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第21話 それはまだ小さな絵本だけど、

 山桜(やまざくら)(もも)が医務室へと連れて行かれ、稽古は再開した。

 私の妖術は褒められることはなく、むしろ指南役の女性からは「戦場では一分一秒を争うこともあるのだから、いくら妖怪相手でもなぶるような真似はあまりしない方がいい」とやんわりたしなめられた。


 別に私だって、なぶりたかったわけじゃないんだけどね。


 共同稽古の時間も終わり、なるようにならない世の中の厳しさを噛みしめながら、帰り支度を整える。


 できれば、今日も六郎と妖術訓練をしたいなあ、なんて思っていた時だった。


「ルリさま! もし、よろしければ、わたくしの家に遊びに来ませんか?」


 え、えぇ、どうしよう。

 正直、六郎と訓練したいんだけど、どうにも希里華の頼みには断りづらさがある。

 お土産ももらったしなあ。


「ええ、いいわよ」


 希里華の表情がパッと晴れる。

 返事ひとつでここまで喜んでくれるのなら、こちらとしても了承しがいがあるというものだ。





 いったん屋敷に戻って、護衛を引き連れた私は、魚住(うおずみ)希里華(きりか)の家に来ていた。


「キリカのうちって、ホント豪邸よね」

「ルリさまのお屋敷ほどではないですよ」

「まあ、それもそうか」


 私の住んでいる屋敷もたいがいバカげた広さだ。

 私たちは希里華の部屋へと向かっていたが、さすがに護衛の男をそのまま連れてくるわけにもいかないので彼は応接間に置いてきた。


 私が転生するまでにも、何度も同じ機会があったのだろう。

 希里華も、護衛も、いつものことという様子だった。


 希里華の部屋は、そこに暮らしているのが女の子だと一発でわかる彩りをしていた。

 よくわからないお香のかおりを嗅ぎながら、部屋を見渡す。

 和風な中にもどこか西洋の趣きがある家具たちは、まるで明治とか大正っぽい(あくまで私の印象だ)雰囲気が漂っていた。

 安永という架空の元号のこの世界では、雰囲気さえそれっぽければ何でもありなのだろう。


 キョロキョロと部屋の中を見回していた私は、壁に飾られた写真で目を止めた。


「ねえ、キリカ、この写真って」

「ああ、わたくしとルリさまの七五三の時のものですね」

「へぇ」


 というか、この世界に写真ってあるんだ。


「――やはり、覚えてらっしゃらないですか?」


 『やはり』という言葉に、私は返事も忘れて、希里華を凝視した。

 その様があまりにも不自然だったと気づいたのは、希里華がうつむきがちに口を開いた時だった。


「おそらく、ルリさまはいろいろ忘れてしまっているのでしょう?」

「し、七五三のことはちょっと忘れていたけど、話を聞いたらなんとなく思い出したわ」

「いえ、七五三だけでなく、今まであったいろいろなことがです」

「それは」


 どうしてバレた?


 六郎の顔が脳裏を一瞬よぎる。

 こんな時でも他人に、よりにもよって六郎に原因を求めようとした自分への嫌悪感が体を(むしば)む。


「わたくし、最近のルリさまとのお話しは、なんだか昔に戻ったみたいだなあって、ずっと思っていたんです」

「昔に?」


 ちょっと待って……昔?

 心葉瑠璃は小学生程度の幼女。私、夏目花凛は現役バリバリの女子高生。

 それをよりにもよって、昔に戻ったみたいとは、いったいぜんたいどういう了見なんですかね。


「ルリさまは、心葉流の後継ぎになるお方ですから、人一倍の修練が必要だというのは、頭ではわかっているんです。でも、一緒に遊んだり、こうして部屋にくることも、最近はめっきりなくなっていって……それがどうしても寂しくって」

「……」

「でも、今日はまるで後継ぎとか、稽古とか、そんなことは何も関係なかった時に戻ったみたいで」


 改めて部屋の中を見回すと、そこには本当に色んなものがあった。


 和紙をちぎって貼り合わせた落書きみたいなイラスト。

 さすがにもう着れないだろうという小さな着物。

 千羽にはとうてい届かない不格好な折り鶴達。

 そして、七五三の時だけではない、何枚もの写真。


 ああ、そうだ。

 この部屋には魚住(うおずみ)希里華(きりか)の歴史がつまっている。

 そして、その裏側には心葉瑠璃の影が見えた。


 和紙で作られているのは、緑髪と黒髪の二人の女の子。

 七五三の写真と同じ柄の着物。

 折り鶴たちと一緒につるされた「はやく元気になってあそぼうね!」の短冊。

 どの写真でも希里華の隣で、笑顔を見せている長い黒髪の少女。


 希里華の歴史が綴られた本は、まだ絵本くらいの厚さしかないけれど、どのページを開いても、そこにはたぶん、とある少女の姿が描かれているのだ。


「護衛のお方もおっしゃってました。最近のルリさまは屋敷でも、まるで色んなことを忘れてしまったみたいだって」

「あッのや――」


 私は心の叫びを辛うじて飲み込んだ。


 あの野郎!

 めちゃくちゃ口軽いじゃん!

 いや、たしかに六郎のことしか口止めはしてないけどさ。

 自分の仕えている相手のことを、そうもペラペラ話しますかね、ふつう!


 ってか、これもしかしなくても、屋敷の人たちにも私の変化バレてきてない?


「でも、安心しました」

「え、なにが?」

「ルリさまは、やはり変わってなかったんだなって」

「……」

「試験でも、ずっと私を助けてくださいましたし」


 希里華は緑の髪を軽く整えると、えへへと心底幸せそうに笑った。

 私はその笑顔を前に、なにも言えなかった。

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