11.「俺はもう死んでるんだから」
部屋に置いてあったベルを持って廊下に顔を出し、控えめにカラカラと振ってみる。
ブラッドには「部屋の中で鳴らせばいい」と言われたけど、本当に音が届くかわからないし、音が大きすぎたら申し訳ない。
現れた執事さんにも同じように言われたものの、とにかく風呂に入り直すことができた。
「で、風呂場で改めて気になったんだけどさ。」
《何だ。》
サッパリほかほかになって戻り、ベッドの上で胡座をかく。ライオンブラッドは相変わらず腕組み仁王立ちだ。
「体の傷はどうしたんだよ。アルヴィンのせい?」
《大抵はそうだ。》
本当にそうなんだ。最悪すぎる、あいつ。
ブラッドは呑気に「一回あたり一発だけな」という、なんの免罪符にもならない情報を付け足した。
《食事中などはもちろんやらないが、廊下で出くわすと攻撃魔法を使ってくる事がある。人格が変わったせいなのか、先日は何もなかったが……明日会ったら、やられるかもな。》
「それ、抵抗しないの?」
《……一度、防御魔法を使った事がある。その時は、俺の代わりに侍女が撃たれた》
「は…」
何だよ、それ。
《他の者が彼女に治癒魔法を施し、無かった事にされてたが……鍛えてて受け身も取れる俺と違って、かなり痛かっただろうとは思う。》
何でそんな事するんだ?腹違いだろうが何だろうが、兄弟なのに。
周りまで巻き込んで、どうして。
《それ以降は抵抗してない。》
面倒だからなと、ライオンブラッドが言う。もしこの体だったら、彼はどんな顔でそれを言ったんだろう。
声は淡々としていて、まるで日常のなんて事ない話みたいで。
慣れてるんだ、ブラッドは。
とっくにそれが、「いつもの事」で。
《…アズマ。言っとくが、これは別に可哀想な話じゃない。》
「何でそう思うんだよ。」
《兄上はああ見えて、実戦経験がろくにない。そのせいか…攻撃魔法の見た目こそ派手だが、中身がないんだ。》
「…つまり、どういう事?」
《魔力の練りが足りないと、攻撃魔法は質量が軽くなる。殺す気で撃ってるわけでもないし、もし受け身をとれずとも重傷には至らない。治癒魔法を使われないからそれなりに跡は残るが、それだけという事だ。》
以上、とでも言いたげに言葉を切られたけど。
俺はブラッドを見たまま、瞬きして。何、どういうこと?
………、何が?
何が「それだけ」?
「わかんないよ。」
《練りというのは…》
「違うって。あのさ、何で君が痛い思いしないといけないの。何されてるかわかってる?立派な虐待だろ」
《…実際に受けてないから、お前にはいまいち伝わらないかもしれないが。本当に大した事はない。》
「そういう問題じゃないだろ」
威力がどうとか、大した事ないとかじゃ、なくてさ。
ブラッドは何でこれがわかんないの?
