8.(俺、何かやっちゃった?)
交通事故で死んで、ブラッドという何か色々大変そうな男として目覚めて――三日。
俺は彼の婚約者であるセラフィーナの家に厄介になっていて、今は湯舟に浸かっている。あったかい。一人暮らししてたアパートの風呂より断然広いし、豪華だし。
……いいのかな、こんなによくしてもらって……。
単純に気まずいんだよな、俺の顔と体じゃないし。ブラッドって俺じゃないし。
黒髪黒目の日本人だったんだ、赤髪で瞳が金色の美形を自分と思えは無理があるって。気分はまさにバーチャルリアリティーのRPG、五感あり。
そもそも元のブラッドの人格というか、魂はどうなったんだ?
どこに行った?
彼が死んだトコに俺が入ったんだとしたら、ランクさえ問題なくなったら俺はこのまま、ブラッド・サザーランドとしてセラフィーナに婿入りすんの?
ええ~……いいのかなぁー、それ……倫理的にアウトじゃない?
八年婚約してた割に冷めた仲だったみたいだけど、俺が入って色々わかってきた事で、セラフィーナは明らかに動揺してる。
ブラッドの事を心配してるし、何で今まで気付けなかったんだろうとか、思ってそうだし。俺がそっちの立場ならと考えたら、気持ちはわかるけど。
『あの…セラフィーナ?顔が真っ青だけど』
『……何でもありません。』
家のために婚約した、Aランクのはずの相手。格上である侯爵家のお坊ちゃま。
それが実際にはD…Cランクで、家族には舐められてて、何があったのか傷だらけだし、味覚は狂ってるし、記憶喪失というか、別人の魂が入っちゃったし。
ほんと可哀想に、セラフィーナ。
彼女を放っておくわけにもいかないし、俺自身ここからどうしたらいいのかわからない。だからつい、魔法を教えてくれるって話に飛びついちゃったけど……執事さん達がいるとはいえ、親御さんの留守に長居するのもなぁ。
一旦、あの子が心配しなくて済むように魔法を覚えないと。
それからブラッドがずっと持ってたらしい愛剣も……屋敷で捜してやりたいけど、俺じゃ見た目すらわからない。
「……あんまり考え込んでても、のぼせるだけか。」
呟いて、立ち上がった。
用意されてたバスタオルで、古傷だらけの身体を拭く。俺は周りの話でしかブラッドを知らない。
こんなに傷を負わされて、そのままでいるような奴だったんだろうか。
シャツとズボンはきちっと畳んだ新しいのに交換されている。
泊まると決まった昨日、サッと数枚買ってきてくれたものだ。これもなぁ、値段聞いても教えてくれないし。
着替えた後、一応拭いたもののまだしっとりしてる髪に櫛を通して、廊下に出た。自分の客室までの道はもう覚えてるから、使用人の人が浴室の外で待機するのは断っている。
歩きながらぼんやり考えた。
ブラッドは何で、セラフィーナに話してあげなかったんだろう。
ランク低いのは格好悪いとか…貴族同士の政略結婚だから、言えなかったとか?でも嘘ついたって最終的には絶対バレるんじゃないか?
自分がどういう状況で、どう思ってるとか、何考えてるとか。
色んな全部……何で、言ってやらなかったんだろ。
ブラッドの話が聞きたいセラフィーナに俺がしてあげられる事って、限界がある。
すごく助けてもらってるし、先生だし、恩返しはしたいんだけど。
客室の前に着いて、ため息混じりに扉を開けた。
「はあ……ブラッドと話ができたらなぁ。」
《待っていたぞ。アズマ》
「うん?」
バタンと扉が閉まる音がしたのは、後ろの方で。
何か男の声が聞こえたのは、前の方――部屋の中だ。瞬いて見回したけど、誰もいない。
「え?誰か俺の事…」
《こっちだ。お前がテーブルの上に置いたんだろう》
「テーブル?」
言われるがままにそっちを見たら、さっき借りたライオンのぬいぐるみ。
……が、なぜか勝手に腕組みをして二本足で立っていた。何これ。
「………今喋ったのって。」
《心底認めたくないが、お察しの通りこのライオン剣士だ。》
「えええええええええっ!!」
《静かにしろ!人が来るだろうが!!》
「ちょっ、え、何で!?」
腰に差していた剣をチャキンと抜き――抜けるんだ、それ――、ライオン剣士が俺を威嚇している。
何だこれ、操作魔法って自立思考を与えたりとかできるの!?
