10.「君が観念しないからだよ。」
鑑定魔法。
教科書を見せてもらった時に、確かにそんな魔法も書いてあったような。
日本の異世界ものだとよく、スキル的な立ち位置で「鑑定」ってありがちなもんだけど。
「それってランクいくつだっけ?」
「Cです。ただ……これは他の魔法と少し違って、術者によって明確に《分野》の得意、不得意があります。」
「そうなの?」
セラフィーナによると、ひとえに《鑑定魔法》と言っても、何もかもがしっかり鑑定できるわけではないらしい。
薬、鉱物、工芸、生物、植物…などなど。不得意な分野は鑑定しても詳細がわからないんだとか。
「全般を得意とする人もいますが、ごく僅かです。」
「何かややこしいね……その分野が得意なほど、わかる情報が多いってこと?」
「はい。たとえば花を鑑定して、種類がわかったとします。得意であれば別名や主な産地、毒性がある場合はその箇所などもわかるのです。」
「じゃあ俺が持ち帰ったら、薬が得意な人に鑑定してもらったらいいんだ。」
そうしたら何の薬かがわかる。
といっても俺には人脈がないから、誰かいるかなっていうのは完全にこの二人頼りなんだけど。
「ええ……慎重になるなら、上位である《解析魔法》が最も望ましいのですが。」
上位って事は、少なくともCランクじゃない。
Bランク以上…俺にもセラフィーナにも使えない魔法だな。うん、俺もちょっとこの世界の魔法ルールがわかってきたかも。
「鑑定と解析じゃ結構違うの?」
「段違いですね。解析魔法なら、毒を見た際に効果だけでなく、解毒方法までわかります。何を用いて作られているのかも」
「すごいな……」
「ブラッド様…アズマ様が持ち帰る《薬》が毒だったとして。毎日飲まされていること、夜には効果が落ちている事から、恐らく解毒薬などは要らず、時間経過で抜けていくのだとは思いますが…」
どこか不安そうに、セラフィーナは言葉を切った。
俺も薬の事は全然わからないけど、副作用とか、場合によっては依存症とか?……この体は一旦、禁断症状的なものは出てなさそうだけど。
「ここに持って帰ってくるって事は、セラフィーナは誰か当てがあるのか?薬が鑑定できる人に。」
「ええ、わたくしの母であれば。明後日には、父と共に戻る予定です。」
「そっか、ご両親戻ってくるんだ。……そういえば俺達を泊めてたことって、怒られたりしない?」
「大丈夫ですよ、早馬で伝えてあるので。…もちろん、サザーランド邸にも。」
連絡入れてくれたんだ…全然知らなかった。
考えてみればブラッドは一人暮らしじゃないんだから、外泊するなら家に言っておくのは普通の事か。
《アズマ。母親にどこまで言う気か聞いておけ》
「ん?ああ……セラフィーナ。ブラッドがね、お母さんにはどこまで言う気なのかって。」
俺はさして深く考えずに、その質問を投げたんだけど。
セラフィーナは聞かれて当然って顔で、ライオンブラッドに向けて一度頭を下げた。
「入手元や経緯は伏せ、ただ鑑定を頼もうと思っています。わたくしから言えば、父にも黙っていてくれるでしょう。…もちろんアズマ様を見て、ブラッド様の記憶喪失に関連する何かではと目される可能性はありますが。」
「俺がブラッドのふりをして接するのは無理だもんなぁ。そこは隠せないよね。」
《使用人が知ってるからな。》
「使用人も知っていますからね。」
二人して言わなくても、わかってますよって。
記憶喪失である事は隠さなくていいけど、たぶん問題はあれだよな、ブラッドの魔力量のこと。
少なくともケンドリック家としては、彼がAランクだと思って結んだ婚約だ。
実際には違うとなったら破談になりかねない………のかな。二人としてはどうなんだろ?どっちも、いい機会だから終わりにしよう、とは言わないんだよな。
情が湧いたセラフィーナはこのタイミングで切れないだろうし、協力者が少ない上に自分の家の瑕疵であるブラッドもまた、言い出すわけがない、か……?
