八木の秘密1
八木は何も答えない。ただ、好戦的な視線で光彰を見ていて、それが彼の問いを肯定しているのは明らかだった。
「お前は、最上家の依頼で俺を守るように言われてるんじゃないのか? 総領の指示で動いてる探偵ってところだろうか。どうだ八木、もうその辺りは俺にも明かしてくれないか? 全てを知った上でお互いに協力して行った方が動きやすいと思うんだが、お前はどう思う? ——ああ、もしかして、父さんからは、俺にも素性をバラしてはいけないと言われているのか? それなら何も言えないだろうが……」
蝶の放つ青白い光を受けながら、光彰は微笑んだ。その表情には、なんの悪意も含まれておらず、むしろこの状況を喜んでいるようにも見える。
「俺は黎に一つ隠し事をしている。それがある限り、二人で犯人を暴こうにも、自由に調査が出来ないことがあるんだ。そうなれば、実質一人で立ち向かわねばならない時も出てくる。それだとどうしても厳しい戦いになるだろう。お前が最上家についているのなら、俺はお前に助けを求めたいと思っている」
「——君が僕に助けを……?」
驚く八木に、光彰はさらりと答える。
「ああ、他の誰でもなく、お前にだ。俺はお前を信用している。普段から付かず離れずの適度な距離を保ち、俺を人間として見てくれていた。それに……、お前、黎の中に千夜がいることも知っていただろう?」
その言葉に、八木はぴくりと眉を動かす。それは、明らかな動揺の表れだった。
その瞳の奥が、僅かに揺れる。素早い計算の様が、そこに見え始めていた。どう答えるべきなのかを、必死に考えているのだろう。頬を伝う汗に、その重みが表れていた。
「それは……」
光彰が八木に疑いを持ったのは、彼が女性化して見える黎を見ても騒がなかった時だ。それは、つい先ほど八木本人が『自分の秘密を引き合いに出せるような黎の秘密』として持ち出している、あの時のことだ。
八木もその時の自分の反応について、色々と思うところがあるのだろう、失敗を悔やむ様子が、その表情に滲んだ。
「黎の中に千夜がいることを知っているのは、俺と父さんと千夜本人だけだ。黎は俺が千夜を使役していることは知っていても、自分の体を依代にしていることは知らない。それなのに、お前はこのことを知っていただろう? 俺はお前に話していない。それなら、お前は父さんからこれを聞かされていたとしか思えない」
あの時、八木は黎の変化を初めて目の当たりにしたはずだ。それにも関わらず、彼は全く驚く様子を見せなかった。
口では驚いたと言っていたが、何も知らなかったにしてはその驚きがあまりにも小さかった。
——もしかすると、黎の体の中に千夜がいると知っているのか?
光彰はあの時、そう訝しんでいた。
八木は光彰からの指摘にバツの悪そうな表情をすると、「くっそ……」と小さく唸り、降参を表明するように両手を上げた。
シラを切り通しても意味が無いと判断したのだろう。自嘲気味に笑いを零すと、再び光彰に向き合う。
その表情を見て、光彰は驚いた。目の前にいる八木は、これまで彼が見てきた人物とはまるで表情が違っていた。それこそ、僅かな時間で、別人のように変わっていたのだ。
「はーあ、バレちまったなあ。そうだよ、確かに俺は前からこのことを知ってた。やっぱり、お前はあの時に確信を持ったんだよな……。失敗したなぁ。咄嗟に驚く演技が出来なかったのはマズかった。そりゃあいつまで経っても半人前だって言われても仕方がねえ」
そう言うと、雑な動きで頭をガシガシと掻き、大きなため息を吐く。そして、冷蔵庫から出されて表面に汗をかき始めていたコーヒーボトルを勢いよく掴む。そのまま勢いよくそれを傾け、これまでのキャラクターを脱ぎ捨てるかのように、大きく喉を鳴らしながらそれを飲み干した。
「さすがだねえ、光彰くん。ご明察だよ。俺は最上家総領、最上辰之助さんに雇われてる探偵見習いだ。でも見習いなのに、丸二年は正体を隠し通したんだぞ。上出来だろう? ただ、どうせなら卒業まで全うしたかったけれどな」
そう言うと、徐にベッドのヘッドボードの奥へと手を伸ばした。
自ら細工をしたのだろうか、その部分の蓋が外せるようになっており、中から革張りの手帳を取り出す。そのまま間髪入れずに、光彰へとそれを投げ渡した。
「俺は八木探偵事務所の所長、 八木公樹の甥にあたる。うちは弱小事務所なんだが、最上とは昔からの縁でずっと仕事を貰ってるそうだ。お前の家は、うちの上得意様なんだよ。辰之助さんから受けた依頼は、後嗣である君、光彰くんと、その幼馴染で柳野家の後嗣である黎くんを、清水田学園を卒業するまで守り通すこと。ボディーガードみたいなものだな。ただ、あまり接近しすぎないようにとも言われていた。そして、同時に『時計塔の千夜』に関する調査。千夜の心残りを解消してあげたいから、それを探ってくれと言われてる」
八木はそういうと、ヘッドボードの中へ再び手を差し込み、手帳のそばにしまってあったケースの中から、タバコを取り出して火をつけた。
「八木お前……、未成年じゃないのか?」
闇の中で一瞬光を強めたその灼熱の塊は、寒色の目立つ部屋の中では目を奪われるほどに妖しく、美しい輝きを放っている。
紫煙を吐きながら深く長い息を吐き出した八木の姿は、どう見ても少年の域を超えていた。
「そう、俺は二十歳だ。高校生のフリは結構疲れるから、部屋に戻って上司に報告を終えた後は、タバコでも吸わないとやってらんねえのよ」
そう言うと、ぷかりと煙を吐く。その慣れた様子を見る限り、いつもそうしているのは間違いなさそうだ。
「しかし、タバコは独特の臭いがするんだろう? よく今までバレなかったな。——いくらその匂いに慣れていないとは言え、俺も気が付かなかったぞ」
驚く光彰に、八木はニヤリと笑う。年齢の割に聡い光彰を騙し通すのは骨が折れたのだと言いながら、もう一度ぷかりと煙を吐いた。
「まあ、発想の転換ってやつだ。隠すのが無理なら、そのままにしておけばいいんだよ。俺は職員室にしょっちゅう出入りしていて、教師たちと話すことが多いだろう? だから、俺からタバコの匂いがしても、誰も俺が吸ってるとは思わないんだよ。なんせあのキャラクターだ。誰も俺が吸ってるとは思わねえんだよ。吸ってる人と一緒にいたのかな? と思われるだけだ」
得意げにそう語ると、タバコを挟んだ指を弾き、灰を落とす。その時まき上がった香りに、光彰はすんと鼻を鳴らした。




