13.「鈍いって言うべきかな?」
ライオンブラッドは相変わらず、セラフィーナの方を向かない。
彼女の問いにも答えないで、俺を見上げている。
「……ブラッド。どうなの?」
俺がライオンブラッドに聞き直すと、セラフィーナは少し項垂れた。何で?
直接話ができないもどかしさのせいかな、それともまさか本当に……昨日ブラッドが言った通り、彼女は俺が記憶を無くしたブラッドだと思ったままなのか。
……会って二日目で、解いたはずだけどな。その誤解。
《…彼女がどうだろうと、俺の行動に何の因果関係もない。》
こいつはこいつで、これだし。
昨日は「改変するな」って怒られたけど、だったらそのまま伝えたら冷たいような事、言うなって。俺が嫌がる事くらい予想つくだろ、もう。
えーっと、どう伝えたら意味が同じで、柔らかくなるかな……。
「ブラッドは…君の能力がどうとかは、頼らない事と関係ないってさ。」
「……そう、ですか。」
「あ…けどほら、君がくれたナイフ!ブラッド、これっていつも持ち歩いてたんじゃないの?ね。」
腰の後ろに手をやって、ベルトで巻きつけたケースからナイフを取り出してみせる。
柄に赤い宝石が嵌まった、セラフィーナが彼に贈ったという一品だ。
《使ってはいた。良い品だからな》
「…使ってたってさ!」
この男はまったく!
気がきかないっていうか、「君がくれた物だから」とか言えないのかって――…言わないだろうな、これまでのやり取りからすると。
「…ち、ちなみに。俺だってあんまり頼ってもらえてないんだよ?体を借りてて運命共同体みたいな感じなのにね……全部は説明してくれないんだ、こいつがさ。」
「…そのブラッド様と話せるようになっても、まだ全ては、思い出せそうにありませんか。」
「え?」
なにって?
思い出す……あぁそうか、セラフィーナはこの体にある潜在的な記憶?によって、俺にはブラッドが話すだろう事がわかる…みたいな認識なんだっけ。
ハッキリ言った方がいいよな、これ。
「えっと…ごめん。話してて確信があるけど、このライオン君は本当にブラッドだよ。俺、今は魔法使ってないし」
俺にとってはそんなの前提で、今話したいのはそこじゃなくて。
ああもう、何で今更この話からしなきゃいけないん――駄目だ。
落ち着け、落ち着け……状況的に仕方ないだろ。セラフィーナも俺も焦ってるし、不安で、余裕がない。
同じ気持ちなんだから、今は年上の俺が冷静にならなきゃいけないだろ。魔法を教えてもらった立場だけど、この子はまだ十八で、俺は大人だ。
イライラして当たるなんて格好悪い。
「…改めて言うよ?俺はね。異世界で死んだアズマカナタで、ブラッド・サザーランドとは関係ない。今は何でか、体に入っちゃってるけど……つまりその、俺がブラッドの記憶を思い出すっていうのは、無理なんだよ。」
「え、えぇ……。」
「駅から徒歩十三分のアパートに一人暮らししてて、毎日朝六時に起きて六時半には家を出る。帰ってくるのは日付が変わる前あたりで、休日は寝るか散歩するか食べるかで終わる生活。そういうサラリーマンだったの、俺は。」
「なんと細かな設……いえ、スーッ………はい。もちろんわかっています、アズマ様。」
セラフィーナが覚悟を決めたような顔で言う。
もしかして、俺がちょっとイライラしたの伝わって怖がらせちゃったかな。だとしたら申し訳ない。
「だ、だよね!よかったぁ、わかってくれて。」
ともあれ、解決だ。セラフィーナも多分、話すうちに頭がこんがらがっちゃっただけだよな?
ライオンブラッドがなぜかじっと俺を見てる。何だろう。
何か喋るのかと思ったら何も言わない。なに……?
