天才魔導士⑥
ユリウスさんが去ってから、私たちは書斎の隅に机を寄せ合い、辞書と手記を並べて頭をつき合わせた。
「外国語の辞書……ここに出てくる言葉、何度も同じものが繰り返されてる」
マレクさんが手記のページを指でなぞる。見慣れない綴りの単語が、あちこちに散らばっている。
「これ、地名だと思います。この国の言葉じゃないので」
「地名?」
「はい。国立図書館に、周辺国の地誌の本があったはずです。少し借りてきます」
マレクさんが飛び出していくのを見送りながら、私は手記の余白に書かれた小さな走り書きを、もう一度読み返した。
『――あの国の沿岸は、貝殻の山だという。使えるか?』
「セドリック様、これ見てください。貝殻の山、って書いてます」
「貝殻……」
セドリック様が眉根を寄せる。しばらくして、マレクさんが息を切らせて戻ってきた。手には分厚い本を抱えている。
「見つかりました! この言葉、沿岸部の小国の言葉です。地誌にも、貝類の産地として有名だと書いてあります」
「沿岸部……貝殻……」
カルネオさんが唸るように呟く。私は、頭の中で色々なことがバラバラと繋がっていく感覚に、思わず声を上げた。
「待って。貝殻を、高温で焼くって、ユリウスさん言ってましたよね。炉の設計も、貝殻を焼くためのものだったら――」
「貝殻を焼くと、灰になる。それを、土に混ぜるのか……?」
セドリック様が呟いた瞬間、マレクさんが手記のページを勢いよく捲った。
「ここです! この魔法陣、貝殻を焼いた後の灰を均一に土壌に撒くための、拡散の魔法陣かもしれません!」
「じゃあ、炉で焼く理由は――」
「土壌改良だ! 貝殻の灰を、肥料として使う気だったんだ!」
カルネオさんが叫んだ。私も、セドリック様も、マレクさんも、しばらく言葉が出なかった。
貝殻の産地。焼くための炉。撒くための魔法陣。全部が一本の線で繋がっていた。
「ローゼリンデ様は……この国にない貝殻を、遠い国から手に入れて、灰にして、土に還そうとしていたんだ」
セドリック様の声が震えている。
私は、震える手で手記を胸に抱きながら、確信していた。これが、答えだ。
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その翌日、私たちは再びユリウスさんの元へ向かった。今度は、お父様にきちんと許可を取って、正式な訪問として。
「答えが出たので、判定していただけますか」
そう告げると、ユリウスさんは眉ひとつ動かさず、私たちを見た。
「どうぞ」
「沿岸部の貝殻を焼いて灰にし、土壌改良の肥料として使う。そのための炉と、灰を均一に撒くための魔法陣です」
しばらくの沈黙があった。時計の音だけが響く。
「……そうだね」
短い一言だった。それだけだったけれど、私は思わず飛び上がりそうになった。セドリック様と顔を見合わせ、カルネオさんとマレクさんも、こぶしを握り合って喜んでいる。
「ここで騒がないでもらいたい」
ユリウスさんは、それ以上何も言わなかった。けれど、去り際に一度だけ、私の抱いた手記を見たような気がした。
「ありがとうございました! 私、また頑張ります!」
そう叫んだ私に、ユリウスさんは今度も振り向くことはなかった。
でも、確かに一歩、また前に進んだ。そんな気がした。




