9.「わかりました、信じましょう。」
ぬいぐるみになってしまったブラッドを彼の婚約者に紹介しようとしたら、俺にしか声が聞こえなかった件について。
「えっ、本当に聞こえない?」
「そう……ですね。今も喋っていますか?」
「ブラッド、何か喋ってもらっていい?」
《…最初に執事が来た時。俺はお前に掴まれて声を上げたが、向こうには聞こえた様子がなかった。その時から、他の奴には聞こえないかもなとは思ってた》
「どう?」
セラフィーナが首を横に振る。
ええぇぇええ……じゃあ俺今、ぬいぐるみが喋るって訴えてる変な人?
「そ、そっか…俺にしか聞こえないのは完ッ全に誤算だった……」
「ブラッド様には、この子が喋っているように聞こえるのですか?」
「うん……ちょっとややこしいな。セラフィーナ、今は俺の事アズマって呼べる?」
「……わかりました。アズマ様」
だから、何で覚悟を決めたような顔をするんだろう……まさかアズマって名前、こっちだと変な意味がある?そんなわけないよな。
セラフィーナはライオンブラッドをじっと見つめて、ちらと俺を見やった。
「どうしたの?」
「…アズマ様は、ブラッド様としての記憶がないのですよね。」
「ないね。元々別人だし、この体に入りはしたけど、記憶の引き継ぎはなかったから。」
「しかし操作魔法でこのぬいぐるみを介する事で、潜在的な記憶が呼び起こされ……」
「ん?」
「ある程度は、ブラッド様の感性や思考――即ち言いそうな事が、わかるようになったと。」
「……、うん?」
えっ?そうなの?
この体にある潜在的な記憶が、俺の知らないところで呼び起こされて…幻聴として……いやいや、そんな馬鹿な。
幻ではないでしょ、俺ぬいぐるみを使って自分を刺す願望はないよ。
でもこの子に言われると何だか、理屈は通っているような気が。
「えっと…何が起きてるかは、ごめん。細かくわからないけど。」
「ともかく、アズマ様にだけはブラッド様のお声が聞こえる。」
「そう。」
「……わかりました、信じましょう。」
《…信じるのか》
ブラッドが呆れたように言う。失礼だな、こいつ…。
セラフィーナはお前のことすごく心配してたのに。近くで見てたなら知ってるだろ。
ツンとしてるライオンブラッドを見るセラフィーナは、少し寂しそうに笑った。
「ブラッド様がそうやって横ばかり見て、わたくしを中々見ないこと。よく腕組みをする事も……アズマ様には、お教えした事がありません。」
そうなんだ……いやいや、失礼すぎない?
婚約者なんだよね、八年間も。ブラッド、色々あって性格ヒネちゃったのかな。
「ですから、どういう形であれ…貴方に聞こえる《声》も、その子の行動も……ブラッド様本人のものなのでしょう。」
《………はあ。》
ため息つくんじゃないよ。
セラフィーナへの態度を改めるよう、後でまた言ってみようかな。
「アズマ様?」
「…あぁごめん、信じてくれてありがとう。それで、何を聞こうか?俺達、ブラッドには色々と聞きたい事があるよね。」
「そうですね。それはもう色々と……」
「今なら聞ける。答えてくれるかは、怪しい態度だけどさ。」
《ふん》
実際問題、何から聞いたらいいんだ?謎が多過ぎるんだよな、この男……。
どうしようかと迷った俺より、セラフィーナの方が早かった。
「そもそも、ブラッド様の身に何があったのでしょう。頭を打ったとは、なぜ、どこで?」
「そういえばその辺、わかってないな。どう?」
《……俺も覚えてない。気が付いたら体から離れていて、お前が入った体が起き上がるところだった。それ以前の記憶は曖昧で、靄がかかったようになってる。》
わからないんかい。
けど仕方ないか、本人が抜けて他の魂が入るくらいの事態だもんな。
「覚えてないみたいだ。明日にでも屋敷に帰った時、詳細を聞いてみるよ。」
「えっ!帰……るのですか?サザーランド邸に…」
「ずっとお邪魔してるわけにはいかないし、頼もしい案内人が見つかったしね……って、このライオンブラッド君さ。俺が連れて行ってもいいかな。」
