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自称転生者な婚約者のチューニ病が終わらない  作者: 鉤咲蓮
一章 転生者アズマ・カナタ

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4.「異世界の味は合わないのかも」




「状況を整理しましょう。」


 庭のティーテーブルへ戻って、わたくし達は改めて席に着いた。

 ランクストーンが放った橙色の輝きがまだ、目に焼き付いて離れない。


「頭を打ったブラッド様は、ご自分の事すら記憶がなかったのですよね。」

「そうだね。目が覚めて、頭が痛いなと思ったら知らない部屋で、包帯が巻かれてて……侍女の人?が、起きたんですねとか、日課の薬ですよとかなんとか……すぐ医者が来て、そこで『記憶がないです』って話をした。」

 何となく周囲の態度が冷たいと、その時にはわかっていたようだ。

 侍女も、執事も、誰も心配そうな顔はしていなかったと。


「アルヴィンが来て兄だと紹介されたところで、執事が言ったんだ。『今日は婚約者様とお会いになる予定でしたが、いかがされますか』。俺は婚約者がいる事に驚いて…」

「聞いたのですね。これまでのわたくし達について」

 紅茶は淹れ直してくれていて、わたくしは自分のティーポットとブラッド様に用意された物、それぞれの蓋を努めて自然な手つきで開ける。

 香りは同じ、ティーカップにも不審な点はない。ゆっくりと傾けて、それぞれのカップに注いだ。


「そう。俺は君を気に入らなくて、ひどい態度をとっていたと。正直その時は、そこまで嫌がるほどの相手なのかとも一瞬思ったけど…それにしても謝った方がいいと思って、途中でお菓子と花束を。で、実際に会った君は良い子だった。」

「ブラッド様。性格がどうだろうと、魔力が少ないのですよ。わたくしは」

「けど本当は、こっちの方がなかっただろ?本人が知らなかったとは思えない」

 ランクについてのメモを指先で叩き、彼は小声ながらも怒りを滲ませて眉を顰める。

 以前よく見ていた表情に近い。


「なのにブラッド――いや俺ときたら。ここへ来る度に暴言を吐いたり、君の花壇を荒らしたり、食器を投げつけたり、挙句の果てに君を叩いたとか」

「ちょっと待ってください。」

「何?」

「あの……わたくし、そこまではされていません。」

 小さく手を挙げてそう告げると、ブラッド様は「えっ」と声を漏らした。

 誰に聞いたのだろう、そんな所業を。


「確かにブラッド様はいつも不機嫌で、無口で無愛想で……せっかくこちらが振った話も一言で終わらせますし、自分からは全然話を振らないのに『つまらん』と仰るし、好みだってぐるぐる変わるしで困ったお人でしたが――それでも、決して。力を誇示して他人を傷付けるような、そんな人ではありませんでした。」

「…もしかして、話しぶりについては結構根に持ってる?」

「大変だったのですよ、以前のブラッド様とのお茶会。気まずくて。」

「ご、ごめんね……。」

 記憶喪失かつチューニ病でまるきり別人の貴方に謝られても、「違う」感覚が強くて、正直あまり気は晴れないけれど。

 問題はその話の出どころだ。


「ちなみに、どなたが言っていたのですか?」

「アルヴィンだよ。『そういう事をしていたから、セラフィーナ嬢はお前の事が大嫌いだろうね』と。」

「…どうしてそのような嘘を……」

「わからないけど、まぁ単に俺の事が嫌いなだけかもしれないな。」

 ブラッド様と婚約しているとはいえ、ケンドリック伯爵家が格下なのは間違いない。

 わたくしはアルヴィン様を「お義兄様」と呼ぶ許可を貰っていないし、お会いしたのはこの八年で数回程度。

 元々が畏れ多いほど光栄な婚約なのだ、それは仕方がないし当然と思っていたけれど……兄弟仲がそんなに悪いなんて。


「どうして信じたのです?先程はご自身で仰っていたではないですか、アルヴィン様の言った事なら、信じない方がいいかもしれないと。」

「あの時は情報が無さ過ぎて…ブラッドがそういう事をする人間だからこそ、あれほど兄から馬鹿にされてるのかなとも思ったし。それに何より、君が聞いた《黒髪嫌い》はちょっと、しっくりこなかったんだよね。」

