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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
隠されているもの
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牡丹の朝露3

 ◆


 それから半日が過ぎた。


 光彰、黎、八木の三人は、これから起こりうる事態を想像して、それぞれに想いを抱えていた。その招かれざる伝達は、間も無く三年一組に訪れる。たとえ当人たちの関係性が変わろうとも、それはこれまで通り、変わらずこの流れから始まるのだ。


「——最上くん」


 八木が光彰の前に立つ。教師からの伝言を携えてきた彼の顔は、僅かに憂いを帯びていた。


 しかし、それを受け取る光彰の方は、普段あまりと変わりなく、いつも通りのように見える。


 気だるげに伏せていた目を八木へ向け、無言で軽く顎を引くと、いつも通りに八木をじっと見つめて、彼の言葉を待った。


「今すぐ校長室に来るようにと言われたんだけど、その、ちょっと……。思ったよりも雲行きが怪しくなりそうな気配だったんだよね。——大丈夫かな」


 八木は優等生のキャラクターを保ったまま、心配そうに光彰の顔を覗き込む。


 本当の彼は光彰に対してもっと気の利いたことを言ってやりたいと思っているが、今ここで自身の本性を表すわけにはいかない。


 そんな風に苦しい思いを抱えている彼を気の毒に思ったのか、光彰は八木を労うようにふっと目を細めて笑った。


「さあ、どうだろうな。どうやら、昨夜小野が飛び降りたのも、俺が千夜を使って落とした事になっているようだ。なぜかこれまでとは違って、教師たちも俺を糾弾しようとしているらしいし、今回は俺もお咎めなしじゃいられないだろう」


 呆れたようにそう答える光彰を、隣で黎が心配そうに見ている。その目には、こぼれ落ちそうな涙が光っていた。


 光彰はそれを優しく拭うと、自嘲気味に笑って見せた。そして、彼の頭をそっと撫でる。


「——もう泣くな。大丈夫だから」


 そう言うと、優しく彼を抱きしめた。


 いつもであれば、黎はその腕を振り払うだろう。しかし、さすがの彼も、今回ばかりはそれをしようともしなかった。


 たとえ真相が違っていても、学園が彼を黒だと断定してしまった場合、光彰の処遇がどうなるかは分からない。


 さすがにこの不確かな状況で逮捕されるようなことはないだろうが、下手をすると退学になる可能性もある。そうなると、このまま彼らは会えなくなってしまうかも知れないのだ。


「なあ、どうしていつもこうなるんだ? お前は確かに口は悪いし、俺以外の人への態度は褒められたもんじゃない。でも、だけど、だからって……。人を殺したりするようなやつじゃないのに……。なんでみんな、それが分からないんだよ」


 黎は光彰の肩に額を乗せたままそう言うと、静かに涙を流した。泣き喚いたりする力は、彼にはもう残っていないのだろう。一晩泣き喚いたその目は、すでに真っ赤に腫れている。


 昨夜、時計塔の階段室前で小野の姿を見た後から、彼はずっと涙を流していた。


 自分を陥れようとしていた小野への想いが消化しきれていないところへ、その彼女が亡くなってしまった。そして、その犯人として、彼の大切な幼馴染の名が上がっている。


 その絶望感は、彼の正気を奪うほどのものだった。あまりに混乱する彼を落ち着かせるため、光彰は仕方なく捜査に出ていた千夜を呼び戻すしかなかった。


 そして、今朝起きてからは、まるで精気を吸い取られてしまったかのように大人しくなっている。昨夜の反動か、もはや騒ぐ気力も失せてしまったようだ。


「俺はここのおもちゃだからな。しかし、俺も疑いを晴らそうとしてやったことで、逆にそれを深めてしまったんだ。まさか小野まで犠牲になるとは思ってなかったからな……。しかし、こうなった以上は、遠慮なく探らせて貰おうと思っている。だからな、黎。大丈夫だ。何も心配するな」


 そう言って口の端を持ち上げる。


 彼の愛する幼馴染をそう言って励ますと、そのままそこに歪んだ笑顔を貼り付け、自らの敵に対する憎悪を明らかにした。


「やってくれるよな。俺がこのまま泣き寝入りすると思ってはいないだろうが、ご期待通りにやらせてもらおうじゃないか。俺自身の潔白の証明をするとともに、温田見と小野の弔い合戦と行こうじゃないか。人を狂わせて喜んでるような犯人(ヤツ)は、絶対に俺が捕まえてやる」


 昨夜、光彰が夜間部屋にいないであろうことを、知っている者がいた。


『最上の怒りを買った人間がやられるんじゃないか?』


 誰かが、実しやかにそう言い始めた。その晩に実際に犠牲者が出たのであれば、光彰が自らを犯人だと証明してしまったようなものだろう——学校中はそう捉えたらしい。


 そんな馬鹿げた話は無いと、普通ならば思うはずだ。


 しかし、噂が大好きで暇を持て余しているこの学園の生徒には、そんな細かいことはどうでもいいのだ。面白いことがあれば、その流れに乗る。彼らは、ただそのためだけに生きている。


 キングと持て囃されていた彼は、今や学校中が手のひらを返し、悪人を捕えろと色めき立っていた。


「でも、昨日光彰と俺が夜に出歩くことは、ちゃんと届を出してたんだから、誰にでも分かることだろう? これから人殺しをしようとする奴が、そんな誰にでもバレるようなことをするわけ無いじゃないか。見つかったら、邪魔されるかもしれないし、もしかしたら、その前に捕まえられるかもしれない。本当に人を殺そうとする人間が、そんな間抜けなことをするか? 仮にもし他にそうする人がいたとしても、光彰は絶対にしない。するわけがない。小野さんのためにやったことで、小野さんを殺した疑いを持たれるなんて……そんなのあんまりだろ」


 昨夜時計塔から転落して亡くなったのは、小野結梨だった。


 彼女は結局光彰の忠告を無視して、一人で第一寮の自習室付近まで来ていたらしい。そこであの温田見の霊と、それに駆け寄って行く黎を目撃してしまった。


 温田見に会いたくて仕方がなかった彼女は、光彰たちが八木の部屋へ向かった後、温田見の名を叫びながら校庭を走り回った。


 警備がその彼女に気がつき、連れ戻そうとした。しかし、それを振り解いて走り出した彼女は、なぜかそのまま時計塔へと向かっていったそうだ。


 警備曰く、それは何かに導かれるようで、尖塔の台座へ登った彼女は、まるで愛する人の胸へ飛び込むかのように落ちていったそうだ。そのまま階段室入り口付近で全身を強く打ち、亡くなっている。


 それが、いつの間にか光彰の仕業だという話になっていた。

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