「水筒を用意しておきますので、そちらへ入れて持ち帰って頂けたらと。」
「うん、わかった。バレないようにやれたらいいけど」
《俺が多少助言はする》
「ありがと、ブラッド。」
助けてくれるってさ、とセラフィーナに笑いかける。
彼女も少しだけ微笑んで、テーブルの上で立ったままのライオンブラッドを見下ろした。どうしてか細い眉が下がって。
「…アズマ様。」
「うん?」
「どうしたら、わたくしも……いえ、こればかりは仕方がありませんね。」
「いやいや、気になるよ。」
そこまで言ったなら続きを言い切ってほしい。
ぶんぶん手を振って聞き返すと、セラフィーナは俺を見て悲しそうに笑う。
「記憶が戻ったら、その時には……ブラッド様と、直接話ができるといいのですが。」
あー……俺が邪魔、ってこと?
でも確かにそうだよな、俺さえいなくなったらブラッドは戻れるのかもだし……でも、どうやって出ていけって。
「おやすみなさい、アズマ様。…ブラッド様」
「う、ん……おやすみ、セラフィーナ。」
立ち上がってするりと横を抜けていった彼女を、見送る事もできずに。
申し訳なさと、けど、どうしようもない寂しさもあって。やりきれないなぁ、なんか。
俺だって、死んでまで人に迷惑かけたくなかったよ。
仕方ないだろ、起きたらブラッドの身体に入ってたんだから。
俺のせいじゃない。
《俺達も戻るぞ。アズマ》
「ああ……ていうか、おやすみくらい返してやりなよ。」
《どうせ聞こえてない。》
「言ってさえくれたら、ほら。俺がさ…」
床を見たまま、なんか立ち上がれなかった。
ベッドの上で目覚めてから、サザーランド邸では頼ってよさそうな人がいなくて。聞いた感じブラッドやばい奴じゃんって、慌てて謝りに行った先で、セラフィーナは俺の話を聞いてくれた。
最初こそ、中二病なんですねとか冷たい目で言われたけど。
あの子は味方だって安心したんだ、魔法も教えてくれてさ。
ブラッドとの仲もなんとかしてやれたらって、俺なりに頑張っ
《何をしょぼくれてる。》
「あっそうだ、ブラッド居たんだった。」
《…自分で言うのもなんだが、喋るぬいぐるみだぞ。先程あれだけ叫んで驚いたくせに、よく存在を忘れられたな。》
「ちょっとヘコんじゃって。セラフィーナに邪魔だって言われるとは…」
《邪魔?》
俺が持とうか、と両手をすくうように差し出したのに、ライオンブラッドときたらそれをジャンプ台にして俺の肩に飛び乗った。身軽でいいな、ぬいぐるみは。
「ブラッド本人と話せたらいいなって。」
《聞きたい事でもあるんだろ。人を介さずに》
「それはさ、君を見ながら言うんだったらわかるけど。俺を見て言うから、なんか…」
直接的な言葉じゃなくても、あの瞬間の目って。
身体に入ってるのが俺じゃなくてブラッドになればいいっていう事で、その願いは当たり前なんだけど、つまり俺が邪魔なわけで。
《あの娘にとってお前は、記憶を失って別人と化した俺だからな。》
「え?いやいや。俺が入っちゃったって事、セラフィーナはちゃんとわかってるから。」
《わかってないだろ。お前が記憶を取り戻したら俺になると思ってる》
「それは無いって。」
何回か説明したし、セラフィーナだって俺がいた日本の話聞いてくれたし。
さっきだって改めて言わなかったか?
『…アズマ様は、ブラッド様としての記憶がないのですよね。』
『ないね。元々別人だし、この体に入りはしたけど、記憶の引き継ぎはなかったから。』
…うん、別人って言ってる。
ライオンブラッドは俺の肩に座る事にしたらしい。耳の近くでため息が聞こえた。
《記憶を無くしたブラッドが、何らかの理由で自分が別人だと思い込んでいる。そういう認識じゃないか?》
「えっ、さっきの台詞って本当にそういう事なの?ライオンブラッドまで連れてたのに?」
《結局お前にしか俺の声は聞こえてないし、その原理もお前の潜在的な記憶だなんだという理解だった。》
「言われてみれば、そんな感じの事を言ってたけど……つまり俺が入ったんじゃなくて、ブラッドがおかしくなったっていう理解なの?」
《俺にはそう見えたが。》
えーっ、と叫びたくてそっと、口元に手をあてた。ライオンブラッドに刺されそうだ。
さすがに嘘でしょ。だって俺の事アズマって呼んでくれたよね、覚悟決めた顔で……ん?そういや何の覚悟なのかよくわかってなかったな、あれ。
そんな馬鹿なと、眉間につい皺が寄る。
嘘だよな、セラフィーナ。え、信じてるよね、俺のこと。
すっくと立ちあがり、サロンの出口へ向かう。
「そんなわけないって。セラフィーナに聞きに行こう」
《こんな時間に淑女の部屋に行くな。場所も知らないだろ》
「ブラッドって『淑女』とか言うんだ…イテッ!何で耳引っ張るんだよ。」
《黙って部屋に戻るぞ。俺達も話があるし、使用人から痛い目で見られる》
「それは確かに。」
セラフィーナにはライオンブラッドの説明をしたけど、他の人には言ってない。
彼女よりもっと信じてもらえないだろうし、今の俺は一人でぬいぐるみに話しかける危ない男……廊下に出たら喋らずにいよう。
よく考えたら俺、目覚めてからずっとブラッドの尊厳を破壊し続けてるんじゃないか?
