相談6
「っははは、お前はやっぱり温田見と同じなんだな。さっきも言っただろう? あいつも俺のことを一人の人間として見てくれていたけど、お前も俺をそういう風に扱ってくれている。他の奴らは俺に媚びるのに必死で、そんな汚いものを見るような目を向けたりしないんだぞ。もしくは俺を酷く嫌っていて、悪い噂を回したり陥れようとしたりする。両極端なやつばっかりだ。だから、そうやって好意的に接してくれながらも雑に扱われると、なんだか安心して嬉しくなるんだよ。あ、あとは八木と田岡だな。あいつらも俺自身を見ている。俺にとっては、そういうのは貴重な関係だ。大事にしないとな」
そう言って浮かべる笑顔は、十八歳の少年らしい無邪気さに満ちていた。
それを見て、黎はなんとも言えない気持ちに胸を潰されそうになっていく。普段の光彰がどれほど気を張って生きているのかが、そこに見てとれた気がしたからだ。光彰もまだ子供なのだと思うと、奇妙な安心感を得ていた。
「お前、その喜び方ってどうなんだ。雑に扱われて喜ぶなんて、ちょっと歪んでるっていうか、変態っぽいよ」
貴重な姿を見て感激しつつも、黎はいつものように冷たい対応を忘れない。そうすることで、より光彰が安心出来るような気がしたからだ。
しかし、そんな黎とは対照的に、小野には何か思うところがあったらしい。それまでどうにか保っていた普段通りの自分を脱ぎ捨てると、突然目を伏せて黙り込んでしまった。
「小野さん? 大丈夫?」
黎が気遣ってそう尋ねると、小野は涙を堪えたままの顔の上に、無理やり笑みを貼り付けた。そうして、消え入りそうな声でポツリと呟く。
「私は厚とは違うよ……」
そして、唇をぎゅっと噛みしめた。堪えきれなくなった思いが一筋の涙となって、するりとこぼれ落ちていく。小野はまるで何か汚いものを扱うかのように顔を歪め、自分を罵り始めた。
「私は、そんなにいい評価をしてもらえるほどの人間じゃない。だって、今まで最上くんの味方を表明したことなんて、ただの一度も無いもの。寮長会議で最上くんが煙たがられてたり、教室で陰口を叩いてる人がいても、私は何もしなかった。私から悪評を流す事は無いけれど、それを覆すようないい事を触れ回る事も無い。口うるさくて嫌われキャラを演じてはいても、完全に嫌われるのが怖い。だから、何か決定的な行動を起こしたりはしないの。口だけで何も出来ない、一番ずるい生き物だと思うよ。……だから、振られたんだろうし」
そう言ってしゅんと縮まるように小さくなった小野を見て、光彰は眉を顰めた。それは同情の気持ちからだけではない。彼には、彼女が最後に言った言葉が信じられなかったのだ。
「お前、温田見に振られたのか?」
光彰が驚いてそう訊ねると、小野は「うん」と消えそうな声で答えた。小野の様子を見る限り、それが真実であることに間違いは無いのだろう。彼は畳み掛けるように、「どうしてだ」と、その理由を訊ねてみる。しかし、小野はただかぶりを振るばかりだった。
「理由は分からない。いくら訊いても、はっきりとは教えてくれなかったんだ」
そう寂しそうに零した。
「それなら、どうしてお前に原因があると思ったんだ。そうじゃなくて、温田見自身に別れなければならない理由があったんじゃないのか? 俺もそう親しかったわけじゃないが、万が一お前の性格の悪さに嫌気がさしていたのだとしたら、あいつはそれをバカ正直に言ってしまうようなやつだっただろう?」
光彰がそう訊ねると、小野は「そう言われれば、そうかもしれない」と言い、今度は完全に落ち込み、俯いてしまった。
「——あれからずっと、厚は千夜を好きになったんじゃないかって噂されてるんだよね。私みたいな気の強いおしゃべり女じゃなくて、千夜みたいに儚くてキレイな人の方がよくなったんじゃないかって。そうだとしても、厚にそう言われてたら納得出来たかもしれない。でも、私は何も言われてないんだ。だから、理由は本当にわからない。ねえ、最上くん。私ね、第一寮に出るっていうその幽霊に会いたいの。もしかしたら、その幽霊は厚なんじゃないかと思うのよ。もし彼なんだったら、会って話したいの。どうして死んじゃったのか、本当に自分から飛び降りたのか。それに……。噂の通りに、私のことは嫌いになってたのか……。訊きたいことがたくさんあるのよ」
小野は涙を流したまま、真っ直ぐに光彰を見てそう訴えた。
「——お前の言いたいことは、それなんだな?」
その問いに、小野は黙って頷いた。
彼女はきっと、噂の通りに光彰が本当に霊を操れるのであれば、温田見の霊と話をさせてくれるのではないかと思っているのだろう。千夜を使役して人を呪いころせるとは思っていなくても、光彰が霊を使役出来るというのは本当では無いかと思っているのだろう。
だから、彼ならば亡くなってしまった温田見との会話を可能にしてくれるのではないか、そう思って彼らに声をかけたのだ。
しかし、幽霊と話がしたいなどということを、他の生徒の前で話すわけにはいかない。だから、わざわざこの場所を選んだのだろう。
「霊に会いたいって……。でも、その霊は第一寮の自習室に現れるんだろう? お前もしかして、深夜の男子寮に忍び込むつもりなのか? 下手したら、折角決まった推薦が取り消しになるかも知れないぞ?」
小野は第十一寮の寮長だ。その彼女がこの学園寮唯一とも言えるルール「門限二十時」を破ろうとしている。それがどれほどの大きな罪として捉えられるのかを、光彰は危惧していた。