知らない内に俺、何かやっちゃった?
《まったく……誰が来ても何とか誤魔化せよ。》
「誤魔化すって、いやライオン君は何者なんだよ。俺が魔法で作ったの?」
《そんなわけがあるか。俺はブラッド。その体の持ち主だ》
「……えっ、」
「ブラッド様!何かありましたか?」
部屋がノックされ、執事さんの声がした。
それがなければ俺はまた絶叫していたと思う。ブラッド?ブラッドって名乗ったか、こいつ。
剣を鞘にしまったライオンはまるで、ただのぬいぐるみみたいにぱたんと倒れて。
俺は――俺はライオン剣士を鷲掴みにし、急いで扉を開けた。
「すみません、大声出して!」
《いってぇ!おい、強く掴み過ぎだ!!》
「俺は大丈夫なんですけど、セラフィーナは。」
「お嬢様ですか?」
「セラフィーナの部屋はどこですか?いや、彼女がいれば部屋じゃなくていいんですけど、緊急の話があって。コイツの事で!」
《………。》
ライオンを握った拳を突き出してみたけど、普通のぬいぐるみみたいに動かない。
え?もしかして死んだ?俺が強く握り過ぎて?
「わかりました。すぐ伺って参りますので、しばしお待ちください。こちらからお声がけしますので」
「えっと、はい。お願いします……」
あれ?俺幻覚と幻聴でも食らってた?
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。握ったぬいぐるみは動かない。でも確かにさっきは、動い…
《馬鹿か!!》
「んぐっ!」
おでこが痛い。手を開いた瞬間にキックが飛んできた。
思わずのけぞって後ろに一歩よろめき、どうにか耐える。ライオンは床にしっかりと着地していた。
やっぱり動いてるし喋ってる……!
意味がわからないながらに屈んで片膝をつくと、ライオンはまた腕組みをして俺を睨みつけた。
《お前と二人で話すために待ってたのに、何であの娘の所に行くんだ。》
「こっちはちょっと混乱してるんだけど、まず君、ブラッドって名乗ったよな。」
《いかにも。自称異世界人のアズマ・カナタ。》
「事実だからね。俺は死んで、気付いたらこの身体に入ってたわけだから。」
《迷惑な事だ。》
「困るよね……って、それは一旦仕方ないとして。本当にブラッドなのか?」
キリッとした顔立ちのライオン剣士は、どうやら口が開閉するつくりではないらしい。
凛々しい表情のまま淡々と話しかけてくる。カオスだ。
《どうやら、操作魔法によってお前が俺の魔力を流した事で、これに入れるようになったらしい。》
「じゃあもしかして、あの空箱とか花に入ってた可能性ある?」
《ふざけてるのか。》
「ごめん大真面目。魔法素人だから」
《……これに入れたのは恐らく、このぬいぐるみが元々、俺と無関係ではないからだ。》
「そうなの?ひょっとしてセラフィーナへのプレゼントだった?」
《お前には関係ない。》
ひどくないか?
今、俺とブラッドはある意味一心同体――いや違うな、二心二体……ってそれは普通か。ともかく、関係大ありだというのに……まぁ確かに、二人の間の事はプライベートか。
「ブラッドさぁ、何か色々大変そうなのはわかったんだけど、もうちょっとセラフィーナに話してあげられなかったの?可哀想だよ。」
《……お前が入った後のこと、大体は見ていた。お前なら彼女と話ができるみたいだな。》
「どういう事?」
《………。》
「そういうダンマリ、女の子は嫌がるって聞い――痛ぁっ!」
床についていた手を剣先でチクリとされた。
何でぬいぐるみに持たせた剣が鋭く作ってあるんだ!危ないだろ、絶対。
手を擦っていると、もう一度ノックの音。
「ブラッド様。お嬢様がお待ちです」
「あ、ありがとうございます。すぐ行きます」
《っおい!俺は置いていけ!》
「そうはいかないだろ!」
剣を抜けないようしっかりと両腕ごと捕まえて、俺はライオンブラッドと共にセラフィーナに会いに行った。
場所はすっかり恒例となったあのサロン。
彼女も風呂を終えた後らしく、夕食で会った時とは違うドレスを着ている。執事さんが出ていってから、セラフィーナは心配そうな目で俺を見た。
「それで、どうされたのですか?」
「驚かないでほしいんだけど、コイツがね。」
《………。》
足で立たせるようにテーブルに置いてみたけど、ライオンブラッドはぺたりと横に倒れる。こいつ普通のぬいぐるみのフリする気だ。
違うんだよ、と言うつもりで顔を上げると、なぜかセラフィーナの顔が少し赤い。何で?