「そうだ、さっきから言いたかったんだけど、これ。この朝ご飯なんかすごく美味しくてさ。味覚障害に特に良いレシピみたいなの、作ってくれたのかな?」
「レシピ?いえ、味付けのベースは、昨日と変えていないはずですが…」
「そうなの?食べる度に味が良くなってて、今日はもうすっかり普通に美味しいんだけど――…あ、ごめん、ブラッドは食べられないのに」
《そこに気を遣ってどうする。》
俺だけ美味しい美味しい言ってて、長い間おいしくないご飯だったブラッドが不憫だなって。
何とかならないのかなとパンをちぎって差し出してみたけど、《食えるわけがないだろ》と受け取り拒否された。だよね。
行き場のないパンくずを自分の口に放り込んでふと、セラフィーナが俺を見ている事に気付く。
「アズマ様。これもまた、一つの予想なのですが…」
「うん?」
「ブラッド様が飲まされていた、例の薬……味覚障害は、その副作用だったという可能性はありませんか?」
危うくパンくずを吹き出すところだった。
まったくの別件と思っちゃってたけど、確かに!?
「それ、めちゃくちゃあるかも。飲んだ後はちょっと舌ピリピリしてたし。まずい薬だなとか思って、あんまり気にしてなかったけど。」
「もしそうなら……」
「…そうなら?」
「いえ、その。……わたくし、味覚障害は…ひどいストレスによるものだと、思っていたので。」
「それはないんじゃない?」
俺は即座に否定した。真顔で。
何かセラフィーナの中で、ブラッドがどんどん可哀想な人になってないか?無理もないとは思うけど。周りがヤバイ奴すぎて、俺としても「こいつはなんて大変なんだ」とは思ってるけど。
でも彼が現状に打ちのめされて苦しくて、辛くて折れかけて、それで味覚障害を起こしたとは思えない。
「だってブラッドって結構ふてぶてしいっていうか、動じないっていうか……何だろ。えーと、鈍いって言うべき?」
《俺に聞くな。》
だからって実の兄に暴力振るわれても平気だろとか、そんなこと言う気はさらさらないけど。
これまで力になれなかったと悩む君が、まさかまさかと予想するほどには、彼は弱くないんだよって。
「そう、昨日もね。『これは別に可哀想な話じゃない』って言ってたし」
「っ!わたくしは、その……憐れんでいたわけでは。」
最後までは言わなかった。
言いきったら明確な嘘になるって…この子はそれを自覚してるんだろう。同情してたのは間違いないとしても、指摘したらそれは責めるだけになりそうで。
もちろん責めたいわけじゃないし、「味覚障害は薬のせい」って確信が持てればいいんだけど。
《アズマ》
「なに?」
《うまいものを食った事がないのは昔からだ。》
「ええぇ、かわいそ……あっ。今のは違くて。」
可哀想な事じゃないって言ったばっかりなのに、つい。
ブラッド、身体に戻れたら美味しいもの沢山食べてほしいな。あんまりだろ、食の楽しみを知らないって。
「味覚障害……おいしいもの食べた事ないのは、昔からなんだって。」
「…薬を飲むのも、幼い頃からと仰っていましたね。」
「うん。だからやっぱり、ストレスとかじゃないんじゃないかな。薬さえ抜ければ…」
「途中からでは味覚の変化で気付かれる。最初からであれば、味がしないと言ったところで『生まれつき』と返す事ができます。……ブラッド様は、一度も言い出さなかったのかもしれませんが」
セラフィーナが立ち上がる。
こつこつと、覚えのある棚の方へ向かって。
「薬を調べるまで、確証は持てなくても……可能性が高いのは間違いありません」
そうだね、だいぶと。
俺を挟まずセラフィーナとブラッドが直接話せてたら、もっと早くここまでこれたかな。
……いや、難しいか。ブラッドが彼女に対して喋らなさ過ぎる。ほんとに。
「その薬を飲ませ続けた誰かは、それほどまでに貴方のランクを隠したかったのかもしれない」
取り出された小箱の中に、いつもの石が入っていた。
最初は赤に近い橙色に。次に触った時は黄色に光った、ランクストーン。
「どうかこれをお持ちください。あちらで過ごす間も、好きな時に確認ができるように」
「いいの?俺達が持ってっちゃって。」
「構いません。日常生活で使うようなものではないので」
「それもそっか…」
手に取ると、ランクストーンは黄色に光る。Cランクのままだ。
俺が「まだ変わらないね」と言うと、セラフィーナは光をじっと見てから首を横に振った。
「昨日とは少し色合いが違います。」
「えっ、本当!?ブラッド、わかる?」
《…僅かに黄緑色寄りだな。ごく僅かにだが》
どの辺が?
