アン②
「イリスティア、また具合が悪いと聞いたんだ。大丈夫かな?」
「今日は誰にも会いたくありません、お帰り下さい。
何度もお伝えいたしましたが、具合の悪いときに見舞いは不要です」
「しかし……、そうだ、花を持ってきたんだ。和むと思って」
「……何度もお伝えしましたが、頭が痛いときに香りの強い花は遠慮していただきたいのです」
セドリック王子様が、婚約者のお姉様のために花とブローチを持ち扉越しに話しかけるが、お姉様の部屋に続く扉はあかない。ただ冷ややかで不機嫌そうな声だけが返ってきていた。
声が近いから、扉の向こうにいるのは間違いないのに、頑なに扉を開けず、拒否してばかりでセドリック様の落胆に胸が潰れそうだった。せっかく花まで用意してきてくださったのに、どうしてそんなに邪険にできるのだろう。
「分かった。今日は帰るよイリスティア。ブローチを、預けておくから明後日の教会への祈りの儀式のときにつけてくれると嬉しいよ。
では、明後日、迎えに来るよ」
「………ええ、そうですね」
セドリック様が隣に立つ私を見て困ったように笑うと、花とブローチを渡してきたので受け取る。
「まったく、何度花を持ってきても、あの調子だ。喜んでくれたことなんて、一度もないんじゃないかな」
セドリック様は肩をすくめて、心底不思議そうに呟いた。
と、もう一つ渡してきて、驚き顔を上げるといたずらに成功した子どものように微笑み、ウインクして静かに去って行こうとするから、思わず呼び止めた。
「わ、わたしがお姉様に、頼んでみます!
その、気分転換は必要だと思うのです。だから、庭で待っていていただけませんか?」
「フフ、ありがとう。では少しだけ待つよ。バラ園にいるから」
「はい!!」
元気に返事をしてから、私宛のプレゼントらしい箱をポケットにねじ込み、息を整えて、心を強く引き締めて、ドアを叩き、そして返事を聞く前に扉を強引に開いた。
「お姉様、セドリック様のお見舞いの品です。お受け取り下さい。それと、お庭へ散策に行きましょうとおっしゃって……」
案の定お姉様は扉近くの壁に背を預けていた。
腕を組み静かにわたしを見るが不愉快そうにその眉間には、深いシワが刻まれていた。
「うるさいわね。出て行って。
それに、花はいらないと言ったはずよ。聞こえなかったの?
――何度言えばわかるの。頭が痛いと言っているのに、匂いの強い花を持ってきて、あげく薔薇園に行けですって? だから貴方たちが嫌いなのよ。それ、捨ててきてちょうだい。
私は少し横になるわ」
「なっ! お姉様!!」
「出ていきなさい!
貴方が私に指図できると思わないで。私に妹などいないわ」
その言葉に、息が止まりそうになると同時に、喉の奥まで言葉がせり上がる。
『私だって、貴方を姉だと思ったことなんて、本当は一度もないもの。ただ、お母様が貴方を気にかけているから、私はそれに応えたいだけ。
体調が悪いって言うけど、教会の儀式にはちゃんと出てるじゃない。本当に辛いなら、それだって休めばいいのに――』
だが飲み込んだ。飲み込んで微笑む。
せっかくお姉様のためを思ってお知らせしたのに、お姉様は冷たく言い放つと、私を追い返すように扉を閉めてしまった。
なんてお気の毒な殿下……。気になってお庭へ追いかけると、困り果てたご様子で佇む殿下の姿があった。
「やっぱりだめだったかい?」
「はい……。でも、お花もブローチも、きっといつか喜んでくださいます。今日は虫の居所が悪かっただけです」
「そうだね、僕もそう思うよ。まったく、少し優しくされただけで、あんなに邪険にするなんて」
殿下は苦笑しながら、バラ園のベンチに腰を下ろした。その表情には、反省の色など微塵もなく、ただ「今日もまた理解されなかった」という戸惑いだけが浮かんでいた。
その姿に、四年前に出会ったあの日を思い出した。
あの日も、イライラと八つ当たりを繰り返すお姉様に疲れて庭を歩いていた。そこにいたのは同じくお姉様の八つ当たりの被害者で、もうお帰りになっているはずのセドリック第一王子だった。
寂しそうな背中にぐっと何かが湧き上がり、思わず声をかける。
「あの……殿下、大丈夫ですか? 元気出してください!」
「ああ、君は……」
「お姉様ったら、なんか性格悪いですよね!! せっかく来てくださった方にこんな態度をとるなんて、信じられません!」
私が思っていることをスパッと言うと、殿下は目を丸くしたあと、耐えかねたように吹き出した。
「ふ、ふふっ……! 国を守る聖女様に、そんなことを言っちゃ駄目だよ……えっと」
「アンです! お母様の再婚で、この家の娘になりました。よろしくお願いします!」
ペコリとお辞儀をして顔を上げると、殿下は息を呑むように私を見つめていた。
そして、眩しいものを見るような優しい笑顔で、そっと私の頭を撫でてくださったのだ。
「よろしくね、未来の妹ちゃん」
――トクン、と胸が大きく跳ね上がった気がした。
お姉様はあんなに冷たいのに、殿下はなんて優しくて素敵な方なのだろう。
この出会いが、私の運命を大きく変えることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった――。




