12.《怖がらなくていい》
■■かった。
視界は白く霧がかかったようで、見回しても■■■■■■天井しか見えない。
何が起きたんだ?
あのまま■■■■かと思った。いや、俺はもう■■■■■■■。
誰かが■■を呼んでいる。
霧が少し晴れて、■■■■■が倒れていた。
◆
《…ズマ……アズマ…》
どこかで聞いた声がする。頭が重い。
どうしよう、どうしたらいい?俺はこのまま、何もせずにいるのか。俺に何ができる。
体が上手く動かない。
いつから倒れてたんだっけ、暑い、動けない――…あれ、俺は何に焦ってたんだ?倒れてるっていうより、ただ眠って…
《起きろ》
「いったぁ!」
急激な手の痛み。
咄嗟に飛び起きて手の甲をはらったけど、虫も何もいない。見回すと、ベッドの上にしゃんと立っているライオンブラッドが剣を鞘にしまった。
こ…こいつ、また刺したな。
「ブラッドは何でそんなに攻撃的なの…!?俺には声が聞こえるんだから、普通に起こしてくれてもよかっただろ。」
《それで起きなかったお前が悪い。》
「えっ、そう?」
起きなかったんだ、俺。寝覚めは結構いいはずなんだけど……筋トレが響いたかな?
それか、異世界の情報詰め込み過ぎて頭が疲れてたのかも。
《…少しうなされてたようだが、悪夢でも見たのか?》
「悪夢……?わかんない。」
言われてみれば何か、焦ってたような気もするけど。
夢を見た覚えもなくて、俺はこきりと首を傾げつつ時計を見やった。おや。
「…あの、ブラッドさん。」
《何だ》
「まだ五時なんだけど。」
《もう五時だな。支度しろ、朝の鍛錬だ》
「嘘でしょ…」
ブラッドが準備体操程度だって言うから渋々支度したけど、いざやらされてみると全然筋トレも入ってた。
準備体操という言葉の定義について、俺達は一度話し合う必要があるのかもしれない。
《なぜ、鍛錬にそこまで苦手意識があるんだ?》
やっと終わったー、とソファに寝転んだところで、隣のローテーブルに飛び乗ったライオンブラッドが聞いてくる。
相変わらず凛々しいライオン顔のまま、表情はわからないけど。ちょっと首を傾げて俺を見ていた。
《少し休みがあったとはいえ、俺の身体だ。さしてしんどくないはずだが。》
「何でって、気持ちの問題だよね、やっぱり。俺がいた世界は魔物もいないし、剣なんて持ち歩いたら逮捕される。……要は平和なんだよ、戦うために鍛える必要がないぐらい。」
《なら、怖いか?兄上に会う事も、討伐の事も。》
「怖いっちゃ怖いけど、実感がまだ――………、とうばつ?」
はたと、気付く。
言われるまであんまり、結びついてなかったけど。むくりと起き上がって床に膝をつき、ライオンブラッドと目線の高さを合わせた。
「もしかして、今サザーランド家に――っていうか、ブラッドかアルヴィンに討伐依頼が来たら…」
《もちろん、お前が行く可能性が高い。》
「死ぬでしょそれは!」
《命懸けかどうかは、任務内容によるな。》
「待って待って、さすがに駄目だよ。俺は一回死んでるけど、君の身体を殺しちゃうのはだいぶ、っていうか、かなり問題がある!」
背負えないって、人の命!
ブラッドは何度も任務をこなしてるんだろうから、回ってくるのは当然、初心者向けの依頼じゃないはず。
今まではあっただろう剣も持ってないし、仮に持ってても俺じゃマトモに振れやしない。
魔法だって防御魔法と操作魔法しか使えないんだ、俺は――…今のとこね?
