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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
隠されているもの
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キングの怒りを買う1

 騒がしかった教室を出て階下へ下り、そこからは廊下を早足で進む。ちょうど職員室の前を通り過ぎようとしたところ、教務主任の市岡がドアを開けて頭を下げているところが見えた。


 どうやら来客があったようで、彼はそれを見送っているらしい。それがなんとなく気になった光彰は、市岡の向こうに見える人物が誰であるかを確認すべく、視線をそちらへ送った。


 低頭している市岡に向けて優雅に手を振り、その場を去ろうとする人物は、市岡よりもやや若く、凛とした雰囲気を醸し出している。


 重い使命を背負って生きてきたものだけに備わる独特な空気を湛え、流れるように歩き出したその背中へ、光彰は思わず声をかけた。


「父さん!」


 そう呼ばれた人物は、厳しい表情をしたままゆっくりと光彰の方へと目を向ける。そして、自分を呼び止めた者が最愛の息子だと気がつくと、彼と同じように表情を和らげて「ああ、光彰」と返した。


 光彰の父の最上辰之助は、厳格なことで知られている。


 彼はこの学園の理事長で、あの風紀の乱れた生徒をチェックしてはボーナスを得るという、生徒にとっては迷惑極まりないシステムを発案した人物でもある。父親としても、とても厳しいことで知られていた。


 しかし、それは対外的なイメージ戦略であって、実際はそうでは無い。本来の彼は、とても優しくて頼り甲斐のある父親だ。忙しくてほとんど家にはいないものの、家族からは大変愛されている。


 父としての彼は、甘やかし過ぎず、しかし、確実に子供の言うことには耳を傾けるような人だ。


 子供にはいつも深く興味を抱き、彼らのすることを共に面白がっているような、ちょっとした幼さすら持ち合わせている。


 厳格で慈しみ深く、楽しい存在。多面的で、とても面白みのある人物。それが最上辰之助だ。


「ああ、そうか。恵那くんに呼ばれたんだね。今からお説教かな」


 そう言って息子へ微笑みかける辰之助は、隣に並ぶように歩き始めた彼の背中をポンと叩く。励ますようにそっと叩くのではなく、その手はリズムを取るように軽快な調子で弾んでいた。


「そうでしょうね。ですから、そんなに楽しそうにしないでいただけますか」


「ああ、すまない。でも、君は恵那くんに説教されることなんて、なんとも思っていないだろう? ただ校長室へ行くという行動は取らないといけないから、面倒だと思ってる。でも、それだけだ」


 そう言うと、息子の緊急事態であるにも関わらず、朗らかに笑って見せる。光彰はそんな父の様子に呆れていたが、知らぬうちに緊張していた体の力が、ゆっくりと解けていくのを感じた。そこに、父の愛を見る。


「父さん、またそんなことを言って……。そんなに楽しそうにしないでください。確かに大変ではないですが、結構面倒なんですから。でも、そちらはどうでした? 知事会があったということは、昨夜のことはお聞きになったんでしょう? その上で、何かしらの見当はついていらっしゃるんですよね。そうでなくては、理事長が臨時理事会で『息子に殺人の疑いがある』と言われたにしては、あなたの態度はちょっと明る過ぎますよ」


 すると、息子の不服そうな態度に、辰之助は楽しげに笑い声を上げた。


「まあ、そうだね。今の私は、理事会の中では『殺人犯の父』という扱いをされている。それは間違いないよ。ただ、あまりにも話が馬鹿げていたから、深刻にもなれなかったんだよ。息子はそんな事はしませんよと言ったら、彼らは君が私に自身の素行の悪さを隠しているだけじゃないのかと言って来たんだ。——酷い話だろう?」


「ああ、確かに。それは酷い話ですね」


 光彰は辰之助の言葉に苦笑する。それは、最上家と柳野家、そして使役される霊たちとの間だけの秘密が絡んでいるからだ。


 彼らは、総領に隠し事が出来ない。悪行どころか、善行も、そうでないことも全てが隠せないのだ。


「俺たちは、総領の使役する霊に見張られてますからね。何か悪いことをした瞬間に、奴らが父さんに告げ口をする。あのシステムがある限り、隠し事なんて出来ませんよ」


「そうだよね。でも、彼らはそれを知らない。ただ、このことは教えてあげるわけにもいかない。ただ、探られるのも面倒だ。だから、君には悪いんだけれど、今回は大人しく学校の言う事に従っておいてもらえる?」


「そうですね、分かっています。それは大丈夫なんですが……」


「ん? どうかしたのかい? 君にしては珍しいね、言葉のキレが悪いよ」


 総領であっても心を読む事は出来ない。辰之助は、息子の意図することが分からずに気を揉んだ。


 光彰は心苦しい思いをしていた。辰之助は、家業の表と裏のどちらをも統率する立場にある。その上、学校の理事長を務めているわけだ。言うまでもなく日々多忙を極めている。


 そんな父の手を煩わせ、貴重な時間を割かせてしまった事が申しなくて仕方がないのだろう。申し訳なさそうに、ぎゅっと眉根を寄せていた。


「このくらいのことでお手を煩わせてしまいました」


 しかし、辰之助はまるで何一つ問題など起きていないかのようにからりと笑う。そして「何も気にすることはないよ」と言った。


 息子の素行が悪くて呼び出されたにも関わらず、いかにも楽しそうにしているところが、彼が食えない人であるということをよく表している。そうして飄々とした様子を見せながら、辰之助は光彰の耳元へと顔を近付けた。


「何も心配する事はないよ。それに、詳しい話は家で聞こう。待ってるからね」


 そう言い残す。


「家で、ですか? でも……」


 辰之助は、そう言って戸惑う息子の肩を軽く叩く。そして、陽気に手を振りながら家へと帰っていった。


「——ああ、そうか。つまり、俺は今から停学を言い渡されるんだな」


 光彰はそう呟くと、合点の言った様子を見せつつ、呆れていた。


 理事長が理事会に呼び出され、息子の停学が言い渡されたとは思えないほどに、彼は朗らかな様子だった。そこには、一つはっきりしていることが含まれている。


 おそらく辰之助は、既に何か有益な情報を掴んでいるのだろう。なぜなら、彼は優しい人ではあるが、なんの根拠もなく息子を全面的に信頼するようなお人好しでも無い。彼が取る行動には、いつもそうするだけの根拠があるのだ。

 

「俺に対してあんな調子で接してくるという事は、掴んだ情報が俺にとって分の悪い話では無いという事だろう」


 光彰もそれをよく分かっている。そのおかげで、また少し体の無駄な力が抜けるような感じがした。誰かに下手に慰められるよりも、父の説得力のあるあの笑顔が、最も彼を勇気づけてくれる。


「——そうだ。堂々としてればいい」


 改めて前を向くと、敢えてそう口に出し、自分を鼓舞した。


 そして、温田見と小野を殺めた人物への怒りを再燃させる。それを発奮材料にして、また歩き始めた。


 自分が何もしていないという事は、誰よりも自分が一番よく知っている。その気持ちを揺らがせずに疑いを晴らしていけばいいのだと、改めて決意を新たにした。

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