「……その子を通じてブラッド様の記憶に触れられるなら、その方がいいでしょう。どうぞお持ちください。」
セラフィーナの顔は真剣だった。
俺があの屋敷に戻る事を心配してくれてるのがよくわかる。
確かにあまり行きたくないけど、ブラッドに関する謎が詰まった場所でもある。避け続けるわけにもいかないんだよな…。
「なぁブラッド、身体の傷って誰にやられたんだ?」
《後で教える。ここで話す事じゃない》
「味覚障害の事は自覚あったのか?」
《ない。単に使用人達全員に嫌われていると思ってた》
「…す、すごい事言うな……」
セラフィーナが身じろいで俺を見る。そうだ、通訳しないと聞こえないんだった。
回答をそれぞれ伝えると、彼女は悲しげに目を伏せた。ブラッドはやっぱり、セラフィーナの方を見なくて。……気まずっ。
「えっと…でもさ。ここの料理人の方はすごいよ。食べる度にどんどん良くなってる。苦いのが減って、晩飯なんてうまみっていうか、おいしさが少しわかったぐらいだし。」
「ありがとうございます、アズマ様。厨房の者にも伝えますね」
よかった、少し笑ってくれた。
しかし侯爵邸の料理人もたぶん、味覚障害の事は知らないよな……協力してくれるのかな、俺ことブラッドに。
やれやれと視線を流した先で、ランクストーンが入った引き出しが目に留まる。
「……なぁ、ブラッド。よければランクの事を教えてほしい。何で変わったのか、君ならわかるのか?」
「どうでしょうか、ブラッド様。」
《…アズマ、もう一度聞け。》
「え?だから、魔力のランクが変わったのは何でかなって。」
《原因は知らないが、一つ言えるのは……俺は夜の方が強い。》
夜の方が強い。
……急に……何言ってるんだろう。
実は軽い中二病なのかな。ちょっとスカしてるし。
つい首を傾げながら、昨日ランクストーンに触れた時間と、今日触った時間はどっちが早かったっけ、と考えて。
「アズマ様。」
「あ、そうだった。えっと、『夜の俺は凄い』って言っ」
《改変するな》
「ぐぎっ!……ったぁ……!」
ライオンブラッドは何でそんなに力が強いの?
顎に頭突きされて普通に、普通に俺は、舌を噛んだんですけど。痛いんだけど。
「だ、大丈夫ですか?本当に浮遊魔法まで…!」
セラフィーナの中で、俺が無意識にCランク魔法まで使いこなした奴になってる。
ちょっと目を輝かせてるとこ悪いけど、違うんだよな。こいつが勝手に動いて跳んでるだけで。
テーブルの上で、ライオンブラッドはまた俺に剣を向けている。
背景にゴゴゴゴ…って音が鳴るオーラとかなんか、纏ってそうな声色だ。要は怒ってる。
《伝えるなら正確に頼みたいものだな。アズマ・カナタ。》
「確かに……今のは、雑に伝えた俺が悪かったけどさ。」
《訂正は。》
「……セラフィーナ。正確には、『俺は夜の方が強い』って言ってます。」
「は、はあ。……つまり、凄いのですよね。大丈夫です、あまり誤差はないかと。」
励まそうとしてくれてるみたいだけど、誤差っていうか語弊が大ありなんだよね、よく考えると。
わからないみたいだからそっとしておこう。
「それと、『原因は知らない』って。」
「夜になると魔力量が変わる体質という事でしょうか……本当に聞いた事も――……いえ、夜ではありませんよね?」
セラフィーナの言葉に、はたと瞬く。
そっか、今日調べたのは昼間だ。夜じゃない。
「あのー、ブラッド君?」
《それは俺も知らん。》
「俺も知らんってさ。今日が特別だったのかな?」
首を傾げて言ってはみたけど、さすがに無いだろうな。たまたま今日だけなんて。
セラフィーナは口元に軽く握った拳をかざし、また考え込み始めてしまった。視線の先はテーブルの何もないところ。
「ちなみに、ブラッドって下級魔法はできるの?」
《当たり前だろ。あんな初心者魔法》
「じゃあできなかったのは俺のせいってことかぁ…。」
《…俺とお前では思考や経験の土台が違う。お前のせいじゃなく、俺とお前が違うだけだ。》
「………それ、もしかして励ましてる?」
