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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
隠されているもの
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キングの怒りを買う2

「最上くん」


 決意を新たにして校長室のドアをノックしようと手を伸ばしたところで、これから対峙する恵那本人に声をかけられた。


 よく考えれば理事長である父が職員室にいたのだから、恵那もそこにいたのだろう。早歩きで光彰を追いかけてくると、眩い笑顔を見せた。


 光彰はその笑顔に嫌悪感を感じながらも、自らも笑みを作ってそれに応える。出来るだけ優雅に、余裕を持っていると相手に見せかけるために、気取られぬように深呼吸をする。


 務めて冷静なフリをしながら、恵那に向かって頭を下げた。


「申し訳ありません、遅くなりました」

 

「いやいや、こちらこそ突然呼び出して申し訳ない。さあ、入りなさい」


 そう言うと、一瞬その表情が奇妙に歪ませた。これからの話の中で、自分が優位に立てると予想しているのだろうか。笑いを堪えているつもりなのだろうが、それがまるで隠せていない。


「失礼します」


 光彰は、その恵那の浅ましさに辟易としながらも、敵の待つ室内へと入った。


「そこに座ってもらえるかな」


 恵那は光彰に応接用のソファへ座るように指示をした。そのソファの眼前には、大きなデスク、頭上には歴代校長の顔写真が並び、ちょうどその間には、広大な敷地の校庭と学生寮が見えていた。視界の端には、丘を下った先に見える住宅街の一部も見えている。


 恵那は以前、ここから光彰と黎が昼寝をしているところを見ていた。恵那には、あの時もだが、おそらくそれ以前からどうにかして光彰に一泡吹かせようと企んでいた節がある。


 理事長の息子のアラを探し、辰之助を追い落とす。そして、いずれは自分がその椅子に座る。そんな青写真が恵那の頭の中では描かれているのだろう。


 そして今、彼の中では、理想の自分へと確実に一歩近づいている。そう思っているのがよく分かるくらいに、恵那は愛想も機嫌もすこぶる良い。


 その姿を見ていると、光彰は思わず冷静さを欠いてしまいそうになっていた。


「さて、最上くん。単刀直入に言わせていただきますが、君は今日付で謹慎に入ってもらいます。有期限停学期間いっぱいの三ヶ月間、自宅で謹慎してください。停学期間は在寮することが出来ませんので、この後すぐに寮から出ていただきます。いいですね?」


 先ほど辰之助と話した時に予想していたからか、停学という言葉にもそれほど腹立たしさは感じられなかった。辰之助はこれを見越して敢えて息子と顔を合わせたのだろう。父の思いを推察して、光彰は冷静さを取り戻した。

 

「——先生、それは学校側があの噂を信じたという認識でよろしいんですか?」


 恵那はその言葉を聞くと、突然肩を震わせて笑い始めた。

 

「何を言うかと思えば……」

 

 純粋な勝ちへの喜びのみが溢れるその笑顔は、光彰の背筋をすっと冷やしていった。恵那の本質はこれなのだろうか。虫ケラを踏み潰して楽しむ子供のような、無邪気で純粋な悪意を彼から感じていた。


「君が人を殺したかどうかなんて、私たちには分かりませんよ。それを調べるのは警察の仕事ですからね。この決定が物語っているのは、君は普段からそう疑われるような人間性であって、それを挽回することも出来ないほどに無力だったということです。ただそれだけですね。思い上がった小僧が叩きのめされた、しかも頼りにしていた父親からも簡単に見捨てられてしまった。残酷ですが、そういう事です。だってねえ、理事長は二つ返事で停学を受け入れましたよ。そして、すぐに私たちに謝罪されました。少しも君を庇う素振りは見せられませんでしたからね。どうやら君は親からも信用されていなかったようです。可哀想な人だ」


 そう言うと、ふっと鼻から息を吐いた。


 教育者にあるまじき言葉と、それ以前に人として大きく欠落したものがあるような恵那の態度は、光彰には到底許せるものではなかった。


 出来ることなら、この場で思い切りこの薄ら笑いを拳で潰してやりたいとすら思っていた。


 恵那がどれほど腐っていようが、それは彼にとって大きな問題ではない。関わってこられたとしても、受け流せばそれで済んでいたからだ。


 しかし今、彼がどうしても叶えたたいと思っていた二つの事を、恵那のために奪われようとしている。


 一つは千夜が転落した際にあった事実の究明、もう一つは、黎と二人で卒業までそばにいるという約束を果たすという事だ。


 成人すれば、最上の後嗣としての仕事が増やされる。その時、二人は主従の関係を確立させなければならない。たとえ黎と同じ大学へ行こうとも、今のように友人として黎と過ごすことは出来なくなるのだ。


 そのこと自体は、自分の立場を知った日から少しずつ覚悟して来てはいた。だからこそ、この三年の間に、少しでも多くの思い出を作っておきたかったのだ。


 彼としては、それをこんな理不尽な理由で奪われてしまうなど、今まで考えた事もなかったのだろう。この決定をすぐに覆せない自信の無力さに、生まれて初めて悔しいという感情を抱いていた。奥の歯が擦れ合い、悲鳴を上げている。


 ——こんなやつに振り回されてはダメだ。


 そう言い聞かせて昂る感情をどうにか押し留めると、辰之助の言葉を思い出す。彼が家で話そうと言っている以上、そうすれば問題はないはずだ。


 辰之助は何事にも抜かりない。彼ならば、立場が不利になったとしても、決してただ退いたりはせず、必ず反撃の糸口を見つけてから一旦静観するだろう。


 そして、彼が反撃に出る頃には、対象の周りは身動きが取れない状態になっている。今回も、おそらく息子を愚弄した恵那は、進退がかかるほどの反撃を食らうことになるだろう。そう思うと、なんとか溜飲を下げる事が出来そうだ。


 最上の人間として人前に立つ以上、常に冷静でなければならない。それを思い出し、ゆっくりと静かに目を閉じる。次に目を開く頃には、彼はすっかり自分を取り戻していた。


 自分がいつもの調子に戻れたことを確認した彼は、さらに数回の呼吸を繰り返す。完全に心が凪いだところで立ち上がり、恵那に向かって深々と頭を下げた。


「学園内に混乱を招き、先生方にはご迷惑をおかけしました。大変申し訳ありませんでした。おっしゃる通りに自宅で謹慎し、自分を見つめ直します」


「——ほぉ」


 突然態度を変えた光彰に、恵那は言葉を失った。目の前で彼の最も忌み嫌う生徒が腰を折って謝罪しているというのに、一瞬それを理解出来ないほどに呆気に取られていた。


 しかし、それはほんの僅かな時間だった。恵那は自分の勝利に酔いしれると、満足そうに顔を歪めて笑いを噛み殺す。そして、必死に冷静を装いつつ、


「そうですね。そうして下さい」


 と、自分なりの教師の体裁を保ちながらそう答えた。


 そして、入り口のドアを指し示すと「戻っていいですよ」と言い、そのまま校庭の方を向いて沈黙した。


 光彰はもう一度ゆっくりと頭を下げる。そして、「失礼します」と告げると、そのまま静かに校長室を後にした。

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