千里眼の男③
「どうぞ。何を聞きたいんだい?
何でも答えてあげよう。ただし、その扉を通るまでだ。
その後は、すべてを答える機会はないと思ってほしい」
ニコニコと笑っている。なんというか、人を食ったような笑顔で、何を考えているのか分からない。千里眼だの未来視だのと言うけれど、そんな魔術は聞いたことがない。
大丈夫、目の前にいるのは「天才」という、ただの人間だ。怖くなんかない。
「私たちがどうしてここに来たのか、なぜ聞かないんですか?
どうして三つ目で、あなたは責任を取らないんですか?
あなた、個人事業とか言ってますけど、それ、伯爵家のお金でやってますよね?
それを分かっていて、そんなことを言うんですか?
第一、あなたがずっと続けてきたことを、これからセドリック様も資金を出して、人も物も集めてくれるのに、おかしくないですか?
私たちがやろうとしていることは、あなたの夢でもあるんじゃないですか?
それだけじゃない、あなたの大事なローゼリンデ様の夢でもあるんじゃないんですか?
だから、こんな辺境でずっと引きこもっているんですよね?
違うんですか!」
ユリウスさんの余裕は、まったく変わらない。表情も態度も落ち着いたままで、私ばかりが熱くなっている。私と彼の関係は、まるで火と水のようだと思った。
「順番に答えよう。
まず、君たちが来た理由は簡単だ。
教会で聖女が祈りを捧げる。その魔力は王都の教会から広がり、各教会の魔法陣が反応して、精霊の祝福を受けた魔力を、静かな水面に波紋が広がるように王国内へ行き渡らせる。それが聖女システムだ。
そのシステムの効果が及ばない場所で、王子と伯爵家の力が及び、誰にも知られず実験ができる土地。そんな好都合な土地は、ここだよ。僕が今いる、ここ。
ローゼン商会のグラトニー実験農園」
ゆっくりとした語り口だったけれど、あっという間に見透かされて、顔が赤くなった。
この人は、何の資料もなく、ここを選んだ理由を言い当てた。
私たちが一年かけて読み解いた資料を見ることもなく、同じ答えにたどり着いたんだ。なんて恐ろしい。
「次に、僕が責任を取らない理由だ。
僕は、僕の行ったことに対して、すでに責任を取っている。
実験地を活用し、その過程で出た成果を利用して資金を作り、従業員を養っている。伯爵家さえも、僕の資金を利用している。
君たちは?
君たちが国の未来を背負うと言うのなら、その成果に対して責任を負うべきだ。
失敗には罪を、成功には称賛を。
君に、失敗したときにそのすべてを受け入れる責任はあるのかい?」
微笑みながら、ユリウスさんは私に覚悟を迫っていた。
コチコチと秒針の音が聞こえる。
一時間のようにも、数時間のようにも感じた。
数秒だったのかもしれない。
セドリック様も沈黙している。
ポーン、と大時計の鐘が鳴った。
「私は! 逃げません。ちゃんと責任を取る覚悟があります」
「僕も、この国の王子として、逃げるつもりはない」
「ならよい。
最後に。この事業はローゼリンデ様が始め、伯爵家の傍系である僕を探し出して協力させ、あのお方の死をもって、すべてが僕に引き継がれた。
ローゼリンデ様のすべては、僕のものだ。
そして、僕の商会の資金は、伯爵家の財務の穴埋めとして渡している。
君の生活は、僕の労働の対価で賄われている。
自覚を持って、ぜいたくは控えるべきだ」
驚いた。お父様からそんな話は聞いたことがなかったけれど、納得はできた。
だから、お父様はこの人を「ユリウス様」と呼んでいたんだ。
「で、でも、あなたのローゼリンデ様は!」
「ローゼリンデ様のことは、十三年共にいた僕のほうが、君よりよく知っている。
なぜあのお方がこのようなことを始め、なぜ死なねばならなかったのか。僕はすべてを知っている。
僕の前でローゼリンデ様の意思を語ることは許さない。相応の覚悟があるなら別だが……」
「でも、この手記を見た私には分かるんです! ローゼリンデ様のお気持ちが!」
「やめるんだ、アン!
すまない、ちゃんとあとで説明するから……本当にすまない、ユリウス。許してほしい」
セドリック様が私を抱きしめ、ユリウスさんに謝る。その顔を見て、ただ事ではないと感じた私は黙った。
でも、この手記には『聖女に負担を強いることで聖女は特別視されるが、そもそもそれは間違いではないのか?』とか、『聖女システムは欠陥である。国の農耕政策の発展こそ未来がある』とか、書いた人の思いが詰まっていた。
私も、セドリック様も、これを読んだ皆が、感動し、共感した。私はその思いを、ローゼリンデ様の意思を、ユリウスさんとも分かち合いたかった。
でも、今は無理そう。
伝わらないって、悲しいな。そう思っていた。
「他に質問がないなら、これで終わりにしよう。
では、王都で」
立ち上がったユリウスさんが、初めて頭を下げた。
その姿に、涙がこぼれた。
色々あったけれど、結果として、国一番の天才が頭を下げて、私たちへの協力を受け入れてくれたのだ。
伝わらないと悲しんだけれど、そんなことはなかった。ちゃんと情熱を持って伝えれば、伝わるんだ。
小さな一歩だけど、その確かな一歩が、私は嬉しかった。




