7.「もしかしてこれが、転生チート?」
「昼食を終えたら、魔法を実践してみましょう。」
「えっ、いいの?屋内でやったら失敗した時が大変なんじゃ。」
「まずは初歩ですから、部屋がどうにかなるような事はありませんよ。」
「大丈夫かな……フラグじゃないといいけど」
こう言ってはなんだけれど、Dランク程度の魔力で大規模な破壊はできない。
それもブラッド様はE寄り……不発こそすれ、暴走する事はないでしょう。食べ進めながら、先程までで気になった事があるかを聞いてみる。
「行儀が悪いけど、さっきの本を見てもいい?」
「どうぞ。」
ブラッド様が開いたのは、魔法指南書の魔法分類ページだ。
指で示されたのはCランクの項目。
「この例にある、《施錠魔法》……開ける方法って《開錠魔法》だけ?」
「そうですね、基本的には施錠した本人、あるいは本人が許可した相手が開錠できます。」
「そっか……俺の部屋、机の引き出しが一つ開かないんだよね。どうにかしたかったんだけど。」
「自室の机が?鍵穴はないのですか。」
「無かった。」
妙な話だわ。ブラッド様がDランクなら、施錠魔法も開錠魔法も使えない。それは絶対的なルール。
引き出しには鍵穴をつけ、それに合った鍵で開けられるようにするものだ。
「何か中で引っ掛かっているのでは?」
「引き出しの上に紙を差し込んでみたりしたけど、何もなくてさ。」
「……貴族が机の引き出しに施錠魔法をかけるのは、よくある事です。あくまで《自分の》ですけれど」
「誰かが何か隠したとか。」
「考えにくいですね。隠したいのなら、わざわざブラッド様の机に入れる必要がありませんから」
「だよね……ほら、日記があったらなって話。あの引き出しなら可能性あると思ったんだ。」
仮に存在するなら、そうでしょうけれど。
施錠魔法?別のからくりがある?
引き出しを出し入れする順番によって開けられるという仕組みを、聞いた事が…
「それか実は、ブラッドも施錠魔法が使えるんだったりしてね。」
「……残念ですが」
「わかってるよ、ランクによる使用制限は絶対、なんだよね。」
ブラッド様が立ち上がり、戸棚から小箱を取り出してくる。
ソファに座り直して箱を開け、彼はランクストーンをほんの少しだけ上に放った。掴んだ瞬間、ぱしりと音がして。
「俺はこの色なわけだから――……、あれ?」
「なっ……!?」
意味が分からない。
きょとんとしたブラッド様の手の中で、ランクストーンは黄色く輝いている。
二人してしばし、呆然とその光を見つめていた。
Cランクになっている――…そんな、馬鹿な事が。
「……えっと、セラフィーナ先生?」
「し…知りません。ランクストーンの色が変わるなんて、聞いた事もない。」
「それはやっぱり……俺が、転生者だから……!?もしかしてこれが、転生チート?」
チューニ病の症状は放っておいて。
どういう事?ランクストーンは魔力の最大値を測ると言われている、その最大値なんて偽証のしようがないのでは。本人に自覚がないのだからなおさら。
何か……他の制限を受けていた?