《?誰もそんな事は言ってない。》
顔のパーツが動かないから表情はわからないけど、声は照れとか一切なしに淡々としてる。
この男、もしかして無自覚系ツンデレなのかな。
「あの」
じっと考え込んでいたセラフィーナが、顔を上げた。
ライオンブラッドは相変わらず、彼女の方を向かないけど。
「魔力量の変化について……あくまで可能性ですが、サザーランド家を離れたせい…という事はありえませんか?」
「それは…呪われた屋敷だ!みたいな話?」
どうしよう、俺ホラー系は苦手なんだよね。幽霊は怖いしゾンビに勝てる気はしない。
ごくりと唾を飲んで聞いたところ、セラフィーナは「違います」と即答してくれた。ありがとう。
「普段は夜にランクが上がる、けれど此処へ泊まってからは日中も継続になった。……本当は何かブラッド様のランクが下がる原因があり、それから離れた事で――」
「下げられてたランクが、元に戻った……?」
「そういう事です。」
夜に強くなってるわけじゃない。
弱体化されていた力が、夜には元に戻っていた……なるほど、そのパターンがありえるんだ。
「セラフィーナは頭が良いなぁ」
「笑っている場合ですか。」
《笑ってる場合か。…危機感のない奴だな》
「二人して怒らなくても……」
そちらこそ、ハモってる場合ですかって。
もし彼女の予想があたっていたら、ブラッドはあの屋敷で何があったんだよ、本当に。
「心当たりはありませんか?…ブラッド様。」
《……アズマ、どう思う。》
「え、俺?いやいや、俺じゃわからないよ。」
ブラッド、俺の方を見るんじゃなくてセラフィーナを見て、自分で答えてあげればいいのに。
なんか照れてるのかな…。
《簡単な事だ。夜に効果が弱まってるなら、朝に仕掛けられている可能性が高い。》
「考えてみましょう。もし夜に魔力が戻っているなら…」
「朝に何かあるって?」
「そういう事です。」
「ブラッドもそう言ってる。…なぁ、君はもう察しがついてるの?」
《一応は。お前が目覚めた時を思い出してみるといい》
「俺が目覚めた時?」
どうだったっけと記憶を辿る。
この数日で色々情報が詰め込まれ過ぎたからな。思い出せる自信がないんだけど……ていうかブラッド。察しがついてるならそれ、直球で教えてくれればよくない?
「薬…」
「え?」
セラフィーナがハッとして呟いた言葉を、聞き返しながら理解する。
薬。確かに俺はブラッドとして、あの侯爵邸で薬を飲んだ。
「アズマ様、仰っていましたよね。こちらの世界で目覚めてすぐ、侍女から日課の薬を貰ったと。」
「……飲んだね。あのちょっと、舌がピリピリするやつ。日課が嘘だったってこと?いやでも、ブラッドは…」
《あれは、物心ついた頃には既に飲む習慣があった。》
「小さい時から毎日あれ飲んでるの!?」
ライオンブラッドがこくりと頷く。うわぁ可哀想!
美味しくないのに毎日飲むって、プロテインじゃないんだから……それとも、こっちの世界のプロテインってあんな感じなのかな。
《健全な魔力のために、貴族は毎日あれを飲む。そういうものだ》
「えーと、ブラッドが言うには、健全な魔力のために、貴族は毎日その薬を飲むらしいんだけど。」
「…そんな薬はありません、少なくとも当家には。お付き合いをしている家からも聞いた事がない」
「えぇえ……」
だったら結構、怪しいんじゃないか?
サザーランド家だけの慣習って可能性もあるけど。
「…毎朝の習慣ならば、その薬が原因である可能性は高いかと。もちろん、それ以外に何かあるのかもしれませんが。」
「でも、実際のところは調べようがないよな。成分とかわからないし」
《そうでもない。》
え?
どういう事だと聞こうとしたところで、セラフィーナが俺を見た。何か決意したような顔で。
「アズマ様。サザーランド家へ戻られるのであれば……その薬、手に入れてきてください。」
「何か器に入れて、こっちに持って帰ってくるって事?」
「はい。そうすれば調べられるかもしれません――《鑑定魔法》を使って。」




