相談7
光彰自身は、その決まりを破ろうとも、最上の後嗣であることが影響して、大きな問題だと騒がれることは無い。だから、先日のことも反省指導で済んでいるのだ。
しかし、それが小野となるとそうはいかないだろう。一発で退学になるということすら考えられる。ここはそういう不条理が罷り通ってしまうところなのだ。
「分かってる。でも、どうしても会いたいの」
小野は光彰を真っ直ぐに見返すと、力強くそう答えた。
「大学なんて、努力すればいつかどこかには行けるわよ。幸い私は勉強も割と好きだし、学校の後ろ盾がなくても、一般入試でどこにでも行ける自信があるわ。でも、ここにいる霊がもし本当に厚だったとして、直接話そうと思うなら、それは今じゃないとダメでしょ? 大人になって後悔したとしても、その時にはもうここには戻って来れない。私は私だけで幽霊と話す事も出来ない。最上くんの力を借りる事が出来る今じゃ無いとダメなのよ。謹慎も停学も挽回出来るけれど、その後悔だけはどうやっても取り返せない。それに、今この気持ちを解消しないと、私は前に進めないのよ」
小野はそう言うと一つ嗚咽を漏らした。そして、それがきっかけとなり、そのまま堰を切ったように泣き始める。かなり我慢していたのだろう。大きな声は出さないものの、目立って体が震えるほどに泣いていた。
光彰と黎は、その姿をただ見守る事しかできない。
——どうするべきか。
光彰は、生まれて初めて、柳野家の人物意外に情をかけるべきかどうかの判断を迫られていた。
しかし、いくら同情心が湧こうとも、霊を使役するところを小野に見せるわけにはいかない。だからと言って、彼女の無謀な挑戦を見て見ぬふりをすることも難しかった。
二人は考える。どうすれば、第一寮に現れる霊と小野を繋ぐことが出来るだろう。最小限のリスクで動くために必要な根回しはなんだろうか——。そして、ふと思い出した。彼自身は、一つの抜け道を持っている。
「そうか、俺が行けばいいんだな」
「——えっ?」
黎は驚いて目をむいた。
「小野さんの代わりに、お前が行くってことか?」
「——そうだ。よく考えてみろよ、黎。俺が行けばそれはただ寮内を巡回しているという扱いで済むだろう。寮長権限で届出さえすれば、あとは何も問題は無いはずだ。だから小野、お前は行くな。女子生徒で寮長であるお前が行くのは、どう考えてもリスクが大きい。いいな、俺に任せるんだ。それで我慢しろ」
光彰の言葉はきついながらも、その表情は驚くほど柔らかい。微笑みながらそう言う彼に、小野は一瞬言葉を無くした。
「でも……、いいの?」
小野もまさか光彰が一人で引き受けてくれるとは思わなかったのだろう、驚いて勢いよく顔を上げる。その声も顔も、涙で揺れていた。光彰はそれに、より優しい笑顔で答える。
「もちろんだ。俺も自分の寮で起きていることは、正確に把握していた方がいい。そのためにも、その霊の正体をこの目で確かめておきたいからな」
小野は、彼の申し出を聞き終わると同時に顔を手で覆い、再び咽び泣いた。
彼女のわがままを叶えるために、光彰が手を貸す。小野はもちろんその言葉を聞きたかったのだが、実のところ、最上光彰のこれまでを思うと、聞き入れてもらえるとは思っていなかったのだ。その涙の量が、彼女の安堵の深さを語っている。
「あ、ありがとう。——苦しかったの、本当に。後悔が酷くて、もうどうしたらいいか分からなくて。厚に会いたくてたまらなくて……。でも、最上くんが会ってくれるなら、それでいい。君に全部託すよ。ありがとう、よろしくお願いします」
そう言うとついに号泣してしまった。そんな彼女の隣では、小野の境遇を不憫に思った黎も、声を殺して泣いていた。
◆
「はい、確かに届が出されていることを確認しました。では、今から約二時間コミュニケーションルームと自習室を二名で使用ですね。これが鍵です。何かあれば、すぐにこのブザーを鳴らしてください。すぐに警備が駆けつけます。最上様、柳野さん、どうか気をつけてくださいね」
「——ありがとうございます」
黎が礼をしつつ、警備員からブザーを受け取る。
警備室は第十二寮の角にあり、来客用の窓口と共に設置されている。第一寮の自習室を夜中に使うとの申請をした際に、最初は深夜の利用は規則で禁止されているからダメだと言われ、即却下された。
仕方なく彼らは、光彰に殺人の疑いがかけられており、それを否定する材料を集めるために、どうしてもこの申請を通して欲しいと願い出た。そのためには、この時間でないといけないのだという説明をすると、今度は容易に了承を得ることができた。
その際、光彰は初めて自ら家の名を利用した。この際、自分のプライドに拘って話が通せないとなるくらいなら、そんなものは捨ててしまうべきだと考えたのだ。
「ありがとう。もしこのことであなたが校長から何か嫌がらせを受けるような事があれば、父からきちんと対応してもらいますので、私に必ず連絡してください」
そう言って警備の担当者へ笑いかけると、「あ、ありがとうございます!」と彼は頭を深々と下げた。それに軽い会釈を返しながら、彼らは警備室を出ていく。そのまま食堂を抜けて、第一寮の自習室へと向かって歩いた。
光彰と黎は、小野の願いを叶えるための事前準備として、まずは第一寮に現れるという霊の存在を確認することにした。二十時以降であったとしても、届出が受理されれば夜間の行動も比較的簡単に許される。
しかし、今の彼らは恵那から行動を見張られているため、ここで問題が無かったとしても、何かしらの言いがかりをつけられて、罰を受けることになるだろう。それくらいの見当はついていた。
つまり、それが分かっていても、光彰には小野を放っておくことが出来なかったのだ。それは、彼と彼女が今置かれている境遇が似ているという事が理由の一つにある。
元恋人に先立たれ、相手がなぜ亡くなったのかが分からず、周囲が好き勝手に妄想しては噂を流している。そういう悲しい共通点が、彼にこの行動をとらせていた。




