揺れる光2
その答えに、八木はほっとした様子を見せる。そして、それまで引き攣るように笑っていた顔を綻ばせ、柔らかな笑みを浮かべた。
「そう? そんな風に言ってもらえると思ってなかったから、ちょっと驚いたよ。でも……、ありがとう」
「しかし、このホログラフィには驚かされるな。この滑らかな動き……。LEDパネルを何枚も使ってるから可能なのか? それとも、ホログラフィだけじゃなくて、CGも併用してるのか? まるで本物の蝶を飛ばしている様に見えるな」
光彰は、入り口のドアから窓際までを自由に飛び交う蝶たちに、強い関心を抱いていた。その中にいると、まるで夜の森の中に迷い込んだような気分になるのだと言う。
ホログラフィが技術的に素晴らしいことは知っていても、それがどの程度まで進化しているのかを光彰は知らない。それでも、部屋の天井を埋め尽くすような輝く蝶の群れには、素直に感激することが出来た。ただ美しいという感動だけが、彼の胸を占めている。
「何枚かパターンの違う蝶のホログラフィを貼ってあって、それが動いて見えるように連続再生させてあるんだ。それでもカバー出来ない部分をCGで繋いでる。参照光は、あの天井の二箇所にセットしてあるライトだよ。そうすると、こうやって本当に飛び交ってるように見えるようになるんだ。まあまあ自然に見えるでしょ?」
嬉しそうにそう語る八木の横顔は、飛び交う蝶の輝きに似た光を纏っていた。本当に好きなのだろうということが、そこから見てとれる。側から見ていると、それだけで幸せになれるような、とてつもない陽の気を、その笑顔は持っていた。
「そりゃあ原理はそうだろう。だが、個人の、しかも寮の部屋でここまでやるのは凄いことだぞ。理屈抜きに感動させられるよ」
光彰は頭上を飛び交う蝶の動きに、僅かにぎこちなさを見つけた。八木はそれに気がつくと、「ま、そういうところが試作っぽいでしょ」と笑う。
「実はここで使ってるものは、ほぼ貰い物なんだ。僕の姉がくれたものなんだよ。姉はこれを開発している会社で働いてたんだ。色んなパターンを作ろうとしてたらしくて、使用済みで不要になったものを分けて貰ったんだよね。これ、一枚が結構大きなシートだから、実は数はそんなに使ってないんだよ。仕組みが気になるなら、良かったら昼間に見に来ないかい?」
熱っぽく語る八木の周囲を自由に飛び交う蝶を見ていると、そのうちの一匹が、ベッドに横たわった黎の近くで静かに消えた。その消え方を見ていると、ふと先ほどの温田見の様子が光彰の脳裏に浮かぶ。
壁を貫通していったように見えた温田見は、実はそこに投影されたものだったのかも知れない。ふとそんな考えが頭に浮かんだ。
「——もしかして、八木はあの温田見の霊は、ホログラフィなんじゃないかと考えてるのか?」
黎の頬を指で摩りながら光彰がそう尋ねると、八木は一瞬唇の端を持ち上げ、そして「うん。そうだね」と答えた。その笑顔に奇妙な違和感を覚えつつ、光彰は八木に視線で説明を促していく。
「あの幽霊を科学的に可能にしようと思うと、それが一番説明しやすいのかなと思ったんだ」
「——なるほどな。俺はその辺りは詳しく無いからわからないけれど、あのガラス壁にそういう媒体を仕込んでおけば、可能なのかも知れないな。満月の夜に現れたってことは、参照光は月明かりってことか?」
八木は光彰の問いにしっかりと頷き、「僕はそう思ってる」と答えた。そして、部屋に備え付けのミニ冷蔵庫を、ガパっという音を立てながら開く。
中からカフェで買ったアイスコーヒーを二つ取り出すと、それをベッドサイドの小さなテーブルに置き、「どうぞ」と声をかけた。
「念の為に言っておくけど、僕は何も入れてないからね」
そう言って、ニヤリと笑った。光彰は八木のその顔を見て驚いた。
——知ってるよ。
まるでそう言わんばかりの表情をしている。その上で、あえて八木らしからぬやり方で、ニヤリと笑って見せた。
それは、先ほどの笑顔よりもあからさまに悪どい。何もかもを見透かしたような笑顔を浮かべている彼は、光彰がこれまでに見て来た八木とは、まるで別人のように見えた。
「君、飲まされたでしょう? シロップ。あ、実際飲んだのは、君じゃなくて柳野くんなんだよね? だから今こうなってるわけで……」
八木はそういうと、今度は後ろ暗いことなど何もないと言わんばかりの無垢な笑顔を光彰へと向ける。突然の変貌ぶりに光彰はやや面食らっていたようだが、彼も彼なりに何か気づく事があったようで、さほど驚きはしていない。
「やっぱりそういうことになるのか……。アムリタなんていう仰々しい名前がついてるから、変だとは思ったんだが……」
「そんな名前がついてるんだね。でも、不老不死の霊薬の名前がついていながら飲むと死んじゃうなら、名前とは正反対のことが起きちゃうのか……。滑稽だな」
「八木、お前本当は結構性格悪いんだな。黎の奇行を目の当たりにした上でそんな風に話を振ってくるなんて、腹の黒さが伺えるな。ひどいもんだ」
そう言いながら、光彰は呆れたようにふっと息を吐いた。今は夜の深い時間であるため一応声を殺してはいるが、彼も何やら楽しそうな様子を見せている。八木は光彰のその反応に、安堵の色を滲ませた。
「——何かの薬物が流行ってるよね、この学園」
八木は三人だけの深夜の部屋にも関わらず、誰かに聞かれてはいけないとばかりに、声を顰めてそう言った。光彰はそれに無言で頷き、同意する。
「そうだな。おそらく、それを服用した状態で、幽霊と思われている者たちを見れば、その動きに誘引されるんじゃ無いかと俺は思ってる。さっきの黎がそうだったようにな。お前の話を聞くまでは、最後の決め手がわからなかったんだが、ホログラフィがそれだとしたら、辻褄が合う。それに、『時計塔の千夜』に屋上から突き落とされるっていうのも、そういうからくりなんじゃないだろうか。つまり、薬をばら撒いている人物とホログラフィで幽霊を操っている人物は、どこかで繋がっている。それは間違いないだろう」
「最上くん、それはつまり、小野さんが幽霊を操っている人と繋がってるって事だよね?」
八木がそう問うと、光彰は「そういうことになるだろうな」と答えた。




