相談1
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二人は音楽室の掃除を終えると、才見の許可を得て寮へと戻る準備を始めた。田岡の予想通り、戸田は普段から掃除を怠っていたらしい。教室の窓から黒板まで、全てが埃に塗れていたと報告すると、才見は「やっぱりそうかあ」と笑っていた。
「戸田先生、お子さんが小さいからね。遅くまで残っていられないから、掃除する時間が取りにくいんだって。君たちが綺麗にしてくれて助かったよ。反省指導だったわけだけど、いいことをしてくれたんだ。ありがとうね」
そう言って満面の笑みを返されたが、「明日はまた別の場所をお願いします」と即座に言われ、二人とも気が重くなってしまった。
今日の清掃は思ったよりも過酷で、気がつくと全身が埃っぽくなってしまっている。一刻も早くそれを落としてしまいたいと思い、二人は急いで帰ろうと、廊下を走り出した。
「ここからなら、渡り廊下から帰る方が早いかな」
黎が光彰にそう訊ねると、
「そうだな」
と、僅かに表情を強張らせながら彼は答えた。
田岡と揉めて以降、光彰はずっと険しい表情を浮かべている。いつものように黎が話しかけると、僅かにそれを緩めてはくれるものの、すぐにまた硬く青ざめた厳しい表情へと変わってしまう。黎は光彰が何を察知してそうしたのかも聞かされていないため、所在なさを感じていた。
しかし、黎は光彰がまだ話さない方がいいと判断したのであれば、話せるようになるまで待つべきだろうと考えているようで、この重苦しい空気もそのままにする事にしたらしい。グッと小さく拳を握りしめて、言葉を飲み込む様子を見せた。
「外の空気にあたったから、少し気が紛れたな。やっぱりゆっくり帰ろうぜ。春先の夕方って空気が気持ちいいから好きなんだよな」
黎がそういうと、
「ああ、わかった。確かに春先の夕方は、お前はいつも浮かれてるな」
と、光彰から軽口を返される。
「何だよ。いいだろう、別に。寮生活には潤いが少ないんだから、季節くらい愛でさせろよ」
すると、光彰はべったりと張り付くような笑みを浮かべ、黎の腰を引き寄せた。身長差を埋めるように身を屈めると、その耳元に小声で囁く。
「ああ、もちろん別に構わない。俺はそんな風に色んな表情を見せるお前の事を、年中愛でてる。だから、その気持ちは一応分かるぞ」
「はあ? だからそういう事言うなって。返事に困る……」
思わぬ言葉に黎は慌てて彼を押し除けた。たが、その口調の柔らかさに、ほっと胸を撫で下ろす。それまでの空気が一変され、優しく穏やかに流れる時間が二人の間を満たしていた。
二人で隣り合いゆっくりと歩きながら、校舎の渡り廊下を横切る。校庭と寮棟を区切っている生垣に沿った通路を通り、寮の敷地内へと入った。基本的に生徒は皆そこを通る。そこからは、コミュニケーションスペースが見渡せるようになっていた。
放課後に暇を持て余した者たちは、大体ここに集って時間を潰している。大抵の生徒はそこでその日の宿題や提出課題をこなして過ごしていた。
そして、休憩時には真偽の定かではない噂話を披露しあい、寮生活の中では難しいであろう、十代の好奇心を満たすという難題を、なんとかクリアしようと努めている。
今もその真っ最中なのだろう。何やらざわついている様子が、二人の目にも入って来た。
「なあ、なんかいつもよりさらに騒がしくないか?」
黎は、ガラス越しに見える中でも、最も騒いでいるであろう生徒たちを見た。派手な動きで話す者と、それを受けて大袈裟な反応を示す者。そのやりとりをぼんやりと眺めている。
コミュニケーションルームは、二十一時までであれば男子生徒も女子生徒も共に過ごすことが可能で、体育祭や文化祭などの大型イベントのためのミーティングや、プライベートのパーティーなどで利用されることが多い。
特に届出も無く利用できるためか、毎日多くの生徒が集まっており、常に騒がしい。入学直後はこの環境に心が躍り、毎日何か楽しいことに出会えるのでは無いかと期待に胸を弾ませている者も多くいる。
しかし、初夏を迎える頃くらいには、変わらぬメンツに慣れてしまってすっかり刺激を失ってしまう。そして、真夏を過ぎる頃には、大抵の者が寮内部での恋愛を諦めてしまうのが通例だ。
学校側はそれを承知しているからか、大体のことは見逃してくれていて、これまでに大きなトラブルが起きたことはないのだという。
ここ数日は、全体の興味が温田見の件に集中していたのだが、彼らの興味は、いつの間にか光彰と千夜の関係性へと移り変わりつつあった。
その話題をリードしているのは、光彰のことを悪く言っていたあのクラスメイト達だ。その中でも、ひときわ得意気な顔をしながら話している男子生徒に黎は気づいた。
「あー、中心にいるやつって葉咲だな。あいつ、また懲りずに光彰を怒らせるなとか何とか言ってんだろう。本当に気分が悪い」
黎が言う通り、話題の中心にいる事で悦に入っている男子生徒、それはやはり、恵那の甥である厄介な生徒、葉咲輝だった。
「そうだろうな。面倒だが、この件に関しては否定していかないと行けないだろう。さすがに殺人を犯しているかもしれないなどと吹聴されては困る。あいつとは一度きちんと話をつけないといけないな」
そういうと、大袈裟にため息を吐いて天を仰いだ。
「それにしてもうるさそうだな。何をそんなに話すことがあるんだか……」




