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キングの怒り(再掲)  作者: 皆中明
隠されているもの
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相談4

「そうなんだね、知らなかった……。でも、言ってくれて良かったよ。知らずに飲ませたりしてたら、命の危機だもんね。そういう事なら……。はい、これをどうぞ。フレーバーシロップなんだけれど、私が好きでよく使うの。ブラックよりも甘いのがいいんだけど、カフェオレでもラテでも無いなって時に、ブラックに入れて飲むんだ」


 そう言うと、小野はポケットから小さなケースを取り出す。そして、その中の一つを摘み出すと、黎の前に置いた。それは、透明で厚い楕円形の、コロンとした可愛らしい様相をしている。ほんのりと薄茶色の差したそれは、コーヒー味の飴玉のように見えた。


「薄ーい幕みたいな飴にシロップが閉じ込められてて、ホットコーヒーに入れるとすぐに溶けるんだ。優しい甘さですごく美味しいの。今ちょっと可愛い物が好きな子達の間で流行ってるんだよね。私も最初はクラスの子に貰ったんだけど、すごくハマって今は自分で買ってるよ。ネットの雑貨屋とかで売ってるから、男子にはあまり馴染みがないかもしれないんだけど。あ、甘い物好き男子は私と一緒に買ってるんだよ。柳野くんは……、これなんてどう?」


 小野はそれを一つ開封すると、ぽちゃんと音を立てて自分のラテに入れた。それを黎の目の前に差し出し、香りを嗅がせる。


「おー、いい匂い。美味そうだね。キャラメル?」


「うんそう。いい香りでしょ? これだけでキャラメルフレーバーコーヒーだよ。私はこれが一番好きなんだ」


 そう言って笑うと、もう一つのシロップを掴んで黎に手渡しながら、ごくりと一口飲み込んだ。その隣で、光彰はシロップの個包装に記された商品名を、射るようにじっと見つめていた。


「アムリタ……? 不老不死の薬の名がついたシロップとは、大したもんだな。甘いものなのに健康にいいとくれば、男でも飛びつくやつがいるだろう。——市岡とか。そういうキャッチコピーに弱そうだ」


「ああ、確かに。市岡先生好きそうだな」


 黎は光彰の言葉に苦笑しながら頷きつつ、小野に倣って、その飴のようなシロップを自分の手の中にある琥珀色の液面の中へと落とした。紙カップの底に当たって軽い音を立てたそれは、すぐに消えて無くなってしまった。


 小野が渡してくれたスティックを使い、くるくると底を回すと、微かにキャラメルの香りが立ち上り始めた。その香りに引き寄せられるように、黎はコーヒーを口に含む。よほど好みに合ったのか、彼はすぐに顔を綻ばせた。


「わっ。これ美味いな。ありがとう、小野さん。俺確かにこれ好きだよ」


「でしょ? 良かった、柳野くんならこれだと思ったのよ」


 小野は黎の笑顔を見ると、安心したように息を吐いた。彼女は黎自身とはあまり話したことがないため、少し自信が無かったのだと言う。


「甘いのが好きなのは知ってたけど、甘いにも色々あるでしょう? キャラメルかストロベリーかバニラで選べるんだけど、どれがいいかまでは分からないから、私が持つ柳野くんのイメージで選んだよ。気に入ってくれて良かったー」


 そう言うと、自分もまた手元のコーヒーを口にする。ラテはミルクの濃い味もするため、黎のものよりも一層甘さに存在感を感じるのだと言って、小野は満足そうに微笑んだ。


「さっき田岡くんとすれ違ったんだけど、その時に二人が反省指導を受けてるって聞いたから、きっと疲れてるだろうなと思って用意しておいたんだ。そういう時って、甘いものが欲しくなるでしょ? でも、最上くんは甘いものをとるイメージが無かったから、ブラックも用意してて……。でも、そもそも人が用意したものが飲めないんだね。聞いておけば良かった」


 小野が首をすくめるようにしてそう言う。光彰はやれやれといった様子で眉を下げ、軽く被りを振ってそれを制した。


「いや、これは俺の都合だから、お前は知らなくても仕方がないことだ。こんな特殊な事情を知らないからと言って、お前が気に病む必要はないよ。もう忘れろ」


 ぶっきらぼうながらも優しさの籠ったその言葉は、いかにも光彰らしいものだった。他の生徒ではそうはいかないかもしれないが、小野は彼のこういうところに慣れている。素直にその好意を受け取ると、ふっと柔らかな笑みを見せた。


「そう? ありがとう。じゃあ、次から気をつけるね」


 黎はその二人のやりとりを見ていた。寮長同士という立場にあるからか、お互いへの信頼が厚い様子が見て取れる。そして、彼には、小野が温田見の影響を受けて、光彰の本質を信じているらしいことも、容易に想像がついた。だからこそ、彼を失った彼女を思うと言いようのない気持ちになるのだろう。自然と眉根が寄っていく。


「それでね、その反省指導のことなんだけど……」


 しかし、小野の方はというと厄介な状態になっていった。ラテを片手に椅子に座るや否や、突然色々な事を早口で捲し立て始めたのだ。


 おそらくそれは重要な話ではなくて、雑談と呼ばれるものだろう。どこからそんなに話題が湧いて来るのか、その口は全く止まろうとしない。しかも、光彰と黎はそのどれにも興味が無かった。二人は小野が何をしたいのか、意図が分からずに困り果ててしまった。


 そもそも、二人は小野のこのマシンガンのような口調が、あまり得意ではない。忙しない話し方と耳につく声質のせいで、聞いていると疲れてしまうのだ。申し訳ないとは思っていても、どうしてもそれが顔に出てしまう。


 黎でさえそうなのだから、光彰は露骨だった。最初は我慢していたものの、次第にうんざりした様子を隠そうともしなくなり、足を組んで思い切り顰めっ面をし始める。


 それでも、今の小野の心境を慮っているのだろうか、不満を隠せずにいる口元は、手で覆い隠されるという気遣いを見せていた。


 しかし、それにも限界がある。もうこれ以上は耐えきれないと言うところで、黎は一人で話し続ける小野を止めるため、隙を突いて話に割って入ることにした。勢いよく手を挙げ、小野の注意をそちらへと引きつける。


「はい! はい、ちょっといい? ——ねえ、小野さん。俺たちに何か訊きたいことがあったんじゃないの? わざわざこんなところに呼び出すくらいなんだからさ……」


「えっ? あ、ごめんね。そうだった」


 調子良く話し続けていた腰を折られた事を不服に思ったのか、小野は黎を軽く睨んだ。しかし、黎も光彰も先を促すように彼女を見ていたため、気を取り直してその質問に答えていく。


「あー、ごめんね。私すぐに話が逸れちゃうんだ。厚にもよく注意されてた……」


 そう言うと、ほんの僅かに顔を顰める。それは、本当に一瞬の事だった。それでも、彼女が温田見の名を口にすることがどれほど辛いのかを伝えるには、十分な時間だった。


 少しでも彼の話に触れれば、まだ感情がぐちゃぐちゃになってしまうのだろう。それを必死にコントロールしようとする姿に、光彰と黎は心を寄せてあげたいと、心から思っていた。

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