「どうしてです?」

「ほら、俺の物って黒が多いから。」

「……どこがですか?」

 わたくしが聞いて初めて気付いたのか、ブラッド様は今一度ご自身を見下ろした。

 衣服も、カフスボタンや指輪にも、黒色は見当たらない。

 瞬いて、わたくしを見た。


「多いんだよ。」

「どこにですか。」

「……やっぱりやめとこうかな、何か……人の秘密を、暴露してるみたいで…」

「今更過ぎませんか?」

 魔力量の事など特に、禁忌に近い秘密だったのではないだろうか。

 それを知っていたら我が家はきっと、婚約を望みはしなかっただろうから。ブラッド様は「確かに」と素直に頷いた。


「部屋を見るとわかるんだけど、ランプシェードで合ってたっけ…あの、かさの部分とか。飾ってある絵の額縁とか、黒なんだよ。カーテンも…模様が金色だから、そこまで暗い印象はなかったけどね。全体的にシックっていうか。」

 ブラッド様が言うには、クローゼットにも黒地の服はあったし、棚の上には獅子(ライオン)の置物と、それに睨まれる配置で黒猫の置物があったらしい。


 ……獅子と、猫………いえ、偶然でしょう。あれをブラッド様に見せた事はないはず。

 彼の部屋に行った事もないけれど、それだけ黒を使っているのなら確かに、嫌いな色ではなさそうだ。


『帽子をかぶった方がいいかもね。弟は黒髪が嫌いなんだ。見ていて気が滅入るとかで』


 どういうつもりで、仰ったのだろう。

 当時はただ苦笑しただけに見えた美しい笑顔が、少し恐ろしく思えてくる。


「…アルヴィン様の事は、警戒した方がいいかもしれませんね。悪い冗談のつもりなのか、害意なのかはわかりませんが…わたくし達がこじれるように仕向けている節があります。」

「そうだね、鵜呑みにしない方が良さそうだ。」

「わたくしに会おうと決めた後は、何かありましたか?」

 聞きながら隣を見やると、ちょうど紅茶を飲んだところらしいブラッド様がまた、不快そうに眉を顰めていた。

 視線に気付いて取り繕っていたけれど…この味がそんなに苦手?

 そこまで好き嫌いが出るようなものでは……。


「包帯を取ってもらって着替えて…たかがシャツにズボン、ジャケット程度で手伝われかけてさ。だいぶ驚いたよ。」

「確か異世界…日本では、使用人は一般的ではないとか。」

「ないな、余程お金持ちとか、かなり古い家柄でもない限り……それで、侯爵邸を出る前に派手な女性と鉢合わせた。執事に聞いたら侯爵夫人だって言うから、一応『母上』と声をかけてみたけど。」

「……それは…」

「ああ、何か知ってる?笑われたんだよね、すごく。」

 笑った。それは普通の意味だろうか。

 いいえ…今思い出して嫌そうな顔をされているという事は、嘲笑の類(たぐい)。


「その方は後妻のマーシャ様……アルヴィン様のお母上ですね。」

「後妻で、兄の母?」

「はい。ブラッド様は侯爵閣下の最初の奥方のお子ですが、遅い授かりだったので……その。」

「ああ~…そういう事だったんだ。どうせならブラッドの母親の方に会えればよかったな」

「ヴィオラ様は、出産の時に亡くなったと聞いております。」

「……そっか…」

 わたくしがクッキーを一つ手に取ったせいか、ブラッド様も手を伸ばした。

 食べてみて頂きたかったから、敢えてわかりやすく取ったのだけど。


「こういう時、日記とか見つかると便利なんだけどね。ブラッドが何を考えてたのかわかるだろうし。でも机がなぁ…」

「ブラッド様が日記……ちょっと想像はつかないですね。マメな印象がないというか」

「そう?これだけ鍛えてるから筋トレはしてたと思うし、何だかんだここにも通ってたんだよね?」

「来ない日はありましたね。異世界風に言うと、どたきゃんです。」

「ごめん…」

「体調不良、との事で。わたくしは正直、それは疑っていたのですが……」

 ただ面倒になっただけなのかと、ばかり。

 しかしそれも、本当はどうだったのでしょう。次にお会いした時は体調を気遣うようにしたけれど、ブラッド様は「問題ない」と言うばかりで。


 問題がなかった。本当に?

 サザーランド侯爵家に生まれながら、魔力量がDランクだった貴方が。

 兄君に蔑まれ、継母に疎まれ、使用人すら貴方を立てない状態で。


 誰か、きちんと看病したのだろうか。

 そもそも、体調不良の原因は?