少なくとも魔法ではありえない、解除魔法など誰も使ってないから。ここ数日で変わった事なんて、我が家にお泊めしたくらいのはず。
あとは…失った剣?戻らない記憶?何だ、一体何が。
「これで明日Bランクになってたら、ちょっと面白いね…。」
面白がっている場合ですか。
ランクがどれほど重要か、未だ理解しきれていないのでしょうけど。
「…少し、状況についていけませんが……一旦しまって頂けますか。」
「そうだね。ずっと持ってても仕方ないし」
彼は素直にランクストーンを箱に戻し、戸棚へ納めた。
わからない事だらけだわ。考え過ぎて、食べているものの味すらしない気が………気のせいのようだ。おいしい。
落ち着きましょう。
何にせよ今のブラッド様は、魔法を使えるようになった方がいい。
剣術や体捌きは経験によるところが大きいでしょうし、やはり魔法戦闘ができなくては、何かあった際にひとたまりもない。
「食べ終えたら、まずは下級魔法ですね。」
「火とか水のやつだ。えっと……無形魔法とも言う。」
「正解です。魔法を使うには明確な想像が肝要だと言いましたが、その補助をするのが《詠唱》……魔法が正確に発動できるように結びついてさえいれば、どんな言葉でも構いません。」
「人によって結構違う?」
「ええ。文章や一言、単語でも……技名をつけている方も多いです。」
指南書のページをめくり、詠唱の説明がされている章を開く。
技名によって魔法の使い方を共有する事で、習得を早めるやり方もある。魔法を実際に幾度も見せ、「その技名=その魔法」と擦り込むのだ。
「あまり気にせず、ブラッド様が一番想像しやすい言葉を選べばいいと思いますよ。」
「君はどんな感じにしてるの?」
「至極単純です。」
少し乾いた喉を潤すために、水をこくりと飲み込んで。
グラスを置いたわたくしは人差し指を一本、立ててみせる。
「灯火よ」
爪先にポッと、火が灯る。
軽く指を振って火を消す――即ち魔法の発動を止めれば、ブラッド様は小さく拍手をしてくれた。
このような些細な魔法で拍手を頂くとは、むしろ気恥ずかしいけれど。
「すごい……本当に魔法だ!」
「この程度は、Eランクの方でも充分可能です。もちろん長時間ですとか、連発は難しいでしょうけれど。」
「早く食べちゃおう、試してみたくて仕方ない。詠唱何がいいかな…」
人がブラッド様の事で色々と頭を悩ませているというのに、本人ときたらこの気楽さだ。
うきうきした様子で食べ進めている、その仕草はどう見ても貴族のそれではなくて。食べ汚いわけではないけれど、夜会や食事会には到底出させられない。
『ブラッドも大変だったんだな、こんな体で……』
……まだどこか、他人事なのだろう。
生まれも育ちも、これまでお辛かったでしょう事も、これから考えねばならない事も、わたくしの婚約者である事だって。
ブラッド様はわたくしより一足先に食べ終わり、下級魔法についてのページをじっくり読んでから魔法に挑んだ。
わたくしは食後のコーヒーを飲みながら、その様子を見守らせて頂いて。
「えっと……火…いや、点火!……弱火……灯火、とか……燃えろ!う~ん…」
難航している。
火魔法は適性がないのかもと他を試して頂いてみたけれど、風も水も、光も闇も駄目だった。
一周回ってもう一度火を試しているものの、変わらず。
魔法が当たり前に存在している世界で生まれ育ったわたくし達と、魔法のない異世界で生まれ育ったと信じている今のブラッド様では、難易度にかなり差があるのかもしれない。
無理もないか……。
ブラッド様が肩で息をしながらこちらを振り返った。
よほど集中していたらしく、頬は赤らみ汗が滴っている。
「セラフィーナ、これ……あれなのかな。適性が全部ないっていうか。」
「そんな事はないと思うのですが…」
「逆に《特殊魔法》なら使えるとか、あると思う?」
「やってみなければわからない、としか。」
「やってみていいかな。流石に挑戦意欲がなくなってきた…」
「試してみましょう。少しお待ちを」
先程はランクストーンがCランクを示したけれど、敢えて難易度の高い方へ向かう必要はない。
まずDランクの特殊魔法を試して頂くつもりで、わたくしは廊下で待機している侍女に頼み事をした。
「お待たせしました。攻撃魔法はさすがに室内ですと危ないので、まず防御魔法、次に操作魔法を試すのはいかがでしょう?」
「お手本をお願いしてもいい?」
「わたくしでよければ。防御魔法とはその名の通り、身を守るためのもの…魔力による盾を出す魔法です。このように――」
ブラッド様の方ではなく、窓のある方へただ、空中に手を突き出した。
