第25話 桜餅日和!
あれから、早くも二週間、私は龍についていろいろ調べているのだけど、当の黒雷は何をしているのかというと、
「犬吉ー! お散歩ですよー」
「ワン!」
お月ちゃんに呼ばれて、尻尾をふる黒い犬。
どこからどう見ても、完全にただのペットだった。
お月ちゃんは犬が好きなのか、進んで黒雷のお世話をしてくれている。
私としてはありがたいのだけど、黒雷、お前はこれでいいのか?
妖怪としての矜恃は質屋にでも入れてきたの?
稽古も終わり、家に帰ってきた私は、ちょうど屋敷から出ようとしたお月ちゃんの後ろに付き従う、自称大妖怪に白い目を向けていた。
「あ、瑠璃さま。お菓子を作っておきましたので、よろしければぜひ食べてください」
「ありがとう。ちなみに、今日のお菓子も?」
「はい、干し芋のケーキです。……どうも犬吉はお芋が好きみたいですし、干し芋もそろそろ消費しないといけないので、ついつい作ってしまうんですよね」
そのせいで最近の私のおやつは、どれも干し芋が使われている。
別に干し芋が嫌いなわけじゃないけど、せっかく春なんだし、やっぱり桜餅とかも食べたい。
「ねえ、お月ちゃん。さすがに干し芋ばかりっていうのは、糖分過多というか、体に悪いんじゃない?」
「そうですよね。でも、この子、味の好みが激しいみたいで、それ以外だと、お肉とか、ちょっと値の張るものばかり食べたがるんですよ。しかも、わたしが料理したものじゃないと口にしてくれませんし」
こいつめ。犬のくせに贅沢な奴だ。
「……やっぱ、この犬、捨ててくる?」
「グルルるる!」
間髪いれずに威嚇を始めた黒い犬を見て、お月ちゃんはすぐさましゃがみ込むと「よしよーし」となでた。
その姿にはなかなか飼い主らしさがある。でも、残念ながらこの犬の正体は黒雷という妖怪だし、怒っているのも私に対してなので、それではおさまらないだろう。
「くぅーん」
「よしよし、えらいね」
おさまるんかい!
おい、黒雷!
それで大人しくなったら、もう言い訳できないくらい犬だぞ!
私が唖然として声も出せないでいると、お月ちゃんが嬉しそうに口を開いた。
「たしかに大変なことも多いですけど、わたしはとても楽しいですよ。わたしの作った料理しか食べないのも、なんだか認められているみたいで嬉しいですし……奥方さまも最近では『動物を飼うのも悪くないわね』と言ってくださいますので」
「え、えぇ、お母さまが? ウソでしょ」
黒雷を屋敷で飼うにあたって一番反対していたのが母だ。
いくらなんでも、にわかには信じがたい。
「本当ですよ。ときどき、犬吉の散歩もしていただいていますし」
「さ、散歩ぉ!? お母さまが!?」
だ、ダメだ。
もうこの屋敷でコイツに対抗できるのは、正体を知っている私しかいない!
「それでは、瑠璃さま。わたしは犬吉の散歩に行ってきますね」
「え、えぇと……気をつけてね」
◆
「ということがあったのよ」
空き地にある名前も知らない木の下で、六郎と二人、干し芋ケーキを分けあって食べる。
「だから最近は、どのお菓子にも干し芋が入っててね」
「僕からすると、こんなにも色んな料理を作れるだけですごいよ。干し芋だったら、わざわざ手を加えなくても、そのまま食べられるのに」
たしかに、私だったらわざわざお菓子に一手間加えて、さらに美味しくとか絶対考えない。
干し芋なんて、そのままかじるだけでも充分だし。
「お月ちゃん、料理大好きだからなあ。あ、お月ちゃんってのはうちの家事見習いでね。まあ、料理の腕はとっくに見習いって感じじゃないんだけど」
私はお月ちゃんの料理がいかに美味しいか、六郎に語って聞かせた。
「へえ、もしかして今日だけじゃなくて、今までのお菓子も」
「そうそう、ぜーんぶお月ちゃんの特製」
六郎は空になったケーキの器をぼんやり見つめていた。
「……てっきり、どこかのお店のものだとばかり」
「そう言ってもらえると、お月ちゃんも喜ぶと思う」
「心葉さんのお家はすごいね。……こうなると、こんなもの渡すのはちょっと気が引けるな」
六郎はばつが悪そうに頬をかくと、私に紙包みを差し出した。
「これって?」
「桜餅。いつも美味しいものをわけてくれるから、そのお礼にと思って。心葉さんのお口に召すかは、ちょっと自信がないけど」
紙包みから伝わってくる重さが桜餅にしてはなかなかにズシリとしているあたり、私の大食いっぷりを理解して、わざわざ食べ応えのあるものを買ってきてくれたのだろうか。
「……僕の手作りだから、あまり美味しくなかったらごめんね」
「え、手作りって、その、六郎が作ったってこと? 桜餅を、私に?」
「うん」
私は紙包みを膝の上に置いたまま、ほとんど反射的に後ろを向いた。
「心葉さん?」
春の日差しを胸いっぱいに吸い込んで、体の向きを元に戻す。
「ごめんごめん、ちょっと驚いただけ」
「あー、やっぱり僕には似合わないよね」
時々、六郎はこうして自嘲するような笑みを浮かべる。
そして、その度に私は叫びたい気持ちに駆られる。
「そうじゃなくて! 私は嬉しかったの!」
「こ、心葉さん」
「最近、干し芋ばかりで、ちょうど桜餅とか食べたいと思っていたから、すごく嬉しかったし――」
「ち、ちかい近い!」
六郎に言われて、自分が身を乗り出していたことにやっと気づいた。
パッと身を離す。
「ご、ごめん」
やばい、何を言おうとしていたか、頭から全部とんだ。
「と、とりあえず、食べよっかなあ」
私はそう言って、膝の上に置いた桜餅へと手を伸ばし、指先から伝わる固い感触に……ん、固い感触?
違和感のままに、私は手元を見た。
さっき受け取った時は、つかんでいなかったからわからなかったけど、今はその感触のおかしさがわかる。
おそるおそる紙包みを開けると、そこには桃色の餅も緑色の葉もなく、あるのは――
「……石?」
紙包みの中には、桜餅と同じくらいの大きさの石ころが入っていた。




