第20話 雀!
凛之助の故郷はいずれ妖怪に滅ぼされる。
それを知っていても、私にはどうにもできない。
というのも、その出来事は『くくり姫』が始まる前に起きるから、知り得る情報がほとんどないのだ。
この情報を知るのは、凛之助ルートで親密度を高め、あるイベントが発生した時。
主人公は凛之助とともに妖怪の根城へと向かい、そこで、ここがかつて妖怪たちに滅ぼされた彼の故郷だと、本人の口から聞くことになる。
だけど、ここに陣取る妖怪も、かつて村を滅ぼした妖怪も、実のところ凛之助ルートのラスボス黒雷とは何も関係がない。
このイベントは『くくり姫』の世界観をプレイヤーに突きつけるのが目的なのだ。
この世界で人間の存在は絶対ではないこと。
妖怪の脅威はいつでも闇に潜んでいること。
そして、そんな昏い夜の世界で、妖祓師たちが人々にどれだけ求められているのかということ。
それをプレイヤーに強く印象づけるための、舞台装置としての悲劇。
そのために凛之助の故郷は妖怪に蹂躙される。
そこには壮大なストーリーも、息をのむ伏線も用意されていない。
わかるのは、凛之助が子どもの時に故郷が妖怪に滅ぼされたことだけで、その妖怪が何者かも、それがいつ起きるのかも、プレイヤーは何も知り得ない。
すべては過ぎ去ってしまったこととして語られる。
だから、私にはどうすることもできない。
「心葉さん、今日はできそうですか?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
いけない、いけない。
今は稽古に集中しないと。
指南役に声をかけられ、私は気合を入れ直した。
今日の稽古は妖怪相手の実技とのことで、私たちは外にいた。
稽古は順調にひとりずつ進んでいき、今は私の番だ。
私は半径五メートルの巨大な結界陣の上に立ち、指南役を始めとした他の人たちは円の外側から見つめている。
「では、呼び出しますよ」
指南役が投げた御札は、まるで紙そのものが生きているかのようにふわりと漂うと、結界陣の中心で青白い炎に包まれた。
炎の中から現れたのは、一匹の妖怪。
「袂雀ね」
そこには「チッチッチッ」と舌打ちのような音を鳴らしながら羽ばたく、黒い雀がいた。
袂雀は素早い動きと、影を野犬の形にして襲わせる『山犬』が危険だけど、それでもまだまだ低級の妖怪だ。
私が結界陣の外をちらりと見ると、六郎の心配そうな顔と目があった。
まあ、安心して見ていてほしい。
妖術を使えるようになった私は、一昨日とは一味も二味も違うのよ。
といっても、この状況で使える術はまだこれしかないんだけどね。
「術式復水! 【水邪】」
術に霊力を込めた途端、胸の中を削り取られるかのような冷たい感覚が私を襲う。
これが妖術を使うということ。
ゲームでは決して知ることのなかった領域に、私はたしかに足を踏み入れたのだと自覚した。
妖術は成功してくれたようで、どこからともなく紫色の霧が私の周囲に集まってきた。
霧は私の意思に従い、袂雀をじわりじわりと追い詰めていく。
「チュン! チュンチュン!」
袂雀は舌打ちのような威嚇すらも忘れ、霧から逃げるように、なりふり構わず飛び回り始めた。
それでも、低級妖怪の袂雀では、この結界陣からは抜け出せない。
やがて、死の霧が追いつき、一羽の雀を飲み込む。
地に落ちてバタバタとのたうち回る袂雀を、私は手に汗を握りながらジッと見つめる。
復水の型は霊力を癒しの力へと変えるものが多い。回復系統の術には事欠かないけど、敵に害を与えるものは数が限られる。
しかも、今の私でも扱える難易度の低いものとなると、ほぼ選択肢などないわけで、対象に毒を与える【水邪】こそがまさにそれだ。
これが切れたら、もう一度かける必要がある。
「術式復水! 【水邪】」
「チュ! ちゅ……ちゅん」
よし! タイミングは完璧だ!
袂雀はその後ものたうち回り続けたが、最期にひときわ強く地面を叩くと、それきり動かなくなった。
や、やったか?
「よし! やったわよ!」
どうよ、私だってやればできるのよ!
だが、得意げに結界陣の外を振り向いた私の目に飛び込んできたのは、称賛の拍手ではなく、ドン引きした子どもたちの顔だった。
「うっ、お、おぇ」
「うわっ! 山桜が、吐いたぞ!」
「せ、先生!」
中でも飛び抜けて青い顔でうずくまる山桜百。その周りはざわざわしており、すでに私の戦いよりも、そっちの方が注目されていた。
あれ、なんか思ってた反応と違くない?
私が困惑の表情でキョロキョロと周りを見渡していると、近くに凛之助が寄ってきた。
「瑠璃、お前、けっこうエグいことするな。あそこまで体力削ったんなら、さっさとトドメの妖術でしとめればよかったのに」
「仕方ないでしょ」
だって、それしかなかったんだから。
私だってできるなら、もっとカッコいい術で締めたかった。
「それよりも、私の妖術はどうよ。なかなかじゃない?」
「う、ま、まあな」
眉をひそめながらゆっくりうなずく凛之助。
「キリカはどう思った?」
「え、えっと……はい、さすがでしたわ」
ぎこちなくうなずく希里華の顔は青く、いつものような勢いがない。
ここまでくれば、さすがに私も、さっきの戦闘がみんなの目にどう映っていたのかわかる。
胃の中のものを戻してしまった山桜百の対処に追われ、稽古は一時中断となったのだった。




