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義賊税理士 ZERO  作者: 八雲 海


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12/13

最終話 済

坂井直人《さかい・なおと》、四十五歳。「坂井製麺」三代目。妻の恵《めぐみ》、四十三歳。高校生の息子・陸《りく》、十六歳。家族のほかに、従業員が二人。

 地元の食堂やラーメン店に、うどんと中華麺を卸してきた。祖父の代から続く、小さな製麺所だった。

 小麦粉、電気、ガス、包装資材――原材料費は、次々に値上がりした。だが、長年の付き合いのある取引先には、一気に値上げを求めることができなかった。そこへ、主要取引先の一軒が店を閉じた。売掛金、約二百万円が回収不能になった。

 消費税を中心に、滞納は約四百八十万円。延滞税を含めれば、もっと膨らんでいた。

 差押えの対象になったのは、父の代から使っている古い製麺機だった。中古市場に出せば、大した値段にはならない。だが、坂井製麺にとっては、心臓そのものだった。

◆

 知人の紹介で、坂井は黒瀬税務会計事務所を訪ねた。黒瀬は、帳簿と滞納の状況を、いつも通り、一枚ずつ確認していった。

 ある書類で、手が止まった。

「これは」

「ああ、それは……市の給食センターです。来年の四月から、うちの麺を使ってもらえることになって。決まったのは、先月で」

「入金は」

「五月からです。でも、それまで機械がもつかどうか――」

 黒瀬は、しばらく、その契約書の写しから目を離さなかった。

 入金の見込み。その日付。

 十四年前、同じような紙を、黒瀬は一度、見たことがあった。

「坂井さん」

 坂井が、顔を上げた。まだ、何も尋ねていなかった。

「方法があります」

 黒瀬は、坂井が聞く前に、そう言った。

「売るのを待ってもらう制度です。換価の猶予。申請の期限に間に合う分と、間に合わない分がある。両方、手を打ちます」

「必ず、認められるんですか」

「いいえ」

「税金は、なくなりますか」

「なくなりません」

「じゃあ、結局払うんですよね」

「払います」

 坂井は、少し肩を落とした。

 黒瀬は、そこで、もう一つの資料を出した。製麺所を畳み、資産を整理して滞納を精算する場合の試算だった。

「こちらの道も、あります」

「先生なら、どうします?」

「私が決めることではありません」

 黒瀬は、二つの資料を、坂井の前に並べた。

「選ぶのは、あなたです」

 坂井は、しばらく、その二枚の紙を見比べていた。

「ただし今回は――知らなかった、とは言わせない」

 黒瀬は、それだけ付け加えた。

 坂井は、資料を持ち帰った。

◆

 その夜、止まったままの製麺機の前で、坂井は息子に聞いた。

「お前、この店、継ぐ気あるか」

「分かんない」

 陸は、素っ気なく答えた。坂井は、小さく笑った。

「そうか」

 少し間が空いてから、陸が続けた。

「でも、なくなるのは嫌だ」

◆

 翌朝、坂井は事務所に電話をかけた。

「先生」

「はい」

「やります」

「分かりました」

「店、残したいです」

「では、始めましょう」

◆

 黒瀬は、税務署への申請書類を整え、資金繰り表、これまでの分割納付の記録、取引先の閉店を示す資料、そして給食センターとの契約書の写しを揃えた。手続きは、これまでの案件と、同じように進んでいった。派手な場面は何もなかった。ただ、必要な書類が、必要な場所に、一つずつ収まっていった。

 換価の猶予は、認められた。翌年、期間の延長も認められた。五月から入り始めた給食センターの代金が、月々の納付を支えた。

◆

 二年後。

 最後の納付を終え、製麺機の差押えも解除されたあと、坂井は事務所を訪れた。

「先生、終わりました」

 黒瀬は、書類を確認した。

 書類を閉じる。

 パタン。

 朱肉。

「済」

「これ、何です?」

「終わった案件です」

 黒瀬は、それだけ答えた。

 坂井は、机の端に、もう一枚、紙が置かれているのに気づいた。黄ばんだ古い紙だった。判は、押されていない。

「先生、そっちは」

 黒瀬は、その紙を見た。

 長い間があった。

「終わらない案件です」

◆

 翌朝。

 坂井製麺。

 製麺機が動く。

 ゴウン、ゴウン。

 白い麺が、一定の幅で切られて、落ちていく。

 学校へ行く前の陸が、工場を覗いた。

「親父」

「なんだ」

「卒業したらさ」

 坂井が、振り返った。

 陸は、少し考えてから、首を振った。

「……いや、まだいい」

 陸は、そのまま出ていった。坂井は、追わなかった。

 また、製麺機に目を戻す。

 ゴウン、ゴウン。

完


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