おかしいじゃん、明らかに。
「俺は…君にそんな事したのが、許せない。」
《……何でそんなに怒ってる。》
腕組みをしたまま、ブラッドはわかりやすくライオンの首を傾げた。
本当に全然、わからないんだろう。そのおでこをつっついてやろうかな。
呆れるし腹が立ってくる。こいつがこんな感覚に育ったのはアルヴィンとか、あの継母とか、見て見ぬふりした大人全員のせいだ。
君はいつから耐えてるんだよ、何でそんな必要ないってわかんないんだよ、おかしいのはアルヴィンであって君じゃない。
代わりに他の人が危険に晒されるのだって、大人が対策すべきで、アルヴィンを諫めるべきで。
《明日の事は不安かもしれないが、その体なら…》
ああ、もう。
そうじゃないって。
「あのね。この数日でセラフィーナは君の事をすごく心配したと思うけど、俺だってそうなんだよ。わざとじゃないとはいえ勝手に入って申し訳ないと思うし、なんか傷だらけだし、味覚も変だし、色々抱えてそうだし。喋ったのはこの半日もない時間だけど……俺にとって君は、とっくに他人じゃないの。」
《…他人ではないな。確かに》
「単に体を借りてるってだけじゃなくて。俺はもう死んでるんだから、君が戻る代わりに消えたって仕方ないと思ってる部分はあるけど。君とセラフィーナは違うだろ?生きてる。だからどうせなら幸せになってほしいし、家族からそんな扱いを受けてるって聞いて、『へーそうなんだ』とは返せないわけ。だって君がそういう扱いを受けていい人じゃないって事くらいは、この数時間でだってわかるんだから。」
俺が早口にまくし立てたせいか、ブラッドは黙っている。
表情がわからなくても、彼が困ってるんだろう事がひしひしと伝わってきた。
俺が理解しないから、納得しないから、どう伝えればいいかと困ってる。
聞き分けのない子供を前にした大人みたいに。
俺の方が歳上なのにさ。
《アズマ。お前の常識では許しがたいのかもしれないが……あの屋敷の中では、次期当主であるアルヴィンの方が立場が強い。》
「だからってやっていい事にはならないし――っていうか、そんな横暴なやつがマトモな当主になれるとは思えないね。」
《外向きの愛想は良いし、頭脳面から言っても家の運営はどうにかなる。討伐の方もやりようはあるしな。》
「……討伐?」
そういえばさっき、アルヴィンは実戦経験がないって言ってたな。
ブラッドは実戦経験があるって事、だよな?見たことないけど、剣持ってたらしいし。
《魔物の討伐任務だ。》
「あ、この世界魔物いるんだ……。」
《いる。城を中心に巨大な結界が張られてるから、この王都では見かけない。その結界を維持するために、貴族は持ち回りで魔力を捧げるんだ。そして結界の力があまり及ばない遠地での討伐、これも貴族に課せられた重要な仕事だ。》
「ああ…だからこそ、ランクが上の方が偉い感じなのかな。より魔力を捧げて、より魔物を倒して……それが国への貢献というか。」
《そうだ。もちろん、中には平民の有力者もいる。》
そういう見込みのある平民は大体、どこかの貴族が運営する団体に所属するだとか、どこかの家に仕えたり、戦功によっては騎士爵をもらえるようだ。
小さな剣を指示棒みたいにして、ブラッドは何もない布団の上をトントン叩きながら教えてくれた。
「もしかして、セラフィーナとかも戦うの?」
《聞いた事はないな。父親か、家に仕える者か、あるいは委託業者がやってると思う》
「委託業者。」
《もちろん貴族同士で助け合ってもいいが。信頼関係と利害の一致がなければ、それはあまりやらないな。足元をすくわれる可能性がある》
「そりゃそっか…」
貴族でも下位なほどランクが低くなりがちなわけだけど、そこはそれ、上位貴族とは討伐対象の種類とか数が違うらしい。
ギルドものとかでよくある、S級冒険者が受ける依頼とC級の依頼は違う、みたいな感じか。
「で、アルヴィンはそれ、君に任せっきりなんだ?」
《基本的に来ないな。》
「下に見てるくせに格好悪いな。」
《討伐は汚れる仕事だから、嫌がるのはわかる。》
「ブラッドは何でできてるの?ランク的に言えば無茶な仕事してるって事だよね。まぁ君のランクって特殊だけど。」
普通に考えたら高難度。
C~DランクなのにAの依頼を受けてるんだもんな――…ああ、だからこそランクが低いってバレずに済んでる面もあるのかな?
