天才を求めて①
セドリック様から紹介したい人がいるから待っていてほしいと言われて、私は図書館で本を見ながら待っていた。分からない言葉の羅列や右から左、上から下にと流れる矢印、何度も◯で囲まれた文字。何を意味しているのか単語を追うだけの私には理解が追いつかなかった。
今もたくさんの参考になりそうな本を広げているけど、この本も問題で、外国の文字がたくさん並んでて、しかも専門用語や、珍しい言葉だったりするから辞書まで広げて大騒ぎな状態だ。
家庭教師の先生にも見てもらったけど、苦笑いされて「ごめんなさいその国の言葉は専門外なの」と言われた。どうやら、複数の国外の言葉が利用されているらしい。調べた限り5か国語を使っている……とセドリック様がいっている。
「天才すぎるでしょ? 5カ国ってそれなんなのよ。
冒頭の我が国の農業の遅れは10年を超えている。っていうところぐらいよまともに読めたのは…………」
がっくりと肩を落として泣きそうになりながら手記に外国語の翻訳をふりがなで書き込む。本当はここに書くのは良くないと思ったけど、もう無理だ。小さく書くぐらいなら良いだろう。セドリック様も苦笑いしつつ仕方ないと言ってくれたし。
そうしていると、ノックの音が静かな図書館に響き、司書のおじさんが、おどおどした態度で二人の男性をこちらに連れてきた。
「またせたねアン、彼は僕の従兄弟で大公家の長男。
彼が生まれた頃からローゼリンデ様と大公家は交流があって、色々と独自路線で土地の研究も父上とされていると聞いていたから、今回来てもらったんだ」
「初めまして。ルビトールと申します。セドリック殿下から、大変興味深い研究をされていると伺いまして」
その人が言葉を発した瞬間、私は危うく手に持っていたペンを落としそうになった。
なにこの人......!まるで恋愛小説の挿絵からそのまま飛び出してきたみたい……っ!
光を浴びてキラキラと輝くサラサラの銀髪に、吸い込まれそうなほど美しい切れ長の目元。立ち姿ひとつ取っても、立ち振る舞いに洗練された気品が溢れ出ている。
騎士様らしい力強さのあるセドリック様とはまた違った、知的で不思議な魅力を持ったお方だった。
「ア、アンですっ!あの、伯爵家の二番目の娘です!よろしくお願いします!」
思わず声がひっくり返ってしまい、自分の顔がカッと熱くなるのが分かる。
落ち着け私!今日の目的は、この国の未来がかかった勉強会なのだから!
深呼吸をしてから、私はペンを置いたあと、テーブルの上にある『ローゼリンデ様の手記』の裏表紙を勢い良く広げて机においたが、慌ててしまいバシッと音がでた。
「これはまさか……」
「はい!私とセドリック様が見つけた。ローゼリンデ様の手記です」
「なるほどやはり…………、中を確認しても?」
「……はい、でも私のですからね。取らないでくださいね」
ちらりとセドリック様を見て、大丈夫というように力強く頷いたから、私は渋々本を渡した。
二人とも私と対面に並んで座りゆっくり本を見ている。そこでふと、私の本とか言っちゃったけど、お姉様の本でもあるし、伯爵家の本だけど、私のって言っちゃって良かったかなとか、どうでもいいことが頭に浮かんでは消えていった。
ルビトール様は静かにページをめくり、長くて美しい指をすっと止めた。そして、何かを確かめるように小さな声で呟く。
「この肥料、単体で使いすぎるとよくないな。石灰と灰を併用した方が土に優しいはずだが……他にどんな組み合わせがあり得るだろう。それに、この配合はどこで手に入るものなんだ? 何の効果を狙ったものなのか……」
真剣な眼差しでノートを見つめるその横顔に、私はすっかり見とれてしまっていた。
セドリック様がこの手記を初めて見た時は「世紀の大発見だー!」って私の肩をガシガシ揺さぶって興奮していたけれど、ルビトール様は全然違う。
中身をちゃんと読み込んで、静かに思考を巡らせているのだ。
すごい……!やっぱり噂通りの天才なんだわ!
「すごいです! ルビトール様!やっぱり天才って噂は本当だったんですね!」
私がパチパチと手を叩いてはしゃぐと、ルビトール様はふっと目を伏せ、照れたように優しく微笑んだ。
「僕は普通ですよ。天才と言うのなら、この手記を残されたローゼリンデ様でしょう。正直、僕にもまだ分からないところがたくさんあります。……もし、これを本当の意味で解析できる人がいるとすれば、それはきっとただ一人」
「え?」
「――ユリウス、でしょうね」
ルビトール様はその名前を、どこか噛みしめるように呟いた。
……ユリウス? 何度か聞いた名前だった。
天才という言葉を使うと、必ずついてくる名前だ。
「でも大丈夫ですよ、アンさん」
首をかしげる私に、ルビトール様は自信に満ちた笑みを向けた。すっと美しい指でノートの一箇所を指し示す。
「僕にもわかる部分はあります。例えばここ――畑に石灰を撒き、さらに焼き払うと書かれている」
「えっ!畑を焼いちゃうんですか!?」
「ええ。これは『焼畑』という高度な農法です。畑を一度焼くことで、土の中にいる害虫やその卵を根こそぎ焼き払うことができる。そして残った灰と石灰が、そのまま強力な栄養(肥料)になるんです。害虫駆除と栄養補給……まさに一石二鳥の完璧な理論ですよ!」
フフと優しく笑いながら、少し得意げに胸を張るルビトール様。
感心したように何度も頷くセドリック様との対比が美しい。
す、すごい......!害虫もいなくなって栄養にもなるなんて、なんて合理的で素晴らしいの!?
「まあ、土地を休ませる期間も必要だとか細かな記述もありますが……大まかにはそういうことです。この手記があるなら僕たちだけでも再現できますよ」
「本当ですか!?やっぱりルビトール様は天才です!セドリック様、やりま――」
「――ええい!ここで何をしているのだ!!」