言動だけじゃなくて、たぶん表情とかも違うし。今だって言われた通り黙ってるけど、肩にぬいぐるみ乗せて歩いてる時点で、本人のイメージとは違う気がするし。
絶対そんな事しないだろ……なんて考える内に、俺達は客室に戻ってきた。
扉を閉めて、話し声が聞こえないようにすぐ、部屋の奥へ進む。廊下からは離れないとね。
ベッドに腰掛けると、ライオンブラッドもぴょんと布団に下り――振り向きざま、俺の手を剣先でチクリと突き刺した。
「痛ぁ!だから、何で刺すんだよ。」
《後で刺すから覚えてろと言ったはずだが。》
言ってた~確かに!忘れてほしかった、そこは。
自分の身体なのに容赦ないな、この人……。
「あれはでも、君が観念しないからだよ。」
《やり方に品が無さ過ぎる。俺達の前にいたのはまだ十八の貴族令嬢だぞ》
「悪かったって…俺がいたところじゃ、貴族だ平民だって区別も基本ないし。人によっては女性でもある程度下ネタを話すし。」
《そうか。で、お前がこの数日見てきたあの娘は、そういう人だったのか?》
「ご、ごめんなさい……」
《わかればいい。二度とするなよ》
俺、どうして異世界で年下に怒られてるんだろう……。
自分が悪いのはわかってるけど、ほんと、何なんだろこの状況。
「けど、君の態度だってどうなんだよ。何でセラフィーナと向き合わないんだ?」
《……それは》
「ちなみに今の『向き合わない』、ダブルミーニングだから。体を向き合わせないのと、態度としてちゃんと向き合えてないっていう」
《そんな事よりも》
そんな事って。…まぁ、今俺が熱弁してた部分については「そんな事」か。
ベッドからサイドテーブルにぽんと跳び、ライオンブラッドが俺を指差す。指っていうか、ぬいぐるみの腕だけど。
《アズマ。俺の身体に入ったからには、やってもらう事がある》
「なに?」
《鍛練だ。筋力や柔軟性などを維持するために》
「………本当だね…」
正直全然、まったく、頭になかった。
ブラッドが鍛えてるのはわかってたけど、俺が頑張らないとそれが衰えるって事まで想像できてなかったというか。
《俺はそれなりに鍛えてきたし経験もあるが、お前は違う。何かあった時、体が反射で動くのも限度があるだろう》
「弱くなるのは当たり前として、せめて体力とか筋力ぐらい維持してないと、話にならないよね…」
《そういう事だ。》
「何したらいいの?腕立てとか?」
軽く聞いたらずらずらとメニューを並べ立てられ、いざ筋トレをやってみようとしたら姿勢がなってないだの、それでは正しい箇所に負荷がかからないだの。
め、めんどくさい……!
「でも前の体じゃここまで動けなかったから、ちょっと嬉しい…!」
《にやける余裕があるなら追加だな。》
「拷問過ぎない?」
《?かなり易しい方だが。》
慣れてる人からしたらね?俺まったくしてなかった側の人だから。
本当は剣の素振りもメニューにあるらしい。良かった、ブラッドの剣が見つかってなくて。
「はぁ、っはぁ、これ後で…もっかいお風呂入りたいって言ったら、迷惑かな……」
《言い出せないなら、水魔法でタオルを湿らせて拭く方法がある。》
「だから…俺は、下級魔法ができないんだって……!」




