家庭教師の助言
「ねぇお姉様はそんなに優秀なの?」
勉強を初めてもう2年目の付き合いとなり気心の知れた家庭教師が来て勉強中に、ふと気になったことを先生に聞いてみた。
先生は急に質問した私にびっくりした様子だったけど、首を傾げてからこちらを見た。
もしや、すっご優秀というのは侍女の噂だけなのかと、少しだけ期待する。お姉様も苦労してたら良いのにって、あまりの覚えることの多さに、辛い私の心に小さな悪い気持ちが芽生える。
「ええ。とても優秀でしたよ。
あの、ローゼリンデ様唯一の嫡女様です。
ローゼリンデ様には大きく劣ると言われておりますが、その才能はちゃんと受け継いでおられますよ。」
ガクリと肩を落とす。そうか、お姉様は優秀なのね。だから、あんな分厚い難しそうな本をいつも図書館で読んでいたのね。一度お姉様が読んだことのある本を読めば少しは距離が縮まるかと思って、司書のおじいさんに聞いたら、びっしりと文字が書かれて、私が読める文字がほぼない本を手渡された。
あまりにびっくりしておじいさんを見たけどおじいさんも「わしも全く理解ができんのだよ。聖女様は本当にできが良いようで」と言っていた。
ますます気持ちが落ち込んで、どうやらしばらく復活できそうもない。
「そうかー。じゃぁ私ではお役に立てないわね。」
「落ち込まないでください。こちらの伯爵家では、ローゼリンデ様はその優秀さから、あまり女性の社交場への出入りをされておりませんでした。
聖女様は聖女なので、教会行事は参加されますが、社交はほぼされません。
そのために、今は奥様が奮闘していらっしゃいますが、なかなかのようです。
誰かが女性の社交を担うことができれば、伯爵家は凄く助かると思います。
だから、アン様は女性の社交場でその力を発揮していただければ、伯爵家ももっと良くなりますよ」
「そうなの?」
「はい、そうですよ。
それに伯爵家には、僭越ながら聖女様以外にお子に恵まれませんでした。あの頃は王家にはセドリック殿下しかおられなかったので、自然と聖女様とセドリック様の婚約が決まりましたが、そのために伯爵家の後継者問題は、空白のままでした。
ローゼリンデ様は優秀でありながら、そこはあまり憂慮しておられなかった様子ですね。
ですので、アン様が沢山勉学に勤しまれましたら、アン様のご主人が伯爵家を相続する可能性があります。
ですので、アン様が一生懸命勉学に励むことは、とても大事なのことなのです」
ガバっと顔を上げて、先生を見た。バカにしているとか、嘘ついている様子はない。穏やかに私を見ている。
そうか、私は、この家の娘だ。
いつかお姉様はセドリック様と結婚して、この家から離れて王妃になる。その時に後継者がいない時には、私が婿を取ってこの家をまもる必要があるんだ。
なんだか落ち込んでいる暇がないことに気づいて、もう目からウロコがポロポロこぼれるような気持ちになった。
「元気になりましたか?
では続きを頑張りましょうね」
「はい!頑張ります!」
メラメラとやる気が湧き上がってきた。私は落ち込んでる場合じゃない。お母様やお父様のためだけじゃない。お姉様のためだけでもない。この伯爵家の皆や、領民は・・・ほとんどあったことがないからわからないけど、領民のために頑張って勉強して、そして、皆をお腹いっぱいで悲しむことがないようにしてあげたい。
自分たちみたいな悲しい事が起こっても、毎日ご飯が食べれなくて、泣いて過ごすことがないように私が頑張ってみせるんだ。
そのためにはまず難しいお姉様が読んでいたような本を読まないといけない。私はもっとたくさんのことを知りたくて、先生の言葉に素直に従って、更にお父様とお母様にもお願いして、勉強の時間を3倍に増やしてもらった。
私は9歳の子供の頃に習ったことしか知らない。
それも少しの読み書きと計算だけ。
ソレだけじゃ足りない。もっと沢山本を読むと、いろんな事ができるようになるって、先日セドリック様が言ってくれた。
私はまだ14歳で学ぶほど多くのことができるようになる年頃だと皆が教えてくれる。
セドリック様も、お父様も、お母様も、家庭教師の先生も、屋敷の皆も私を応援してくれている。
私は頑張るんだって、自習も増やして図書課で過ごす時間もずっと増えた。
そして、お姉様とお会いすることも増えた。
あんなに必死だったのに、部屋をノックするより、難しい本のたくさんあるここに来る方が会えるんだって思うと、ちょっと拍子抜けしてしまった。
よかったら、今後のために読んだほうがいい本を教えてもらえるよう頼んでみようと思って、お姉様がいた場所を見たけど、そこには一冊の分厚い手書きの本?のようなものがあった。
なんだろうと、じっとそれを見る。
「土壌改良⋯肥料。聖女の、力の活用⋯⋯ない⋯?
なにこれ?」
こんなところにあるにしては全く不釣り合いな本を手に取りめくってみた。色々と走り書きのようで、落ち着いて書いている場所もある。専門的な言葉が多くてわかりにくいけど、同じぐらい面白かった。
「波紋状⋯に、広がる魔力⋯⋯波紋?波紋ってあれ?石投げたときにふわーってなるやつ?」
「何をしているの!返しなさい!!」
読んでいるのに大声で叫ぶような女性の声が聞こえたと思うと、本が奪われて眼の前にお姉様がいた。お姉様の足元には本が散らばっている。
肩で荒い息をしながら、私を見ている。
「少し目を話すと私物まで勝手に触るのね。うんざりだわ。触らないでコレは大事なものなのよ」
「ま、待ってください。もう少し、もう少しだけ読ませてくださ⋯」
パシリと伸ばした手をはたき落とされる。
「いやらしいわね。やめてちょうだい。コレは私のものよ」
「お姉様。でも私はもっと色々と知りたくて、伯爵家の一員としてふさわしくなりたくて」
「何度も言わせないで。貴方は私の妹ではないし、妹にはなれないのよ。
そこまで言うならそちらの貴族の血統や相続に関する本でも読めばいいわ。読めば、私の言いたいことも分かるはずよ」
「お姉様!!」
「失礼するわ」
そう言って、こちらを見ることなく、ノートは奪われて、お姉様は背を向けて去っていった。
わからないことが多いけど、土壌改良とか、肥料、聖女の力は波紋状に広がる。といった謎の多い言葉は、私の心を鷲掴みにしていた。
夜になり、ゴロゴロとベッドで転がっても、どうしてもあの本が気になった。お姉様はあの本を自分のだと主張したけど、伯爵家の図書館にあるなら、伯爵家のものよね。
ということは、少しぐらいかしてもらっても、読ましてもらってもいいよね?
「ああーあの剣幕だと、たぶん無理だろうなー。でも読みたいなー。少しでいいからかしてもらえないかな?
よし! お父様とお母様にも相談してみよ」
いつまでもグズグズと悩むのは好きじゃない。
そうだ、それに明日は教会行事があるからお姉様は出かける日だし、その日にはセドリック様が来られる。
セドリック様にも、今日のことを聞いてみよう。
そう思うと、俄然やる気がでてきた。
先生も、沢山学ばないといけないと言っていた。
いつかこの家から出ていって王妃になるお姉様。
王妃は直轄領がないって先生が言ってたし、なら、お姉様が成人する18歳までにあと2年しかない。その間にしっかり読ませてもらわないと自分のだと言って持っていってしまうともう二度とあの本が読めなくなるかもしれない。
私は伯爵家のためにも、あの本をどうしてももっとしっかり読み込ませてほしかった。