一瞬で、淡く輝く盾が現れる。大きさは五十センチほど、縦に長い六角形。
「すご……」
「防御魔法は、『間に合わなければ意味がない』……父の言葉です。これだけは詠唱なしでできるようにと、幼い頃から訓練してきました。」
「間違いないね。咄嗟に発動できた方がいい」
「それでも最初は難しくて、詠唱を心の中で唱えて発動できるようになってから、さらに慣らして反射的に出せるように……毎日少しずつ練習を積み重ねた結果です。」
もちろん、使わずに済むならそれが一番だ。
これを使うという事は、この身が危険に晒されたという事だから。
ブラッド様は両手を胸の前に構え、手のひらを外へ向ける。
「盾を出すイメージ…盾……ファンタジーな感じで……っバリア!」
彼が唱えた瞬間、淡く輝く魔力の壁が現れた。
成功だ。彼を包もうとするかのような半球状で――驚いたブラッド様が手を引いてしまい、ぐにゃりと歪んで消える。
「えっ!?今の…え、今の成功か?成功かな、どう?」
「ご安心を。成功ですよ」
「やった……!やっと魔法出せた…」
「幾度か練習すれば、安定していくと思います。すぐ終わってしまったのは、発動した事で動揺したせいでしょうから。」
「わかった。ありがとう」
ようやくの成功がよほど嬉しいようで、ブラッド様は「ひと休み」とソファに座った。
ハンカチで汗を拭い、彼用に準備したレモン水をぐいと飲む。普通の水をそのまま飲むよりは、酸味が混じる方が苦さが紛れるらしい。
「失礼します。」
開きかけの扉をこつこつとノックして、侍女が一人やって来た。
入室を許可すると一礼し、こちらへ。わたくしが頼ん――どうしてそれを抱えているの。
「お嬢様。ご依頼の物をお持ちしました」
「……なん、」
「こちらへ置かせて頂きますね。では、失礼致します。」
文句を言いたい。
言いたいけれど今、ブラッド様の目の前で言う事はできない。藪蛇になってしまう可能性があるから。
一礼して退室していった侍女が去った扉を見つめたまま、わたくしは、わたくしは。
「セラフィーナ。これは?」
「………操作、魔法の。練習用です…」
ぎぎぎ、と体の向きを戻して、微笑んだ。
テーブルの上には手のひらサイズの空き箱と、花を浮かべた小型の水盆、そして――…わたくしの部屋にあったはずの、ライオン剣士と黒猫魔法使いのぬいぐるみが置かれている。
「可愛いね。騎士と魔女かな」
「……そうですね……」
とても、彼の方を見れない。絶対に理解していないでしょうとはいえ。
頬が熱い。なぜこれを持ってきたの。考えない、考えないようにしなければ――そうだわ、操作魔法の、説明を。
「そ、操作魔法とは。物を引き寄せたり遠ざけたりする、物質操作の魔法です。生物に対しては使えません。」
「だから練習で、水に浮かべたやつとかあるのか……ぬいぐるみは?」
「場所を移動させるだけではなく、そのものに動きを持たせる操作の練習に使います。」
「人形劇もできるって事だ!」
「ええ、その通りで。」
ぬいぐるみの事は忘れてほしい。
今日のところは、空箱を動かすくらいで…
「おっ、箱動いたよ!面白いね、これ。」
「…水に浮かべたものは、少し難しいですよ?ぶれると沈んだり…」
「できた。俺、操作魔法は得意なのかも。詠唱もしなくていいし」
なぜ。
どうしてこれだけそんなに得意なの。やめてほしい。
基礎魔法の一つもできないくせに――駄目だわ、そんな事考えては。
「見て、セラフィーナ!ぬいぐるみも動いた!」
ブラッド様が、とても無邪気な笑顔でライオン剣士を歩かせている。今すぐ取り上げてしまいたい。
どうにか「一旦わかりました」と微笑んでみせると、彼は大人しく魔法を解いた。
ライオン剣士がぽふりと黒猫魔法使いに倒れ掛かる。まるで抱きし――
「あのライオン借りて、部屋でも練習していいかな。」
「い……」
嫌です。
いえ貸すべきでしょう、魔法に慣れるために。
「もちろん防御魔法も練習するけど、せっかくわかった得意魔法だから…」
駄目です返してください、一刻も早く。
わたくしが密かに恥ずかしいというだけで、断るなんて。
「やり過ぎないようには気を付ける。どう?」
無理です。
我慢すべきでしょう、彼はそれどころじゃないのだから。
「…いい、ですよ…もちろん……。」
「ありがとう、セラフィーナ!俺少しずつ頑張ってみる。」
「はい、がんばって……」
頬筋が引き攣る。
我慢、我慢するのよ。わたくしはこの方をお支えしなくては…
かたん。
何か音が聞こえて、テーブルを見る。
操作魔法のために侍女が持って来た物達が置かれているだけだ。……気のせいね。
緊張と焦りで空耳が聞こえただけ……今日は少し、疲れたのかもしれない。