「……セラフィーナ?」
「そっ、その、ライオンがどうかしましたか。別に、何も関係ありませんが。その子が剣士だから剣を持ってるだけで、絵本通りのカラーリングといいますか…」
「あ、これ絵本のキャラなんだ。もしかして、持ち主って君なの?てっきり屋敷のどこかに飾られてたのかと思ってたけど。」
セラフィーナがますます赤くなってしまった。
えっ、何で?
大人になってもぬいぐるみが好きな人は好きだし、ぬい活なんて言葉もあった世界の人間からすると、十八歳が絵本のぬいぐるみ持ってたって何も恥ずかしくないけど。
何か喋ってよとライオンブラッドの背中をつついたけど、反応なし。
「わたくしが、…持ち主だと、何でしょうか。」
「何って事はないよ。ぬいぐるみなんて女の子は皆好きだろうし、良いと思う。」
「……こほん。ブラッド様、ご用件は。」
「そう、それなんだけど…このぬいぐるみ、さっき勝手に動いてさ。」
「操作魔法で、予期せぬ動きになってしまったと?」
「いや、魔法使ってないのに動いた。喋ったし、自分がブラッドだって名乗るし。」
「………えぇと。」
疑わしい目で見られている…!そりゃそうだ。
俺だって「ぬいぐるみが喋った」なんて言われたら反応に困る。だから本人を連れてきたんだけどな。
「なぁブラッド。諦めてさ、起きてくれないか?」
《………。》
「……あの、ブラッド様…」
「ごめんねセラフィーナ、ちょっと待って。頭おかしくなったわけじゃないから。」
「それは――…いえ、何でもありません。異世界の方ですもんね…」
何か誤解されてる。俺は別に、ぬいぐるみが喋る世界の日本から来たわけではない。
ライオンブラッドは相変わらず動かない。
「…君がそのつもりなら、セラフィーナにある事ない事吹き込んじゃおうかな。」
一瞬、ライオンの手が動いた。
俺の方を見ていたセラフィーナは気付かなかっただろうけど。
「君の自室で見たものとかどう?俺と君にしか正解はわからない。いいのかな、未来の奥さんに変な――いや、変態だと思われても。」
《ぐっ……》
声が漏れた。あともう一押しだ。
セラフィーナの目が「まだ待たないと駄目ですか」と言っている。待ってください。
この短時間で二回も攻撃してきたくらいだ、ブラッドは少なくとも俺に対して短気。勝機はある。
「何せ俺は異世界の出……貴族の君が知りもしないだろう、とんでもない癖の存在だって」
《口を閉じろ変態が……!》
かかった。
ぬいぐるみの顔こそ変わってないけど、人だったらさぞ恐ろしい表情をしてるだろう、よくよくドスの効いた低音ボイス。
悪いねブラッド。ライオン君の顔じゃあ全然怖くないよ。
俺に剣を突き付けたぬいぐるみを見て、セラフィーナが青い瞳をまん丸にしている。
「ね、動いただろ?」
《お前、後で絶対に刺すからな……覚えてろよ。》
「怖い事言うなよ、素直になりなって。ほら、セラフィーナの方を向いて。」
「すっ――すごいです、ブラッド様!そんなに小さな剣を抜かせるなんて」
「え?」
反応がおかしい。
彼女は今明らかに俺をブラッドと呼んだし、たぶん魔法の話をしている。
「ぬいぐるみの操作魔法に加えて、その小さな剣の操作魔法も同時に発動したのですね。」
「いや…」
「一日経たずそこまで繊細なコントロールができるとは、確かに操作魔法のセンスがおありです。」
《まぁ、こうなるだろうな。》
何で?
仮に動くのは魔法だって思い込んだとしても、ブラッドは今、喋ってるじゃないか。
「ちなみに、このぬいぐるみをジャンプさせたい場合はまた違って、それは《浮遊魔法》の区分になります。Cランクですが、昼間のあの輝きが真であれば――」
「あの、セラフィーナ?」
「はい?」
「こいつの声って、聞こえる?さっきからちょくちょく、喋ってるけど。」
ライオンブラッドが、ふいとそっぽを向く。
セラフィーナは俺と彼を見比べて、ゆっくりと首を傾げた。
次回更新まで、しばし間が空きます。




