相談2
黎が呆れていると、ふとガラス越しにこちらをみている女子生徒の視線に気がついた。それを辿ると、その先は光彰の横顔にぶつかる。光彰のファンなのだろう。よく見ると、彼の方を指さしては、顔を真っ赤にして騒いでいる。
「——見慣れない顔だな。おそらく一年生だろう。多分まだ浮かれてる時期なんだろうな。新しいイケメンとか可愛い子とかに目が向かってて、さぞ楽しい毎日だろう。でも、もう一月もすると飽きるだろうから、放っておけよ」
光彰は黎に向かってそう言うと、何かを言い返そうとしている彼を尻目に、うんざりとした様子でため息を吐いた。
「俺はお前以外に好かれても嬉しくないし、むしろ迷惑なだけだ」
「そりゃあそうだろうけれど……。あれ? なんでそれを俺にわざわざ言う必要があるんだ? ——まあいいや。それはいいとして……。あの様子じゃあ確かに一年生だろうな。まだみんな張り切ってる時期ってことだ。初期の異性狩りの季節なんだろうな。そうか、じゃあお前もまだ色々面倒くさい目に遭うな。毎年誰かしらから熱烈な告白攻撃があって、大変な思いをしてるだろう? 今年はどうなんだ? あ、あの子がまたお前を見てるぞ」
先ほどの彼女は、相変わらず光彰の方を呆けたように眺めては、周りの友人達と共に何かを喜びはしゃぎ回っている。その集団は、全員一年生の女子生徒のようだ。黎が見ていることにも気がつかないほどに、夢中になって光彰を見つめている。
「まあ何度かそういう事も有ったな。でも、今年はこれまでに比べたら楽な年みたいだぞ」
ふっと楽しそうに息を吐きながら光彰は答えた。
そして、その視線を一年生の女子生徒ではなく、例の噂話をしていた集団へと送る。すると、光彰に聞かれてはまずい話でもしていたのだろうか、葉咲が光彰とぶつかった視線をふっと逸らすのが見えた。そしてそのまま、彼らの集団は蜘蛛の子を散らすように消えて行く。あからさまに光彰を避ける様子に、二人は眉を顰めた。
「あいつらが吹聴した噂のおかげで、今年は二年生以上の生徒は俺に全然寄って来ないんだ。来るのは、俺と千夜のことをよく知らない一年生だけ。おかげでいつもより楽に過ごせている。ある意味、ありがたいよ」
「——ああ、なるほどね。気味悪がられてるってことか。それは……、良かった、の、か?」
黎が顔を顰めながら光彰へと問い返す。すると、光彰は眩しそうに目を細めながら、じっと黎を見つめた。
「そりゃあいいに決まってる。興味もない人間に付き纏われるよりは、静かに過ごせた方が絶対に楽だからな。それに、俺にはお前がいればいい」
その笑顔に、彼の後ろからオレンジ色の陽が重なった。時計塔の後ろから差し込む夕陽が、コミュニケーションルームのガラス壁へ反射している。その光が、黎の目を眩ませた。
「全くお前は……。最近そんなことばっかり言ってるよな。ほら、眩しいから早く入ろうぜ」
黎はそう返すと、赤らんだ顔を隠すかのようにして歩を早めた。 無言のまま自動ドアを抜け、寮内へと入っていく。光彰も、それに続いた。
「うわっ、うるっさいな……」
中に入ると、そこは思った以上に騒がしかった。全生徒が揃っているのかと思うくらいに人だかりが出来ており、その人数が一斉に話しているからか、妙な圧迫感がある。噂話で不自然にヒートアップしているのか、酩酊状態のようになっている者さえいた。
「柳野くん! 最上くん!」
あまりの騒がしさに急いで部屋に戻ろうとする二人を、大きな声が背後から呼び止める。この喧騒の中ではっきりと聞き取れるほどの声に驚いて見渡すと、小野が二人の方へと走ってくるのが見えた。
温田見が亡くなった直後は塞ぎ込み、大人しくなっていた彼女も、一月も過ぎるころには次第にいつも通りの生活を送るようになっていた。かと言って、彼女の心情が穏やかではないことくらいは、誰もが分かっている。それでも、周囲に余計な心配をかけまいとして痛々しいほどに元気な姿を装う彼女を、生徒達は優しく受け入れていた。
「あ、小野さん」
歓迎しようとする黎を遮り、光彰が「何か用か?」と小野に訊く。小野は三組の生徒であるため黎とはあまり接点が無い。しかし、第十一寮の寮長であるため、寮長会議等で光彰とはそれなりに話す機会があった。
そのため、彼女は彼をよく理解しているようで、返事が無愛想であっても、そんな事はまるで気にしていない。他の生徒であれば萎縮しそうなほどの冷たい声にも、怯まず話を進めようとした。
「うん、ちょっと話せる? 二人に相談したいことがあるんだ」
友人と話していたカフェのカウンターから飛び出してきた小野は、顔の前で両手を打ち鳴らして合わせると、二人に時間をくれるようにと頼み始めた。光彰に話しかける者自体が珍しい上に、唐突に何か頼み事をする人など見たことが無かった黎は、驚いて目を剥く。
「え、相談? 俺たちに?」
そんな黎とは対照的に、光彰は小野へ向き直ると、さらりと答えた。
「少しなら構わない。何だ?」
そう言って立ち話で済まそうとする光彰に、小野はもう一度合掌して見せる。どうやら込み入った話があるようで、場所を移したいと言いたいらしかった。
「コミュニケーションルームがうるさ過ぎるからさ、時計塔の自習室をとっておいたんだ。悪いんだけど、そっちまで付き合ってくれない?」
そう言うと、なぜか徐に黎の腕を掴んだ。
「え、なになに、ちょっと」
よほど人に聞かれたくない話をしたいのか、小野の行動はかなり性急だった。突然の事に驚いた黎は、半ば引きずられるようにして彼女と走らされてしまう。
「わ、待って待って! ちゃんと歩くから、手を離してくれない? 転ぶ!」
黎がそう言うのも構わずに、小野は彼の手を掴んだまま、自動ドアを駆け抜けた。