《依頼は一人でやる必要がない。他家との合同任務も多く、こちらが断ったり依頼を選ぶ事も多少はできるし、先程言ったが委託もできる。》
「ああそっか、色々とやりようはあるんだ。」
《俺が討伐へ行く代わりに、結界へ魔力を捧げるのは兄がやってる。当主に個別で来る依頼もあるから、父がどこまでやってるかはわからないが》
「ふーん…」
魔力を捧げてしまうと当然、その人は一時的に守りが薄くなるから、一族の主要人物が同じ日にやるって事はないらしい。
特定の家に偏ってもいけないので、持ち回りで維持しているんだとか。
まぁそれは自分が行くよな、ブラッドが行ったらランクがバレてしまう。
「お父さんはアルヴィンの横暴さをどうしてんの?屋敷じゃそれっぽい人は見なかったと思うけど。」
《そもそもあまり家にいない、忙しいからな。俺達兄弟の事をどこまで聞いてるか不明だが、知ってても改善する気はないと思う。大事には至ってないし、俺はランクの低い、他所へ出す方の息子だ。》
「……ランクが全てじゃないだろ。」
《その通りだ。全てじゃない――この国の人物評価において、最重要項目であるというだけで。》
ブラッドの声音は、落ち着いていて。
俺の意見に寄り添うようでいて、そうじゃない。冷静に現実を伝えてる。
突然この世界に来た俺より、この国で生まれ育ったブラッドの方がわかってる、それは当然なんだけどさ。それにしたって、何で。
《…どうした?》
「ブラッドはさ、何でそんなに冷静なの?」
《なぜと言われても困るが。》
「何か、納得できる理由があるのかなって。理不尽じゃないか、色々。」
アルヴィンが攻撃してくるのも、そのくせ、自分よりずっとランクが低いブラッドに討伐を押し付けるのも。
ランクを下げられてる可能性があるのも、セラフィーナの家を騙す事になったのも、他人に身体を取られたのも、味覚障害なんて起こしてるのも、全部。
理不尽じゃないか、「何で俺が」って思うものじゃないか。
どうして君は平然としてる。
《そういうものかと思っていた部分が大きい。》
「そんなわけないでしょ。そういうものって、そんなわけ…」
《文句を言って何かが変わるわけじゃない。俺はただ、やれる事をやってきたつもりだ》
「でもさ、セラフィーナの事は?」
俺が聞くと、ライオンブラッドは抜いていた剣を静かに鞘へ戻した。
かちゃ、と小さい小さい音がして。
「父親が決めた事か何か知らないけど、逆らえないから黙って、あの子を騙して。そういうものだって?いつかどうせバレるのに。態度もよくないだろ、未だにさ。話聞いてて俺、君はもっと無口なんだと思ってたけど…全然喋るよね。」
《……この八年、俺が何の解決もできなかったのは確かだ。最初は幼かったとはいえ》
「努力すら見えないんだけど。せめてちゃんと相手を見て普通に話すとか、遅刻しないとかさ。あの子のためにできる事はあっただろ」
ブラッドは否定しない。
これでいいんだとも言わないし、口を出すなとも言わない。……何だかやるせなくて、ため息を吐いた。
「なぁ、一体何があったんだよ。俺、それも何か本当は理由あるんじゃないのかって……」
話してくれたら、セラフィーナに伝えてあげられるし。
俺の意見はそりゃ、この世界の、この国の常識とは違うかもだけど。
力になれるかもしれないだろ、君が心から納得してやってるとは思えない。
そういう奴じゃないじゃん、喋っただけでもそれくらいはわかるよ。役に立てないのが悔しくて、言わない君に怒りたくて、何だか涙が出そうだ。
「ブラッドはさぁ、俺のこと励ましたり、気遣ってくれるんだよ。自覚あるか知らないけど、割といい奴なんだ。セラフィーナにだけ冷たい態度取ってるのがわからない、何かあるんだろ?理由が。」
《……俺から答えられる事はない。》
「黙るんだ、また。この八年解決できなかったくせに。」
俺がわざと煽った事に気付いてるのか、ブラッドは何も返さなかった。
拳を握って考えても、俺じゃ全然それっぽい答えが見つけられなくて。ブラッドが時計を指す。
《そろそろ寝た方がいい。明日に響く》
「……わかった、もういいよ。今日のところはね」
しっかり寝るべきなのは確かだ、アルヴィンに会うだろうし。
剣も捜してあげたいし、引き出しも気になるし、それから、それから……。
部屋の明かりを消して回り、ベッドに潜り込んだ。
ブラッドがサイドテーブルの明かりを消してくれて。筋トレさせられたせいもあってか、一気に眠気が襲ってくる。
「あのさ…」
《何だ。》
「ブラッドはほんとに、頭打った辺りの事は覚えてないの?…これっぽっちも?」
《……わからない。わからないが、ただ…》
このままでは、まずい気がする。
暗闇の中で、ブラッドはそう言った。
俺はうとうとして、返事できたかわからないけど――…このままじゃまずいのは、ずっとじゃない?