眉をぎゅっとして目を細め、石を見る角度を変えてみたりしたけど……いや~黄色じゃない?普通に。
渋い顔で見つめてたら、セラフィーナが横から石をひょいと摘まみ、小さな巾着に入れてくれた。
「ランクが変われば使える魔法の幅も変わる。もしまた変動するようなら……操作魔法が得意だったように、他にもアズマ様が使える魔法があるかもしれません。」
「わかった、向こうでも確認するよ。色々できるにこした事ないしね。」
「…ブラッド様と話せるなら、不要かもしれませんが……念のため、こちらもお持ちください。」
差し出されたのは魔法についての本だ。
彼女から教わる時に使った、初心者向けの教科書。確かに俺にはありがたい。どのランクでどれとか覚えられたわけじゃないし。
「お二人がどこまで話せるのかわかりませんが、ブラッド様から魔法を教わるべきだと思います。わたくしが教えるより、貴方との時間がとれるでしょうから。」
「ありがとう。自分でもこれ、よく読んでおくよ。」
ライオンブラッドの解説付きで。
さっきの口ぶりだと、少なくともDランクから使える魔法はかなり自信がありそうだった。
サポートするって言ってくれたし……いつか魔物の討伐?とかあるなら余計に、この体を守るためにも頑張らないと。
セラフィーナが席に戻り、ようやく食事を再開してくれた。
まだ子供なんだからしっかり食べて欲しい。
「薬を入れる水筒は後ほど渡しますね。もし使用人が見張るようなら、操作魔法で気をそらすのがよいと思います。」
「ライオンブラッド君、その時は出番だよ。」
《俺じゃあからさま過ぎるだろ。》
「そうではなく……ちょっとした物を落下させるなどが、望ましいですね。ブラッド様がやったと気付かれては、警戒されてしまうので」
「あぁ、そっか。」
二人共ちょっとあれだな、俺と生きてる世界が違うな。いやここ異世界だけど。
貴族ってそういうものなのかな?それか、俺が呑気過ぎるのか。
俺がブラッドの真似をできる日は、永遠に来ない気がする……。
「向こうに戻ったら、ブラッドの剣を捜してあげたいな。存在を知らなかったから、前は人に聞きもしなかったし。」
「ええ……それと、貴方に《頭を打った》と説明した方。」
「あの執事か。」
「その方に、場所や状況を聞いておくべきかと。」
相手が語る状況が真実かはさておき。
サザーランド家は下手したら、全員が敵なのかもしれないしね。
「ちなみに、その……アズマ様は、名乗ってはいけませんよ。」
「やっぱりそうだよね。混乱するし」
《敵味方がわからない中で、下手に自分の状態を説明してやる事はない。》
「絶対に、やめておいてくださいね。貴方の状態は《記憶喪失》、ですよ。」
「はい」
ものすごく念押しされた。
さっきちょっとムキになって否定したもんな。でもそれは相手がセラフィーナだったからで、サザーランド家の人々には今のとこ、黙っとくつもりです。
で、朝になったら薬の回収。向こうでやるのは大体、そんなところか。
後はブラッドの部屋の、開かない引き出しも気になるんだけど……本人と話せるようになったし、そこから新しい情報が出るって事もないか。
一応、部屋に行ったら聞いてみよう。
「くれぐれもお気をつけください、アズマ様。」
「頑張るよ。」
「…ブラッド様も、どうか。不慣れなアズマ様をお導きくださいね。」
《……先走るなよ。アズマ》
「うん、大丈夫。ブラッドも協力してくれるって」
俺はセラフィーナと約束した。
明日またケンドリック家へ来ること、それが難しい時は報せること。
怖いようなワクワクするような、少し怒りたいような、複雑な気持ちだ。
ブラッドとして目覚めた日とは違う気持ちで、俺はサザーランド邸に帰る。
次回まで少し間が空きます。