 本当に……ただの、問題ない、一時的な、体調不良だったの?


「ブラッド様」

「……ん、何?」

「あまり美味しくないですか?クッキーも、…紅茶も。」

 問いかけると、彼は実に苦々しく、申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん、顔に出てるよね。失礼だとはわかってるんだけど…料理とか、飲み物も全般、異世界の味は合わないのかも…」

「お出ししているこれらは香りも味わいも、クセが強くないものです。極端な味の偏りはないはずです」

「そうなんだ。もしかしてブラッドの好みで出してくれてた?俺が入ったせいで何か変わったのかも」

「いいえ、ブラッド様はいつもそうでした。たとえ前回と同じ物をお出ししても、その時々で感想が違っていて。」

「……?どういう事だろ。」

 わたくしは――…わたくしはどこまで、この方の事が見えていなかったのだろう。

 毎度文句をつけるという事は、ブラッド様ご自身も知らなかったかもしれない。


「サザーランド家で出される料理もダメなのですか?」

「うん、正直まずかった。わざとそういうの出されたかなと思って、あまり気にしなかったけど。相当な気分屋なのかな、この体。」

「…あるいは……」


 味覚障害。

 または、嗅覚障害……原因は強いストレスだろうか。


 今と同じように、ご実家ではわざとそういう味を出されていると思っていたなら。

 婿入り予定の当家からも口に合わないものばかり出されて……少なくとも、明らかに困惑していたわたくしが命じてやらせているとは、思わなかったでしょうけど。


 でもブラッド様は、自分がケンドリック家に歓迎されていないとは思っていたはずだ、確実に。


 それは文句も言うでしょう。侯爵令息としても、そうでなくとも、婿入り後の生活まで考えれば当然のこと。

 むしろもっと強く圧をかけてもよかったくらいだ、わたくしに「毎度何のつもりだ」と、作った者を呼べと言ったって。

 なぜそうしなかったの?


 どうして。

 もっときちんと話してくだされば、詳しく言って頂けたら、早くに誤解がとけていたかもしれないのに。

 わたくしはずっと、貴方が嫌がらせのようにこちらを困らせているだけだと、ばかり……。


「あの…セラフィーナ?顔が真っ青だけど」

「……何でもありません。」

「えーと…そう言われても。それが嘘なのは、異世界に来たての俺でもわかるというか。」

 頭が重たくて、テーブルに両肘をついた。

 組んだ手の甲に額をあてて、ブ(・)ラ(・)ッ(・)ド(・)様(・)の姿を思い出そうとする。


 無口で、無愛想で、つまらなそうな貴方。

 これまでの八年……貴方は一体、何を思いながら。

 どうして。


「大丈夫?…具合悪いなら、俺今日はもう……」

「考えていたのです」

 おかしな話だ。ブラッド様と話す時間なんて、いくらでもあったはずなのに。

 記憶喪失になって、自分を異世界からの転生者と思い込み、別人と化した貴方と話して、ようやく。

 今まで知らなかった事情が一つずつ、わかっていく。


 顔を上げて、息を吸った。

 心配そうな侍女達に、気にしないでと笑顔を向けて。


「…もしかするとブラッド様は、味覚障害があるのかもしれません。」

「……なるほど、口に合わないとかじゃなくてね?」

「味を確認するには香りも重要なので、嗅覚障害の可能性もありますが……それは後ほど少し、試させてください。」

 素直に頷いてくださるブラッド様の表情は、やっぱり別人のそれで。

 彼のチューニ病にあわせて言うならば、それは異世界転生者アズマ・カナタのものである。


 貴方に謝られても「違う」と思うように、

 わたくしが謝りたくても、今の貴方が相手では意味が無い。


 この八年どう思っていたかなど、わたくしが知る、あの不機嫌な横顔に聞くしかなくて。


 どうしたら記憶が戻るのだろう。

 でも記憶が戻ったら貴方はまた、わたくしとちゃんと話をしてくれなくなるのかしら。


「じゃあそれが終わったら、今日のところはお暇しようか?」

「いえ」


 侯爵邸には、少なくとも今のこの方が頼れる人間はいない。

 もう少し落ち着くまで、安全な場所にいた方がいい――…侯爵邸ではない、どこか。


「こちらへ泊まっていってください、ブラッド様。貴方を帰すわけにはいきません」




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