《依頼内容によって、処理の方法は俺が考える。心配するな》
「心配しかないんだけど。言っておくけど、そのぬいぐるみの体で『一人で行ってくる…』とか言わないでね?ありえないから、それ。」
《…お前の中で、俺は随分と無謀な印象がついてるらしいな。》
「どちらかと言うと、覚悟ガン決まり野郎って感じ?」
《がん、ぎまり……?》
こっちにないのかな、この言い回し。
あるいは単に、貴族が使う言葉ではないのかも。……うん、使わないだろうな。だってセラフィーナがブラッドに「この、覚悟ガン決まり野郎!」とか言い出したら俺、ちょっと怖いもん。
《とにかく俺が言いたかったのは、あまり怖がらなくていいという事だ。》
「そうかな……?」
《討伐でよく組む友人がいる。困るようならそこに連絡を取ってもいい》
「友達いたんだ」
《悪いか?》
「違う違う、嫌な意味じゃなくてさ。なんかこう……」
もたもたと手振りしようとして、やめる。
俺が友達だったら、絶対何か、何かは助けてたから。助けたいと思ったはずだから。
聞いてる感じ一人で耐えてきたらしいブラッドには、頼れる相手なんていないと思い込んでたんだ、けど。
「何でもないよ。」
《?そうか。》
友達が何もしてやれてないっていうより、友達にも何も言ってなさそうなんだよな、この男……。
だって、「そういうもの」とか思ってたんだから。
……俺が考えるから心配するなとか、怖がらなくていいとか。
やっぱり俺の中で、このライオンブラッドの性格が聞いてた話と合わない。セラフィーナに取ってる態度と合わない。
君は、答えてくれる事と、答えてくれない事があって。
何でなんだろうな。
「…俺がもうちょっと魔法できるようになって、頼れるようになったら……君ももうちょっと、事情を話してくれたりする?」
《……アズマはお人好しだな。》
「は、はぁ~?何でそうなるんだよ。」
《お前がそうでなければ……悪意に満ちた何かだったら。俺はどうにかして外へ連れ出して、その体を殺していただろう。》
待って、何でそんな話になったの……?
俺は結構二度目の死が近かったってこと?そりゃ、人様の体で悪行を働く気はないけども。
《一人で出歩いて死んだなら、他の者が責任を問われる事もない。》
「やめてね?俺悪い事は考えてないつもりだし、君の身体を殺されたくない。」
《わかってる。だから俺がこれに入った事を明かしたんだ》
ライオンブラッドが自分の手を見下ろす。
細かい作業とかはできそうにない、ぬいぐるみの腕だ。そして、俺と目を合わせて。
《数日見てて、お前の性格はそれなりにわかったつもりだ。俺がその体に戻れるのかどうか、わからないが……ひとまずサポートはする。》
「それはもちろん……ありがたい、けど。」
俺としては、申し訳なさは依然としてあるわけで。
そして、もうちょっと事情話してくれるかなっていう俺の質問は、どこかへ飛ばされたわけで。
これ、忘れられたというよりは、流されたのかな。
あの、「聞くな」ってことですか?ブラッドさん。
ノックの音がして、俺達の話は強制終了になった。
いつの間にかもう朝ご飯の時間になっていたらしい。気付いた途端に腹が減ってきて。
「おはよう、セラフィーナ。」
「おはようございます。アズマ様」
俺達に気を遣って、食事が用意されたのは食堂ではなくサロンだった。
貴族じゃない俺はどうしても、広い食堂で使用人の人達に見られながら食べるのは緊張するし、人目があるとライオンブラッドの話もしづらい。
「ブラッド、挨拶は?」
俺の肩からテーブルに飛び降りたライオンブラッドは、何も言わずに軽く頭を下げた。
セラフィーナに向かってというには、微妙にズレた方向にだ。それでも彼女は気にせず、「はい。おはようございます、ブラッド様」と丁寧に返している。
「昨日はお部屋に戻られてから、いかがでしたか?ブラッド様から何か……鍛錬を始められた事は、ヘクターから聞いたのですが。」
「魔物の討伐してた話とか聞いたよ。それも貴族の仕事なんだってね。」
「そうですね。サザーランド侯爵家は討伐でも優秀な家系で、ブラッド様やアルヴィン様も…」
セラフィーナが話す間に、見た目と香りは美味しそうなスクランブルエッグをすくって、ふかふかのパンに乗せて食べてみる。
引き続き配慮して作ってくれたんだろうけど、どうしてもおかゆみたいに味が薄かったり苦味があったりするんだよな。これまでブラッドは本当に大変――…ん?
