揺れる光3
「ただ、小野が自分の意思でその行動をとっているのか、誰かにいいように利用されているのか、それはまだ分からない。もしかしたら、小野はあのシロップが薬物だということに気がついていない可能性もあるからな」
「——へえ、どうしてそう思うんだい? 柳野くんが普段からこんな風に奇行に走るのならまだしも、そんなことは無いんだろう? それなら、彼にシロップを……、もしくはコーヒーを飲ませた小野さんが怪しいに決まってるじゃないか。なぜ庇うんだい?」
八木は一瞬鋭い視線を光彰へ投げかけた。その光には、少しの矛盾も許さないと言いたげな強い意志が含まれているように見える。
光彰は、その視線に気付きながらも、敢えて気付かぬふりをしてふっと視線を逸らした。八木には誤解を与えずに話を進めていく必要がある。だんだんそう感じるようになっていた。
「時計塔の自習室で小野が黎にシロップを渡した時、あいつは自分も黎と同じキャラメルフレーバーのものを飲んでいた。だが、それは黎のものとは別のもので、違うパッケージから取り出したものを飲んでいた。小野が使ったものは純粋にフレーバーシロップであって、黎が使ったものは薬物だったとしたら、自分が友人に飲ませたものがそんなモノだったということを知らない可能性もある。だが、小野の先に犯人がいることは間違いないだろう。でも、それが田岡だとは思わない。むしろ、田岡も小野も利用されている側だろう」
「ああ、確かにね。二人は悪行を計画する人ではないように見えるもんね。どちらかと言えば、立場を利用されていいように……。うん、その方がしっくり来るかなあ」
「そうだろう? それに、この幽霊もどきを作っているヤツは、おそらく霊が見えないタイプの人間で、自分がしていることで完璧に人を騙せると思ってる、視野の狭い馬鹿なやつに違いない。二人は優秀な生徒だが、自分たちが子供で無力だということをよく知っているんだ。そんな思い上がりを見せることは、まず無いだろう」
そう語る光彰の声には、抑えられない怒りが滲んでいる。いつもならこういう時でも冷静沈着であろう彼の珍しい一面に、八木は目を瞠った。
「——犯人は霊が見えないタイプ? あの、どうしてそう思うんだい?」
霊が見えない八木にとっては、光彰のその分析は理解しようもない。八木の問いかけに、光彰はゆっくりと口の端を持ち上げた。
それは、姿の見えなかった犯人に近づきつつある事を、不謹慎ながらもある意味では楽しんでいるかのようにも見える。
もちろん、彼には温田見への弔いの気持ちもきちんとあるだろう。
だが、何よりも彼は、自分を陥れようとしている人間を許さない。
一矢報いるチャンスを見つけたのなら、徹底的に叩き潰す道を選ぶ。その光彰の激しい思いが、図らずも漏れ出てしまっていた。
「『時計塔の千夜』は本物の千夜の霊とは全く違う。俺はそれを知っている。いくら想像を巡らせても、素晴らしい技術を使っていても、本物と違うことがバレてしまうようでは、意味がない。ただ、あの霊たちがホログラフィだというのなら、あれほどのものを作り上げるくせに、そんなことにも気がつけないということは、怠慢なわけではなく、その能力が無いから気付きようも無いということだろう。つまり、ニセ千夜を使っている人物は、霊が見えないということになる」
「なるほどね。確かに理屈は通ってるかな。でも、それってもう一つ条件が必要になるよね。——どうして君にそれが言い切れるのかってことだよ。その言い方だと、君は噂通りに幽霊を操れる人だということになりそうなんだけど……」
「お前、本当はその答えを知ってるだろう?」
ニヤリと笑う光彰に、八木は一瞬怯んだ。その頬が、小さく引き攣っている。
「……どういうこと? 僕が何を知ってるって言うんだい?」
八木は光彰の出方を警戒しながら、恐る恐る話を先へ進めようとする。不安がそうさせるのだろうか、先ほど光らせていたホログラフィの戦士の台座を、何度も指で弾いていた。
「どうもずっと引っかかっていた事があるんだ」
光彰は先ほど聞いた八木の身の上話を思い出しながら、目の前の人物と、これまでにあった出来事を思い返して行く。
話自体には嘘があったようには思えなかった、しかし、八木の話の全てを信じるわけにもいかないと、何かしらのストッパーがかかっていたのだ。
「最上の総領と後嗣は地縛霊を使役する力を持つということを、そして最上がその力を使って成り上がった家だということを、俺はお前に話したことは無い。でも、お前とこれまでに話をした感じで、その話題になった時のお前に違和感があった。お前、そのことを知ってたんじゃないか?」
いくら最上の人間であろうとも、霊の使役が出来るからと言って、全てが完璧なわけではない。誰かが光彰に対して用意周到に嘘を突き通せば、もしかしたら、それを見抜く事は出来ないのかもしれない。
そういう点では、光彰も足りないところはまだあるだろう。彼だって、まだ十八歳になったばかりの子供なのだ。そう考えると、八木に対して何か見落としていることがあるのかも知れない……。そう考えた時に、ふとある可能性に、彼は思い至ったのだ。
「ずっと不思議だったんだ。お前はいつもいいタイミングで現れる。あまりにも都合よく現れるから、最初はお前が俺たちを狙ってるのかと思っていたくらいだ」
八木が光彰と黎を理解して接してくれていること自体には、偽りが無いと彼は信じている。もし何か隠している事があるとすれば、敵意では無いところに理由があるだろうということは予想がついていた。
「でも、それにしては、お前が俺たちに向ける感情は、あまりにも好意的だ。だから発想を変えて見ようと考えた。お前、敵対しているのではなくて、俺たちを守っているんじゃないか?」




