんでもない」
私が食べるはずだった桜餅と石ころの入れ替わり事件。
まさか……いや、まさかね。
今はとにかく妖狐の捕獲が優先。
私は一瞬、脳裏をよぎった可能性を無言で追い出したのだった。