「あれ?」
「あら?」
俺とセラフィーナが同時に瞬く。
とろっとした卵からにじみ出る旨味、それを優しく包むようなパン自体の素朴な甘さ。
飲み込むのが大変だった頃より、すこーし旨味があった気がした昨日とも違って。
「っおいしい!これ美味しいよ、セラフィーナ!」
「ら、ランク情報が誤った状態で討伐を……!?」
喜びで目がキラッキラになってただろう俺と違って、セラフィーナは真っ青になって頬を押さえた。
ブラッドのランクについてだから、どうにか声は控えめにしたみたいだけど。
そっか、そこ気になるよね。俺は昨日の内にその話終わってたから、うっかりしてた。
「あ、うん。そうみたい」
「待ってください、そんな。だ、だってD…夜でもCランクで、サザーランド家に来る依頼なんて、少なくともBランク以上が当然の」
「ブラッドから聞いたんだけど、依頼って一人じゃなくていいらしいんだよ。他との合同だったりとかさ。」
「それは、そうかもしれませんが……」
どうしよう、セラフィーナの顔色が悪い。
俺が実感できてなかっただけで、やっぱブラッド結構な無茶してたって事なのかな……あ、サラダもおいしい……。
「アズマ様。合同任務であっても、他の家は必ずしも……味方とは限らないのです。」
「えっ?」
「本当にランクに相応しい魔法が使えているかどうか、実力があるかどうか。それを見られ、場合によっては吹聴される。これまで、ブラッド様がその……弱いという話は聞いた事がありませんから。どれほど大変な思いをされたのかと思うと…」
やばい、セラフィーナが落ち込み始めた。
ご飯も全然食べてないよ、こんなに美味しいのに。「と、とりあえず食べよう」と勧めてみたけど、しょぼ…って顔で、フォークを口に運ぶ手も遅い。
ブラッド、何か言ってあげてよ。
そう思ってチラ見したら、俺に向かって片手をぶんぶん横に振っていた。違う違う、みたいな。
「あっ…と、ブラッド、何?言いたい事あったら全然言って!」
《別に大変ではない。下級魔法に、攻撃魔法と防御魔法、操作魔法……その辺を極めれば、剣と合わせてどうにかなる。》
「…ブラッド様は、なんと?」
「大変じゃないって。下級魔法とか、攻撃、防御、操作…その辺を極めたら、剣もあるしどうにかなるって言ってるよ。」
「そんな無茶な……!いえ、確かにわたくしは、ブラッド様の魔法を見た事はありませんが…」
やってる事が脳筋なんだろうな、この反応からすると。
もう一度ライオンブラッドの方を見ると、凛々しい顔のままごしごしと頭を擦ってる。
「無茶って言われてるけど。」
《そう言われても困る。できるものはできる》
「周りからさ、何か言われなかったの?もっと上の魔法使わないのか〜とか。」
《そういう時は、使うまでもないと言えば黙る。》
敵増やしてそ~!!
ランクの事は言えないからそうなるっていうのはわかるけど!その答えでブラッドに対して悪感情っていうか、苦手意識とか持った人いそうだよな。
「ねぇ、セラフィーナ。なんか本当に大丈夫そうだから、あんま心配しなくていいよ。怪我でボロボロになったとこ見たわけじゃないんだろ?」
「…ええ。わたくしは、ブラッド様が傷だらけな事も知らなかった」
墓穴掘った。
そうだ、アルヴィンのせいでだいぶ傷だらけなんだった。しかもそれをバラしたのは俺です。
「アズマ様はあの後聞いたのでしょう。あれは討伐の傷、だったのですか?」
「それは……」
《答えなくていい。この娘には関係ない》
「ブラッド、お前ねぇ!」
そんな言い方ないだろって言う前に、あっと口を閉じる。
セラフィーナが俺を真っすぐに見ていた。たとえ声が聞こえなくたって、ライオンブラッドがあんまりよくない事を言ったのは、明らかで。
「えっと…」
「いいのです、アズマ様。彼はわたくしに言いたくないのですね。」
「……うーん、そうだね。君がどうっていうか、心配させたくないからだと思うけど。」
《勝手な憶測を言うな。》
セラフィーナは、小さくため息を吐いた。
青い瞳がテーブルに並んだ料理をじっと、見下ろして。
「……わたくしがもっと、察しよく強い娘であったなら。そうしたら貴方様は、頼ってくださったのでしょうか。」
ひどく苦い声で、そう言った。
顔を上げた彼女の青い瞳が見たのは俺で……ブラッドを見てやってよって、でもブラッドの姿をしているのは、俺なわけで。
ああ、本当に俺は邪魔だなぁ。




