アン王宮へ①
ある昼下がりの王宮
「へ……? なん……だと……?」
王宮の一角にある財務執務室で、書類を検分していた財務書記官の男は、手にした一枚の書簡(請求書)を二度見、三度見した。あまりの衝撃に、目の前が真っ白になる。
そこに記されていたのは、グランド伯爵家・ユリウスの名で送られてきた、正式な損害賠償請求書であった。
【請求目録:ローゼリンデ亡伯爵夫人が海外より招聘した超希少蔵書5冊、および極めて価値の高い外国語大辞典1冊の不可逆的汚損・破壊に対する補償】
【請求金額:金貨数百枚(※地方都市の年間税収、あるいは王宮近衛騎士団の半年分の維持費に匹敵)】
「ひ、ひえええぇぇぇっ!? ろ、6冊で……家が何軒建つと思っているんだ!? こんな金額、王子の裁量枠で払えるわけがないだろうがぁぁっ!!」
書類を叩きつけ、泡を吹いて倒れそうになりながら、財務書記官は王宮の廊下をなりふり構わず爆走した。
「陛下!! 陛下ぁぁぁっ!! 大変でございます!!!」
作法や礼儀、儀礼のすべてを忘れた書記官が国王夫妻が優雅にお茶を楽しんでいた謁見の間へ飛び込んでいく。あまりの醜態に周囲の者さえ止められなかった。
驚きに目見開き固まる王夫妻に、書記官が前髪を振り乱して土下座する。無礼は承知だが、もうどうすることもできなかった。
「何事だ、見苦しい! 財務書記官ともあろう者が、大声を出すな!」
「申し訳ございません陛下! ですが、ですがっ!! セドリック殿下が……セドリック殿下がとんでもない浪費……いや、器物破損をおやらかしになりました!!」
「……は?」
首をかしげる国王と王妃の前に、震える手で差し出されたのは、グランド伯爵家の紋章が押された厳格な請求書であった。そこに書かれた桁外れの金額を目にした瞬間、国王の顔から一切の血の気が引いた。
「な……なん……なんだこの金額はっ!? 請求元はグランド伯爵家!? たかが本数冊で、我が国の騎士団が吹っ飛ぶような金を要求されているというのか!?」
「はい! 殿下がご友人方をお連れになり、伯爵家の貴重な海外蔵書に手袋もせず直接書き込みをし、ページを折り、インクで汚損したとのことで……! 司書からの警告も無視されたと記載されております!」
「セ……セドリックめがあぁぁぁっ!!!」
国王の叫びが謁見の間に轟いた。隣にいた王妃も、あまりの金額に扇子を落とし、失神しかけている。
「すぐだ! すぐにセドリックをここへ呼べ!! あの馬鹿息子を今すぐ引っ立ててこい!!! 怒らせたら何をするか分からない危険人物なのに、なぜセドリックの奴はわざわざ虎の尾を踏みに行くんだ!!
どのような言い訳をするのか、吐かせてやる!!!」
怒号が飛び交う王宮。
しかし、この時の国王も財務書記官も、まだ知る由もなかった。
これが悲劇の幕開けとなることを……。




